末っ子王子は貧乏令嬢を見初める ~御令嬢は実は凄腕冒険者でした~

秋月真鳥

一章 王子と冒険者の出会い

1.冒険者との出会い

 僕には二人の兄と、一人の姉がいる。

 兄は、エリアスとエルランドという名前で、姉はヒルダという名前だ。

 僕はエドヴァルドという名前で、兄と姉にはエドと呼ばれている。


「可愛いエド、最近はあまり一緒にいてやれなくて済まないな」

「ヒルダ姉上もお嫁に行ってしまったし、エドは寂しいんじゃないかな?」


 ヒルダ姉上のことは大好きだったけれど、僕は姉を寂しがるような年ではない。それがエリアス兄上とエルランド兄上には分からないのだ。


「ヒルダ姉上とは会おうと思えばいつでも会えます。寂しくはありません」

「強がることはないのだよ」

「姉上に手紙を書いてエドが会いたがっていると伝えようか?」


 新婚のヒルダ姉上にそんなことをすると迷惑になるとエリアス兄上もエルランド兄上も分かっていない。二人にとって、ヒルダ姉上は国のために結婚したのであって、愛のある結婚ではないと思い込んでいるのだ。

 隣国の王子と結婚したヒルダ姉上は、幼い頃から婚約者だった王子に手紙をしたためて交友をしていた。王子はヒルダ姉上が嫁ぐ日を楽しみにしていたのだ。


「エリアス兄上は、国を担う立場になるというのに、そんなに軽く言わないでください。エルランド兄上は、エリアス兄上を支えるのでしょう?」


 国の政治をもっと知ってほしいという僕の言葉に、エリアス兄上とエルランド兄上が顔を見合わせる。

 二人とも金髪に水色の目で、ヒルダ姉上も金髪に水色の目だった。

 僕だけが兄弟の中で髪の色と目の色が違うのは、僕だけが母上に似たのだ。


 僕の髪は銀色で目は菫色。

 体付きも華奢で女の子に間違われるような容姿をしている。

 もう少し大きくなったら、エリアス兄上やエルランド兄上のように男らしくなれるのだろうが、今はまだ十二歳なので難しい。

 僕が華奢なこともエリアス兄上とエルランド兄上は心配していた。


「エドはちゃんと食事をしているのかな?」

「好き嫌いはよくないよ」


 兄上たちにそう言われるのだが、僕はかなりの偏食だった。肉や魚は好まないし、野菜や穀物も厳選されたものしか食べられない。

 僕の食卓に並ぶものは厨房の料理長が必死に考えて作ってくれたものなのだが、どうしても喉を通らないのだ。


 代わりに僕が食べられるものがあった。

 それはモンスターの肉だ。

 ワイバーンの肉は食べられるし、ミノタウロスも食べられる。強いモンスター程僕は食べられる傾向にあるようだった。


「喉を通らなくて、酷いときには吐いてしまうのです。吐くのは申し訳ないから、無理には食べないようにしています」

「ヒルダ姉上がいた頃には、ワイバーンの肉を手に入れてくださってたのに」

「エドは病弱だから心配だよ」


 僕は食べられるものも少なくて、すぐに熱を出してしまう体質なので、エリアス兄上もエルランド兄上も必要以上に心配する。ヒルダ姉上がいた頃は、自らワイバーンやミノタウロスの肉を仕入れに行ってくれていた。


 厨房の料理長も僕のためにモンスターの肉を手に入れてくれるのだが、下位のモンスターは臭みが強くてなかなか喉を通らない。それでも何とか食べてはいるのだが、食べても栄養が足りなくて僕は倒れそうになってしまう。


 ナーラライネン王家の末っ子は病弱で死にかけている。

 そう噂されているのが僕、エドヴァルド・ナーラライネンなのだ。


「またエドが熱を出した」

「しばらく療養させた方がいいのだろうか」


 ベッドで熱に浮かされている僕を覗き込んで、エリアス兄上とエルランド兄上が話している。

 療養のできる別荘の近くには冒険者ギルドがあって、そこにモンスターの屍が持ち込まれるのだ。ヒルダ姉上はそこの冒険者ギルドに頼んでモンスターの肉を入手していた。


「エリアス兄上、エルランド兄上、しばらく行ってまいります」

「ゆっくり療養してくるといい」

「暇ができたら私たちも行くよ」


 エリアス兄上とエルランド兄上の用意してくださった馬車に乗って、熱があるままで僕は夢心地で別荘までの道をゆっくりと走っていた。

 目を閉じるとヒルダ姉上の姿が思い浮かぶ。


『エド、あなたは病弱だった母上に似てしまったですね。あなたができる限り健康に過ごせるように、わたくしは精力の付くものを用意しますわ』


 そう言って僕にワイバーンの肉を用意してくれたヒルダ姉上。僕はそれを平らげてかなり元気になった。

 それ以降、ヒルダ姉上は様々なモンスターの肉を用意してくれたのだが、どれも高級で貴重で、僕はそれを食べて何とか命を繋いでいた。


 うとうとと馬車の中で眠っていると、馬が騒ぎ出したのを感じる。

 上空に大きな黒い影が過った。


「エドヴァルド殿下、大変です! ワイバーンがこの馬車を狙っております!」


 爺やが僕に言う。

 馬車を狙われているのならば逃げなければいけないが、僕は熱で動けないし、気分が悪かった。


「これまでワイバーンを食べてきたんだ。ワイバーンに食べられて人生が終わるのも仕方がないのかな」


 大きな影が馬車の前に降りてきて、馬車が横倒しにされる。

 逃げることもできない僕は、馬車の中で横倒しになった座席に身体をぶつけることしかできなかった。


「馬を逃がしてあげて……僕と一緒に食べられることはないから」

「そうですな。馬を放せばワイバーンの目はそっちに行くかもしれません。御者、馬を放せ!」

「そういう意味じゃ……」


 御者に命令する爺やに違うのだと言おうとしても、咳き込んでしまって言葉が上手く出ない。

 僕が馬車の中で毛布にくるまって終わりのときを待っていると、違う気配が脇の林道から走り出てきた。


「見付けたわ、ワイバーン! わたくしの一週間の食事のために、倒します!」


 何事かと横倒しになった馬車から這い出て見ると、鮮やかな赤い髪の毛の女性が冒険者のような動きやすい格好でワイバーンに飛びかかっている。

 馬車を狙っていたワイバーンは完全に地面の上に降りていて、飛び上がるまでは時間がかかる。その前に女性はワイバーンの尻尾を掴んでワイバーンの身体を地面に叩き付けた。


 頭を打って昏倒するワイバーンに、持っていた大振りのナイフで止めを刺して、女性は馬車の方に向かってきた。


「この紋章は……王家の馬車!?」

「助けていただいてありがとうございます」

「あ、馬車が横倒しですわ。すぐに起こしますわね」

「え?」


 横倒しになっている馬車に手をかけると、女性は力を込めて馬車を起こしてくれる。女性とはか弱く儚いものだと思っていたが、その女性は全く違った。

 ワイバーンの尻尾を持って投げ飛ばし、横倒しになった馬車を立て直す細身な体に似合わぬ逞しい女性。


「ものすごい腕力ですね」

「これは、魔法の指輪のおかげなのです。家に伝わる鬼の力パワー・オブ・オーガの指輪をつけていると、これだけの腕力が使えるのです」


 説明してから女性ははっとして僕の前に膝をつき頭を下げる。

 僕は寝間着姿に体に毛布を巻き付けているのだが、ナーラライネン王家の末っ子王子だと気付かれたようだ。


「僕はエドヴァルド・ナーラライネン。あなたは?」

「名乗るようなものではございません」

「お礼をしたいんです。兄上たちもあなたの働きに恩賞を与えるでしょう」

「いえ、わたくしなど、名乗る価値もございません!」


 固辞する女性に僕は兄上たちには必ず効くしょんぼりした顔を作ってみせた。


「お礼がしたいのです……」

「それならば、エドヴァルド殿下はワイバーンの肉がお好きと聞きました。そのワイバーンを買い取っていただけませんか?」


 女性が持ちかける交渉は、渡りに船だった。

 僕は別荘で食べるモンスターの肉を求めていたし、女性は倒したワイバーンを引き取って欲しい。


「分かりました。それ相応の金額を払わせます。いいですね?」


 爺やに聞けば、頷いている。


「言い値の倍を払いましょう。こんなに新鮮なワイバーンの肉を手に入れられるとは思っていなかったです」


 爺やが女性と交渉している間に、僕は女性のことをよく見ておいた。

 派手な赤い髪が目につくが、それよりも穏やかな海のような深い青い目が気になる。青い目は真実で、赤い髪は偽りのように思えてならないのだ。

 こんなに深い色の瞳を僕は見たことがない。

 僕はその目を記憶に叩き込んだ。

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