14.再び冒険者ギルドへ

 僕は遅れて高等学校に入学したので、冬休みが来るのが早かった。

 高等学校が冬休みに入ると、研究課程も冬休みに入る。

 しばらくアルマスに会えなくなるのは寂しかったし、アルマスが僕が食べるお弁当にものすごく興味を持っていたのも知っているので、僕はアルマスをミエト伯爵家に招きたいと考えていた。


 ロヴィーサ嬢に相談に行こうと居間に行くと、ロヴィーサ嬢は冒険者の格好で腰に大振りのナイフを下げて、赤毛に見える髪飾りを付けていた。


「冒険者ギルドに行くのですか?」

「『赤毛のマティルダ』ではなく、ロヴィーサ・ミエトとして冒険者ギルドに登録して来ようと思います」


 ロヴィーサ嬢の言葉に僕は菫色の目を見開く。

 ミエト侯爵家の当主が冒険者などというのは外聞が悪いかもしれないのに、ロヴィーサ嬢はそれを隠さないことにしたようだ。


「これからもわたくしはモンスターを狩り続けます。貴族が冒険者というのはおかしいのかもしれませんが、モンスターの被害は年々増え続けています。冒険者の力のみでは抑えきれなくなっているのは確かなこと。わたくしの所領はわたくしが守ると所領の民に伝えたいのです」


 貴族が率先してモンスターを狩れば、その所領の民は守られていることを感じることだろう。

 僕はロヴィーサ嬢のやり方に賛成だった。


「僕も冒険者としてやっていけるでしょうか」

「エドヴァルド殿下がですか!? 危ないのでやめてください」

「いいえ、僕も魔族の一員です。きっと役に立つことがあるはずです」


 ロヴィーサ嬢は僕のため、所領の民のためにモンスターを狩るが、僕はそれに甘えているばかりではいけない。

 僕にもできることがあるはずだ。

 幸い、僕はモンスターを倒すロヴィーサ嬢の力を受けても怪我をしない頑丈な体があった。少しくらいは役に立つのではないか。


「お願いです、僕も冒険者ギルドに連れて行ってください!」


 ロヴィーサ嬢の斜め下から見上げる角度でお願いすると、ロヴィーサ嬢が額に手をやる。


「エドヴァルド殿下、そのお顔は反則です」

「いけませんか?」

「可愛すぎます」

「え?」


 ロヴィーサ嬢は長くため息をついて、僕の顔をじっと見つめた。ロヴィーサ嬢の深い海のような青い目に、僕の姿が映っている。


「初めてお会いしたときからなんて可愛い王子様だろうと思っておりました。エドヴァルド殿下はものすごく顔がよくて可愛いのです。もう見ていると可愛いという単語しか出てこないくらい可愛いのです。ずるい! もう! 可愛い!」


 相当可愛いと言われてしまった。

 格好いいと言われたい年頃ではあるが、ロヴィーサ嬢の心を掴めているのならば、僕は可愛いでも構わない。

 うるうると目を潤ませてロヴィーサ嬢を見上げると、ロヴィーサ嬢が白旗を上げた。


「参りました。冒険者ギルドに行ってみましょう。冒険者ギルドでは初心者冒険者の試験もあります。それを受けて見られるといいでしょう」


 爺やを見ると、「エドヴァルド殿下の思うままに」と胸に手を当てて頭を下げている。

 僕はロヴィーサ嬢と一緒に冒険者ギルドに行った。

 王都の冒険者ギルドの長とは面識があるが、僕が冒険者になりたいと言うととても驚いていた。


「エドヴァルド殿下が冒険者に、ですか?」

「僕は魔族で身体も頑丈です。何かの役には立てるでしょう。試験を受けさせてください」

「エドヴァルド殿下に試験を!?」


 僕に怪我をさせないように試験を受けさせる方法を、冒険者ギルドの長は頭を抱えて悩んでいた。

 初心者冒険者の試験は、小型のモンスターを狩るようなものなのだが、小型でもモンスターはモンスター。襲ってくるのには変わりない。


「水辺に棲むオオトカゲの狩りをお願いしましょう。それにしても、『赤毛のマティルダ』がミエト侯爵家の御令嬢、ロヴィーサ様だったとは」


 ロヴィーサ嬢は冒険者ギルドの長の前で髪飾りを外して、自分の名前を名乗っていた。

 SSランクの冒険者である『赤毛のマティルダ』がミエト侯爵家の御令嬢だったことに、長は開いた口が塞がらない様子だった。


「これからも所領の安全を守るために、積極的にモンスターを狩っていきます」

「この冒険者ギルドに所属している冒険者で、大型のモンスターを狩れるのはロヴィーサ様くらいしかおりません。今後ともよろしくお願いします」


 借金はなくなって、所領も取り戻して、お金に困っているわけではないのにロヴィーサ嬢が冒険者を続ける理由は、僕のためと、所領の民の安全のため。

 僕のためにモンスターを狩ってきてくれるのはありがたいし、所領の民のためにモンスターを狩るのは立派だと尊敬できる。


「わたくしには、鬼の力の指輪がありますからね」


 両腕を捲ったロヴィーサ嬢の左手の中指には、鬼の力の指輪がはまっていた。


 ロヴィーサ嬢が付き添ってくれるということで、僕は初めてナイフを持って農地の水辺にいるというオオトカゲを追っていた。初心者冒険者の試験なので、冒険者ギルドの長も同行して僕の動きを見ている。


「オオトカゲは農家で飼っている鶏を襲います。農家にとっては大事な収入源です」


 冒険者ギルドの長に説明を受けながら、僕はぬかるんだ水辺を歩いていた。

 農地から少し離れた場所に、日向ぼっこをしているオオトカゲの姿を見つける。オオトカゲは爬虫類なので、自分で体温が上げられず、日向ぼっこをしないと水の中で身動きが取れないのだ。


 近寄ってナイフを抜くが、ぬかるみに足を取られてこけそうになってしまう。

 オオトカゲは僕に気付いて、長い尻尾で僕の足を払った。


 泥の中で転んでしまった僕はすぐには身動きが取れない。

 オオトカゲが僕に噛み付こうとしているのを、僕は両手で顔を隠すようにして転がって逃れた。

 転がったときにぬかるみの中にナイフを落としてしまったようだ。


 どうすればいいのか分からずに、逃げ回る僕に、冒険者ギルドの長が止めに入ろうとしたときだった。

 爺やが声をかけてくれた。


「エドヴァルド殿下、風の刃を使うのです」

「風の刃?」

「エドヴァルド殿下ならばできます」


 オオトカゲに追突されそうになった僕は避けて、踏ん張ってぬかるみの中に立って、オオトカゲを見詰める。


「僕に近寄るなー!」


 大声と共につむじ風が巻き起こった。

 つむじ風はかまいたちを発生させて、オオトカゲを切り刻む。

 バラバラになったオオトカゲはぬかるみの中に落ちて行った。


「倒した……倒しましたよ!」

「確かに見届けました」


 冒険者ギルドの長は僕が冒険者になることを認めてくれた。


「僕に風の魔法が使えるって爺やはどうして分かったの?」


 帰りの馬車の中で僕はどろどろの格好のまま爺やに問いかける。


「お母上も、ダミアーン皇太子殿下も風の魔法がお得意でした」

「遺伝ってことか」


 地味な植物を成長させる緑の指だけでなく、僕には風の魔法の才能があった。

 ミエト侯爵家に辿り着くと、僕はシャワーを浴びてさっぱりとして着替えてロヴィーサ嬢とお茶をした。


「ロヴィーサ嬢、僕にはアルマスという平民の友人がいます。アルマスは僕のお弁当にとても興味を持っていて、モンスターを解体するのを見たいと言っているのです」

「アルマス様……その方もモンスター狩りについてこられるでしょうか?」

「誘ったら行きたいと言うと思います」


 ミエト侯爵家にアルマスを招くだけでなく、モンスター狩りにも連れていける。

 アルマスは冒険者ではないから、離れた場所で見ているだけだろうが、それでもアルマスは喜ぶ気がする。


「アルマスを誘ってみてもいいですか?」

「エドヴァルド殿下のご学友にわたくしを紹介してくださいませ」


 アルマスを誘うことにロヴィーサ様は賛成してくださった。

 僕はアルマスに手紙を書くことにした。


 ミエト侯爵家に遊びに来て欲しいこと。

 モンスター狩りに興味があれば同行してみないかということ。


「爺や、これをアルマスの家に届けて」

「心得ました」


 手紙を爺やに渡すと、僕は苺に似た魔力を宿す果物の乗ったケーキにフォークを突き刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る