#6 独り言を聞かれていると恥ずかしい

 晴れて正式に友人関係を結んだ俺たちは、ある重大な議題に衝突していた。


「友達ってなんだ……?」


「う、うーん……」


 先ほどの一件もあってか、二人の空気はぎこちなさが残る。


 そもそも、友達の定義とはなんだろうか。俺はスマホを取り出し、インターネットで「友達」と検索する。


「えーっと、『互いに心を許し合って、対等に交わっている人』……。いまいちピンとこないな」


「一緒に遊んだり、喋ったりする親しい人っていうのも書いてあるよ」


 いつの間にか覗き込んでいた小野寺が、画面を指差す。

 今もこうして喋ってはいるが、彼女と遊んだことはまだなかった。


「……遊びに行ってみるのも、いいかもしれないな」


 ぼそりと呟くと、小野寺の表情が喜色に満たされる。


「本当? じゃあ今度、どこか遊びに行こうね」


「あぁ」

 

 ……言質を取られてしまった。

 とはいえ、俺も一歩踏み出すと決めたわけだ。俺と小野寺の関係に目を向けてもいいような気がした。

 

 それから、チャイムを合図に教室へ戻ったのだが……なぜかクラスメイトに温かく迎えられることになる。


「光も案外大胆だね。まさか数日で、ここまで急接近するなんて」


「な、何言ってるんだ?」


 たしかに急接近はしたかもしれない。だが、それがクラスメイトと翔太の妙な態度に関係あるのだろうか。


「昼休み、学校中で噂になってたんだよ。光が、小野寺さんのだってね」


「はぁ?」


「中庭で昼食を食べてだろ? その様子を見ていた誰かが、早とちりしたんだろうね。……まぁ、中庭にいたってことは、君たちの仲睦まじい姿は全校生徒の目に留まっているわけだけど」


 迂闊だった。俺だって、男女が中庭で昼食を取っていたら並々ならぬ関係だと邪推してしまう。いや、それでも許婚は無理があるだろ!

 どうやら、あれが小野寺の手作り弁当だったことは知られていないようだ。それが発覚すれば、いよいよ釈明の余地がなくなってしまう。ここは、何食わぬ顔で切り抜けるしかないな。


「事実無根だ。大体、俺と小野寺が男女の仲なんて、ありえると思うか?」


「そんなに見せつけながら言われても、説得力がないね」


「なんのことだ?」


 翔太はやれやれと言った様子で、俺の手元を指し示す。

 釣られて目をやると、俺の手は誰かに握られていた。しなやかな指先とほのかに伝わる温もり、その持ち主は恥ずかしそうな瞳で俺を見つめていた。


「……小野寺?!」


 あまりの動揺に手を振りほどいてしまう。

 俺はひっそりと小野寺に物申す。


「(なんで手を繋いでるんだよ!)」


「(だって、関係が進展したからいいかなと思って……)」

 

 小野寺はお菓子を取られた子どものように、しゅんとした顔でそう言った。

 彼女の反論は、俺の発言を引用したものだった。


『手を繋ぐのは、あれだ。もっと関係が進展した男女がすることだと思うんだ』


 昨日の自分を恨めしく思いながら、対抗する術のない俺は閉口した。

 その後の授業に身が入らなかったのは、言うまでもないだろう。


 

 そして放課後、教室は重々しい雰囲気に包まれていた。


「昨日予告した通り、これから文化祭の実行委員を選出する。立候補者は挙手を!」


 ゴリラは鋭い眼差しで教室を見渡す。その剣幕に、クラス中の人間が目線を下に落としてしまう。

 機嫌が悪いわけではないにも関わらず、この圧力だというのだから恐ろしい。


 だが、その状況が俺たちにとっては都合が良かった。


 俺は、昼休みに小野寺と話し合ったことを思い出す。


『私、文化祭の実行委員をやろうと思ってるの』


『いいんじゃないか? 小野寺なら、クラスの奴らも安心して任せられるだろうし』


 それに、実行委員になればクラスメイトとの接点も増える。友達を作るにはいい機会だ。


『それで、その……』


 小野寺が視線を彷徨わせる。

 ――この数日の関わりで分かったことがある。


『間宮君も、一緒に実行委員やらない?』

 

 こういう表情をした時の小野寺は、決まって俺に何かを提案してくるのだ。


「私、やります」


 小野寺の一声が、停滞した空気を破った。

 それに続いて、俺も手を挙げる。


「どうした間宮、腹でも痛いか?」


「……違いますって。俺も、実行委員に立候補します」


 そう宣言すると、教室のどこかで口笛が鳴った気がした。


「他に立候補したい者はいないか!」


 ゴリラの咆哮に、反応する生徒はいない。


「では、このクラスの文化祭実行委員は小野寺と間宮に決定する。お前たちなら、仲も良さそうだし安心だな」


 含みのある一言を残して、ゴリラは教室を出て行く。例の噂は、教師の耳にまで届いていたらしい。


 議題が終了したことで、いつもの放課後が戻ってくる。

 部活のある生徒たちがぞろぞろと教室を離れ、残る人影は疎らになった。


 そろそろ俺も帰るか。

 

 席を立った俺は翔太の席に目を向けるが、廊下に面した最後方は、すでにもぬけの殻だった。

 すると、背後に気配を感じる。


「小野寺か。どうしたんだ?」


「一緒に帰ろ」


「……そうだな」


 射し込む夕焼けが、小野寺の顔を赤く染めていた。願わくは、俺にも夕焼けの加護があらんことを。


 車が行き交う低音に、ボールを弾く高い音が重なる。グラウンドを走る生徒の声も、今日は一段と鮮明に聞こえる気がした。


 帰り道を、誰かと歩くのは久しぶりだった。部活に励む翔太と蓮と違って、帰宅部の俺は帰りが早い。そのせいもあって、彼らと帰路を共にする機会はほとんどなかった。

 一歩、また一歩と、会話がなくとも合わせた歩幅が、俺たちの関係に被る。


「なぁ小野寺」


「ん?」


「翔太と蓮と友達になってみないか?」


 その問いかけに、小野寺は目を丸くする。

 少しの間の後、小野寺が口を開いた。


「なってみたいけど、二人は私のことどう思ってるかな。昨日だって、ちゃんと話せなかったし……」


「そんなことを気にするやつらじゃないぞ。というか、友達になりたいって聞いたら喜ぶと思う」


「そ、そうかな……」


 小野寺は俯いて、黙り込んでしまう。

 

「あー、今から喋ることは独り言だ。……もしあの二人のことが話題に上っても、気にしないでくれ」


 俺は咳払いを一つして、話を始める。


「翔太は一見軽そうに見えるが、実は周りに気が配れるやつなんだ。実家が八百屋だから、仕事を手伝ってる内に身についたんだと思う。商店街は色んなお客さんがいるからな」


「牧野君って、八百屋の息子さんだったんだ……」


 小声での反応を見るに、首尾は上々だった。

 本人のいないところで株を上げたんだ。翔太には、今度飯でも奢ってもらおう。


「翔太は蓮と付き合ってるんだ。中学一年の時のことだったんだが――」


 そうしてしばらく、独り言を騙る俺とそれに反応する小野寺という、不思議な構図が出来ていた。

 

「八百屋の牧野君と、家元の榊原さんの大恋愛か……。お話の出来事みたいだね」


「あれは俺も驚いたな……って、俺は独り言を言ってただけだぞ?」


「あっ、そっか。……そうだったね」


 小野寺はそう言って目を伏せる。そのふとした動作に、心臓がどきりと音を立てた。


「私、牧野君と榊原さんと頑張って話してみる」


「焦らなくていいんだ。それに、俺もいる。あの二人のことに関しては、俺は小野寺より先輩だからな」


「ありがとう」

 

 そう微笑まれ、耳が熱くなる。けど今は、夕焼けを言い訳にはしたくなかった。

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