8.魔族の国からの来訪者
ダミアーン伯父上がナーラライネン王家を訪問する。
それはこの国でも大きなイベントだった。
ダミアーン伯父上は、母上の兄で、魔族の国の王太子殿下なのだ。
母上が亡くなった後に、ダミアーン伯父上は母上の忘れ形見である僕たち兄弟を訪ねて来て下さるようになった。
ダミアーン伯父上は母上と同じ銀髪に菫色の瞳で、背が高くて、体格がよくてものすごく格好いい。
ダミアーン伯父上を見ていると、エリアス兄上もエルランド兄上も母上を思い出すというから、母上とよく似ているのだろう。
ヒルダ姉上もダミアーン伯父上の訪問に合わせて実家返りしていた。
「ヒルダ、嫁ぎ先では大事にされているか? ますます美しくなって」
「ダミアーン伯父上、お久しぶりです。隣国の王子様とも仲良くしていて、わたくしはとても幸せです」
「それはよかった」
ヒルダ姉上を抱き締めたダミアーン伯父上が豪快に笑う。
「エリアス、研究課程で成果を上げていると我が国にまで聞こえてきているぞ。エリアスの頭脳は素晴らしいと言われている」
「ありがとうございます、ダミアーン伯父上。父上の後継者として恥じぬように努力していきます」
「とても立派だ。伯父として鼻が高い」
エリアス兄上もダミアーン伯父上に抱き締められると、少年のような顔になっている。
「エルランド、高等学校の五年生か。ジュニア・プロムで誘う子は決まったのか?」
「それは……まだ内緒です」
「秘密を持つ年頃になったんだな。成長を感じるよ」
ジュニア・プロムとは、高等学校で学年の最後に開かれるプロムナードというフォーマルなダンスパーティーで、五年生がジュニア・プロム、六年生がシニア・プロムで、それぞれにパートナーを選んで出なければいけない。
エリアス兄上は、婚約者の公爵令嬢と踊ったことを僕は知っている。エルランド兄上にはまだ婚約者がいないので、今回のジュニア・プロムで誰を選ぶかが注目されていた。
父上は僕たち兄弟に政略結婚をさせるつもりはあるけれども、できる限りは自分で選んだ相手と結ばれることを望んでいる。
エリアス兄上も、ジュニア・プロムで誘った公爵令嬢のことを気に入っており、そこから父上が婚約を進めて行った。
ヒルダ姉上は隣国に小さな頃に行ったときに、王子と結婚の約束をしたということで、隣国の王子との婚約を進めて、今は結婚に至っている。
「エドヴァルド、顔色がかなりよくなったな。やはり、我が国に来ることは考えられないか?」
ダミアーン伯父上が来るたびに僕は魔族の国に行くことを誘われている。
魔族の国の宰相の娘が僕の一つ年下で、その娘と婚約することをダミアーン伯父上は望んでいるのだ。
「ダミアーン伯父上、僕は運命に出会いました」
「どういうことだ?」
「僕が別荘に療養に行く途中でワイバーンに襲われているところを、助けてくださった方がいたのです。僕はその方に一目で恋をしました。その方は僕にモンスターの肉を届けてくださっています」
真剣に話すと、ダミアーン伯父上の逞しい腕が僕を抱き締める。僕の肩口に顔を埋めたダミアーン伯父上は泣いているようだった。
「そうか、そうか! そなたにモンスターの肉を安定して納品してくれるものが現れたのだな。ずっと私はそなたの健康を心配していた。この国では魔族は生きづらい。そなたが幸せなのが私の何よりも幸せだ」
泣くほどに僕のことを思ってくれるダミアーン伯父上の気持ちが嬉しい。
僕は魔族の国で暮らすつもりはなかったけれど、ダミアーン伯父上は僕を引き取って魔族の国で暮らさせた方が健康に生きられるのではないかとずっと心配してくれていた。
「その助けてくれたものとは、どのような男なのだ?」
「男ではありません! ミエト侯爵家の御令嬢です」
「なに!? モンスターを狩れるような令嬢が……いや、ミエト侯爵家? 聞いたことがあるぞ」
ワイバーンを倒したという情報から、ダミアーン伯父上はすっかりロヴィーサ嬢のことを男性と勘違いしていたようだ。
ミエト侯爵家の御令嬢だと伝えると、形のいい顎を撫でて考えている。
「数代前に我が国から婿入りしたものがいる家ではないか?」
「ミエト侯爵御令嬢のロヴィーサ嬢もそう言っておられました。曾お祖父様が魔族だったと」
「魔族の血を引いているならば、魔族が生まれるやもしれぬな。モンスターを狩れる令嬢ならば、安心だろう」
「はい! 僕もそう思っています」
それに、鬼の力の指輪はミエト侯爵家の当主に引き継がれる。娘が生まれたら、鬼の指輪を引き継いで、自分でモンスターを狩らせることも可能なのだ。
「ダミアーン殿、うちの可愛いエドを魔族の国に誘うのはやめていただきたい」
「すまない、エンシオ殿。私も妹の忘れ形見が可愛くてならないのだ」
「気持ちはよく分かる。私もヒルダとエリアスとエルランドとエドヴァルドが可愛くてならない」
父上とダミアーン伯父上が笑いながら話している。
こんな風に和やかに話せたのは何年ぶりだろう。
父上は僕を連れて行こうとするダミアーン伯父上に手を焼いていたし、ダミアーン伯父上は僕の成長と命を心配して何としても魔族の国へ連れて行こうとしていた。
それがロヴィーサ嬢の存在によって、父上もダミアーン伯父上も、納得して穏やかに笑い合えている。
やはりロヴィーサ嬢は僕にはいなくてはならない相手だと実感した。
そのためにもミエト侯爵家の所領を早く取り返さなければいけない。
「ミエト侯爵家には鬼の力の指輪の他に、変装用の髪飾りも伝わっているようでした」
「魔族がこの国に来るときには、できる限りの魔法具を持って行くようにしているのだろう。生まれて来る子どもはほとんどが人間で、自分の死後までは守ってやることができないからな」
ため息をつきながらダミアーン伯父上が自分のマジックポーチからお弁当箱を取り出す。
二つあるお弁当箱の片方は僕のためのモンスター由来のお菓子がぎっしり詰まっていて、もう片方にはヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上のための普通のお菓子が詰まっている。
モンスター由来のものでお菓子を作ること自体がこの国では技術がないのでできないのだが、魔族の国では普通に作られている。
「エドヴァルドだけひと箱で不公平な伯父ですまないな」
「いいえ、エドは普段お菓子など食べられないのです」
「ダミアーン伯父上が持って来たお菓子しかエドは食べられないから、仕方ないです」
「エドにお菓子をありがとうございます。もう大きくなった私たちにまで」
ダミアーン伯父上の持って来たお菓子をヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上が分けている。
僕にはひと箱丸々あるので、ワクワクしながら蓋を開けた。
「クッキー! フィナンシェもある! フロランタンもある!」
「魔力を帯びていない砂糖を普段使っているのだろう。どうだろう、エンシオ殿。王城で魔力を帯びた砂糖を我が国から仕入れては?」
「お願いできるか? 甘いものが食べたい年頃なのに、甘いものを食べると体調を崩すなんて、エドが可哀そうでな」
「もちろん、協力するよ」
ダミアーン伯父上の申し出で、魔力を帯びた砂糖が魔族の国から王城に輸入されることに決まって、僕は飛び上がって喜びたいくらいだった。
「魔力を帯びた食材の管理は、相当気を付けた方がいい。常人には毒になりかねないからな」
「分かっている、ダミアーン殿。だから気軽には取り入れられないのだ」
魔力を帯びた食材やスパイス、砂糖や塩などは、常人にとっては毒になってしまう。
王城の厨房に毒になるものを置くのは、厳重に管理しなければいけないので、いくら僕のことが可愛いと言っても、父上も躊躇わざるを得ない。
僕も僕が食べるもので誰かが害される可能性があるのならば、食べないで我慢するか、通常のものを体調が崩れるのを覚悟で食べる方がマシだ。
特に王城の厨房はエリアス兄上やエルランド兄上、父上の食事も作っているので、毒物には危機感を持っていた。
「僕のためにごめんなさい」
謝る僕の髪をくしゃくしゃと父上が撫でる。
「私の方こそすまない。そなたのためにもっと多種多様な食材を揃えてやりたいのに、力が及ばず」
「いいえ、父上は悪くありません」
こういうことがあるから、僕は長く王城にはいたくないと思ってしまうのだ。
ミエト侯爵家に臣籍降下することができれば、魔族の国から多種多様なスパイスや砂糖や塩を輸入して、色んなものを食べることができる。
それはロヴィーサ嬢が魔族の血を引いていて、多少の毒素ならば通用しないという強みもあった。
やはりロヴィーサ嬢と僕は運命なのだ。
運命のひとを手放さないために、僕はやるべきことがあった。
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