第二集:一朝之患

「なんか……もらった……けども」

 百年前に移設する前は憧温将軍の墓地だった旧憧林きゅうどうりんに派遣される日、蒐集屋敷銀耀ぎんようの主であるスペンサー・アップルトンに「渡したいものがあるので一度屋敷に寄ってください」と言われ、まだ陽も登っていない午前三時に屋敷に寄ると、五十センチ四方のやたらと重い葛籠つづらを渡された。

 何だろうこれは、と眺めていると、さらにあたたかい茉莉花ジャスミン茶が入った腕よりも大きな水筒をもらい、「ご武運をぉお」と言われ、お気楽に見送られることに。

 歩きながら葛籠を仙術で浮かせ、中を確認すると、そこには大量の救急セットが入っていた。

「消毒液と木綿、包帯はわかるけど……」

 心配しているのだろうか。中には長期保存可能な食料が三日分と、水が硝子瓶がらすびんに小分けにされて三リットル、携帯トイレ十回分なども一緒に入っている。

「お水も食料も、なんだったらトイレどころか簡易住居テントも|仙術でなんとか出来るんだけど……。ふふふ。スペンサーさんって変な人だけどい人なんだなぁ」

 わたしは身体に斜めにかけていた朱色の小さな風呂敷の包みを広げると、その中に葛籠と水筒をしまった。

 風呂敷の内側は限定された幻想空域げんそうくういきという亜空間に繋がっており、だいたいのものはしまえるようになっているのだ。

 中を見ると、それぞれしまったものが浅葱色の空間に少し浮かびながら綺麗に並んでいる。

「利用させてもらうんだから、その分働かないとね……。よし、行こう」

 わたしは風呂敷を包み直して身体に結ぶと、両手にぐっと力を入れ、まだ眠気にふわふわとしている身体中を奮い立たせた。

 わたしには、ある〈やるべきこと〉がある。

 十七年前に家族が巻き込まれたある事件の真相を暴くことだ。

 それを調査するためには、隠れ蓑となる場所と仕事、そして、人脈が必要。

 仙術師としての修業からもどってきたばかりのわたしには、志以外何もない。

 だからこそ、あの日、あえて銀耀ぎんようを探したのだ。

 他の蒐集屋敷には目もくれず。

「とにかく、信頼されるように頑張らないと」

 わたしはくうから身長ほどの〈針〉――大仙針だいせんしんを取り出し、跨ると、空へと飛び出した。

 糸通しの部分には、仙力が純白の糸――煌糸こうしとなってひらひらと揺れている。

(それにしても、元墓地に行くのって怖いな……。いろいろといわくつきの憧温将軍……か)

 憧温どうおんは百年以上前に活躍した名将で、花丹かたん国をてん国の侵略から護った英雄だと言われていた。

 しかし、長年にわたる研究によりそれらの功績は〈嘘〉だったと判明。

 憧温は甜国の姫と恋仲になり、それを隠し通したまま自分の領地に迎え入れるために、甜国の王と取引し、偽の戦場で嘘の勝利を挙げ、甜国の権利を一部保障する代わりに姫を人質として嫁にもらいうけるという茶番劇を演じたのだ。

 それが学者たちの手によって暴かれ、墓は取り壊し。

 重要人物の墓地にだけつけられる敬称の〈りん〉も剥奪はくだつされ、新しい墓は離島の崖下に移されることになった。

 ただ、墓を壊す際、不可思議な現象が数多く報告されたのだ。

 人々はそれを『憧温ののろい』だとして騒ぎ立て、それ以降誰も近づくことはなくなった。

(たしかお墓を壊すとき、頭蓋骨だけ見つからなくて、まだ埋まっているとかなんとか……)

 わたしは身震いしながら目的地まで飛び続けた。

 この時間ならば、空を見上げている人は少ない。

 仙子せんし族の掟の中に、仙術師だということを多種族に隠さなければならないというものはないけれど、知られたら知られたで厄介なことになるのは先人たちの経験則からわかっているので、わたしは慎重に仙術を使うことにしている。

 とはいえ、困っている人を放っておくことは出来ない。つい、仙術を使ってしまうこともある。

「うわぁ……、あれか」

 空を飛ぶこと約一時間。

 みやこ瓏安ろうあんを一望できる山の中腹にある、破壊された大きな岩を削って作られていた墓標。

 それが旧憧林の目印だ。

「……見るからに禍々しい」

 どんどんテンションが下がっていく。

 しかし、大天使の羽根の金額である五億ファという途方もない借金を返すためには、働くしかないのだ。

 ゆっくり深呼吸を繰り返し、降り立とうと下を見た時、わたしは目を丸くして驚いた。

「ひとが……、十人以上いる」

 そこにはそれぞれ思い思いの武装をした男女が十五人集まっていたのだった。

 わたしは仙術師だと気づかれないよう木が生い茂った場所に降り、そっと歩いて近づいていった。

「あ、あの……」

「……え、子供? どうしたのこんな早朝に……。もしかして、人攫いにあったの⁉」

 わたしが話しかけたのは、鉄と分厚い革製の防具に身を包んだ二十代前半くらいの女性。

「い、いえ! 違います! あの、その仕事で……」

「……まさか、探索者サーチャーなの?」

「あー……、えっと、そう、です……。駆け出し、ですが……」

「こんな幼い子派遣してくるなんてどこの蒐集家よ!」

「あ、い、一応、もう十六歳なので、花丹かたん国内では奉公に出られる年齢です」

「え、ごめんね! その、甥と同じくらいの齢に見えちゃって。てっきり十三歳くらいかと……」

 まわりで話を聞いていた人たちも、好奇心からか、不思議そうな顔をして近寄ってきた。

「で、どこの蒐集家からの派遣なんだ、嬢ちゃんは」

 屈強な戦士といった風情の三十代くらいの男性に話しかけられたわたしは、なるべく笑顔を作って答えた。

「えっと、銀耀ぎんようの……」

銀耀ぎんよう?」

 探索者サーチャーたちは怪訝な顔で翠琅すいろうを見つめた。

「花丹国にある蒐集屋敷って、たしか日耀、月耀、火耀、水耀、木耀、金耀、土耀の七つだったような……」

 精悍な顔つきの二十代前半くらいの男性が首を傾げた。

「あー……、もしかして、蒐集家協会から離脱したっていう、なんたらアップルって人?」

「離脱……? したのかどうかは知りませんが、そうです。わたしの雇い主はスペンサー・アップルトンさんです」

 探索者サーチャーたちはみな声をそろえたように「うわぁ」とつぶやき、同情の視線を向けてきた。

「大変だね……」

「頑張ってね……」

「まぁ、金払いは良いと思うよ。蒐集家の中でも一番の資産家らしいから」

「嫌だなって思ったらすぐに逃げなよ」

「あんまり信じすぎない方がいいかもね」

「俺らもよく知らないからあんまり吹き込みたくはないけど……。協会を離脱したっていうのにはそれなりの理由があるわけだしね」

「無理しないでね」

「こんな可愛い子を危険な場所に派遣するなんてクソ野郎だな」

「初めての派遣なのに相方もいないなんて可哀そう」

「がっぽりお金貰いなよ」

「何か特殊技能とかある? 大丈夫? ここ、超怖いよ?」

「今日朝ご飯食べた?」

 最後のはまったく関係ないが、十五人の大人たちが心配してくれている。

 それほどに、探索者サーチャーという職業は危険で、さらには、今から入る魔窟ダンジョンは相当怖いようだ。

(先が思いやられるなぁ……。わたし、大丈夫かな。借金返さなきゃいけないのに)

 山からの景色を見つつ一息ついて戻ると、すでに大人たちは魔窟内へと入っていくところだった。

 ついていこうとも思ったが、そうすると暁星珍品を見つけた時に話し合いで交渉できるとは限らないと気づいたので、一人で少し遅れて入っていくことにした。

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