第一集:奇々怪々
春
木陰には小動物たちが集まり、心地よさそうに昼寝をしている。
「どいてどいてどいてぇぇええ!」
眠りを妨げ、静寂を切り裂く大声に、鹿や猪などの大きな動物も逃げ出した。
「はやく連れて行かないと……!」
深緑色の
赤毛のポニーテールは陽が当たるたび、まるで火の粉が楽しそうに踊っているように煌めいた。
「どこらへんだっけ……。
太陽の位置や風向きを確認し、漂う匂いを感じながら、少年は抱えたものを落とさないよう、走り続けた。
すると、三十分もしないうちにくすんだ銀色の
少年が足を止め確認すると、どうやら
「……あれかな? たしか西洋風の建物らしいって……」
〈
「……なんか怪しいけど、蒐集屋敷ってことはアレもあるはず!」
少年は
両腕で抱えているので手が使えない。仕方なく、少年は不思議な力でノッカーを三回動かした。
すると、軽やかな足音とともに、陽気な声色が近づいてきた。
「はああああい! お客様ですかぁあ⁉ ……ん?」
中から出てきたのは、二メートルはありそうな長身に黒髪長髪三つ編みの男性だった。
顔は東洋とも西洋とも形容しがたい雰囲気だったが、美しいということは一目でわかる。
ただ、声の調子と所作が少々大げさではあるが。
少し面食らっては閉まった者の、時間がない。
少年は名乗るのも忘れて用件を伝えた。
「……あ、あの! この子を助けるために大天使の羽根を譲ってくださいませんか⁉」
そう叫ぶ少年の腕はひどい凍傷で、血がにじんでいる。
抱きかかえられているものの力のせいだろう。
「ほう……。当屋敷は十五歳未満立ち入り禁止なのですが……そういうことならばいいでしょう。さぁ、中へ。精霊種を抱きかかえたお嬢さん」
少年は抱きかかえている精霊を見つめ、そっと顔を上げると、促されるまま屋敷の中へと入っていった。
「あの、一応ですけど、わたしは男です。成人こそしていませんが、働いていますし、十六歳なので年齢的にもご迷惑はお掛けしないかと」
「それはそれは。申し訳ありません。この国……、
「あ、わたしの名前は
「ミスター
「貴族ではありませんが、父と母は宮廷医師なので、何不自由なく幸せに暮らしていますよ」
「でも、働いているのですよね?」
「社会勉強です。それにしても……、よくこの子が精霊種だとおわかりになりましたね」
「伊達に何百年も蒐集屋敷の当主をしておりませんからねっ!」
雑談をしながらも、スペンサーは歩みを止めることなく広い屋敷を進み、壁一面の引き出しや天井に吊るされた数多の剥製、床に設置されたチェスの駒の台に似た形の支えの上に置かれた透明な箱の中にも目もくれず、屋敷のさらに奥にある鉄製の小さな扉の前にやってきた。
「この奥はまさに魔窟とも形容される特別な蒐集部屋です」
「ヴンダーカンマー……、ですか」
「おお! ミスター
「いや、たまたま知っていただけです」
「では、まいりましょう。精霊種の息が風前の灯火のようなので。それに……」
スペンサーが身をかがめて入っていった扉を、
よく手入れされているのだろう。カビや下水のような臭いは一切しない。
どちらかといえば、薄荷のような爽やかで少し甘い冷たい香りが漂っている。
「す、すごいですね……」
それしか言葉が出なかった。
屋敷の中ももちろん素晴らしかったのだが、このヴンダーカンマーは別格。
(仙力が満ちている……)
(わたし以外にも、花丹国にそういうひとたちがいるなんて……。いや、仙力のこもった品を収集しているだけかもしれない)
スペンサーは
「では、こちらが大天使の羽根です。どうぞ、お使いください」
「あ、ありがとうございます!」
すると、羽根はまるで綿あめが溶けるように
「ココハ……?」
「目が覚めてよかった。冬の国へ行きそびれちゃったんだよね」
「ア、アナタハ!
その瞬間、スペンサーの目が大きく開き、だらしないほど恍惚とした表情になった。
笑顔で言葉を紡いだ。
「うん、そうだよ。じゃぁ、
「アリガトウ!」
「もう寝坊しちゃだめだよ」
「ウン!」
部屋に残ったのは蒐集家と少年の二人。
「あの……」
「す、すんばらしい! 本物の魔法使いではありませんか! なんと美しいのか! 杖に関しましては生活感丸出しの〈針〉ということでちょっとガッカリですが……、とにかく! 素晴らしい!」
「え、あ、どうも……。それで……大天使の羽根のお代は……」
「あははっ! いくらあなたが素敵な魔法使いだったとしても……あ、いや、〈種族〉が違うから呼び方も違いますよね? 先ほどの精霊種がミスター
「えっと、そうですね。
「なぁあるほど! 承知しましたミスター
スペンサーはにっこりと微笑みながら小首をかしげた。
「……ご、五億
冷や汗が出る。心拍数の上昇が止まらない。
「ううん、それは無理ですねぇ」
「え!」
退路を断たれたような気になり、余計に絶望感が身体に満ちていく。
「実は買い手がついていた商品だったのですぅ。でも、あまりにも緊急事態でしたし、そもそも〈大天使の羽根〉なんて最高級の
「いや、その……。じゃ、じゃぁ、どうすればいいですか……」
当の借金の取り立て主は楽しそうに笑いながらクルクルと踊っているが。
「では、身体で払っていただきましょうか!」
「え……」
血の気が引き、涙がのぼってきた。鼻がつんとする。
怖かったが、何があっても対処できるよう、急いで腕の凍傷を治した。
「おやおや、いくら麗しい美少年でも、わたくしの好みからは遠いのでご安心を。身体で払う、というのは、働いていただく、という意味です」
「え、でも、わたしもう働いている場所が……。それに五億
「ミスター
「……な、なんですかその探索者って……」
怪しい響きに、
スペンサーは大袈裟な動きで室内にあった大きな絵画を指さすと、楽しそうに話し始めた。
「探索者とは! 各蒐集家お抱えのトレジャーハンターのことです! 蒐集家は基本的にみんな〈人間〉ですから。かくいうわたくしも、身体はか弱い人間です。種族的に弱い人間のお金持ちの代わりに、危険に飛び込み、貴重な
「へぇ……。じゃぁ、何回か行けば借金はチャラということですか?」
「できれば、そのあとも雇わせていただきたいですねぇ……。後宮に商いに行くのも楽になるでしょうし……。探索一回に付き基本的なお給金はこのくらいで」
スペンサーは流れるような手つきで
「基本給……、ひゃ、百万
「持ち帰ってきた物品によっては特別ボーナスもたんまり出しますよぉ! 歩合制を導入しておりますので!」
(探索一回が百万円ってことは、それだけ危険ってことだよね……)
そんな
「まずは一回行ってみませんか? それで大丈夫そうだったら、是非うちで働いてください。ミスター
「まずは一回……」
(どちらにしろ、大天使の羽根の分はどうにかしないといけないし……)
「とりあえず、一回行ってみます! 契約書とかありますか?」
「しっかりしていますね! では、さっそく署名していただきましょう」
「では、
「は、はい!」
明後日なら、ちょうど茶屋の仕事が休みの日だ。
「場所は旧
「……ええ! そこって百年くらい前に別の場所に移されてから誰も立ち寄らないっていう……
「そうでーす! 今は立派な
「いや、
「まぁ、そうとも言いますかね? あはははは」
書いてしまったからだ。彼が制作した契約書に、『
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