黒曜
鱗
黒曜
私(わたくし)の連れは、⾏商⼈でありました。
乾いた⼟地で⾺⼀頭、私と連れで、⼭のような⾹⾟料を荷台に積んで町々を巡りました。
時には暑い⼟地や寒い⼟地にも訪れ、⾹⾟料のみならず多少の宝飾品や織布なども取り扱いますが、なにぶん私は寒いのが性分に合いませんので、連れにさんざん北側の地⽅には⾏かないように⾔付けました。
私の連れはまだほんの⼦供だった私を引き取り、旅の道連れとして育てることにしました。その頃の私といえば育ち盛りでしたので、⾷費などかさみましたでしょうに、それでも連れは懸命に私を育て、⽇に⽇に姿を変えていく私の⿊い瞳を⾒ては、指先で撫でながら美しいと褒めました。
私は美しいのです。お世辞なしに。
その証拠に、⾏く町のどこでも私は⼈々の不躾な視線を浴びていました。私は構いませんでしたが、連れがたいそう嫌がっていたのを覚えています。
時には私を買おうとする輩もいました。
私を隠すように布をかけ、布越しに聞こえてくる連れと客の声だけを聞いていました。⼤抵、いつも連れが私に語りかける⾔葉とは違う⾔葉で話すので、私には分かりませんでしが、時より笑い声が聞こえたりしましたので、きっと連れの商売はうまくいっていたのでしょう。
連れは私にそういった⾦銭の絡むような話は⼀切しませんでした。私はそれを少し不満に思っていましたが、敢えては何も⾔いません。私に⾦銭の価値観を与えたくなかったのだろうと、今になって考えます。連れの望む私の姿には不要なものでしたので。
ある⽇、いつものように宿の奥で私を待たせ、商売の話をしている連れでしたが、私はほんの好奇⼼と退屈さで声を出して連れを呼んだのでした。
もちろん、隣の部屋にいる連れを呼んだのです。商談相⼿にも私の声が届いていました。私が連れを呼ぶのは滅多にないことでしたから、連れは私を商談相⼿に⾒せました。
相⼿の男は、やはり私にはなんと話しているかわかりませんでしたが、太い腕に巻き付いた⻩⾦⾊の腕飾外をし、テーブルに置いたことで理解しました。
「これでも⾜りないというのかね?」
「……ええ、恐縮ですが、別件の品でして」
別件の品、というのが連れの常套句でした。
「その先客の倍だそう、どうかね」
「はは……困りましたね、旧友なものでして……」
「⾦で買えぬものがあると?」
「通貨が違いまして。⾦での取引になりますと、こちらが持ちきれませんので」
私には私の他、連れの話しかできません。私は育ての親である連れと共にいる以外に⽣きる⽅法は思いつきません。
男は私を諦め、連れを睨みつけるように、全ての商談を破棄して部屋を出てゆきました。その後すぐに宿屋の者が申し訳なさそうに宿を出るように⾔いましたので、連れはすぐに荷物を纏めて町を出ました。
連れは南に向かって⾺を歩かせました。私は、連れの寝床を奪ってしまった罪悪感にかられて、北の町よりも舗装されていない荒れた道で体を揺らしている連れを黙って⾒つめました。連れは優しい、少し困った顔で、私に⾔いました。
「仕⽅のないことだよ、君を買った⽇から決めていたことだから」
それから幾⽉も過ぎ、⾺を替えて商品を替えて、連れと私はうんと南までやってきました。⽇差しの強い地域でしたので、連れの得⼿とする⾹⾟料が⾷料保温のために売れていたようです。
ここは⼤変居⼼地がよく、また、私のような⾝なりの者はめずらしくありませんでしたから、多少は⼈⽬を引きますが、気にならない程度でした。連れも暑がっていましたが、住み⼼地のよさに喜んでいたようです。
連れは、しばらく世話になっている⼤きな宿に⾺も荷物も置いて、私だけを連れて⼩⾼い丘の上まで登ってきました。
____________
⼤きな⿃籠をもった男は、おもむろに籠の窓を開け放した。
「さあ、おゆき」
籠の中の艶やかな尾⻑の⿊⿃に語りかける男。
⾸を傾げるばかりでようやく外にでた⿊⿃は、暑い⾵に吹かれて⾶べるとこと
思い出したうに翼を広げて⼆、三度⽻ばたいてから、遠くの空に霞んでいった。
黒曜 鱗 @LilyValley
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