第12話 代償
修二さんは、横山という男に1人で会いに行くと言った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。そんな危険な男ではないよ。」
修二さんは、俺に向かって笑って見せた。
「でも、向こうも焦ってるんじゃないですか?由紀子さんとお金を盗られて…」
「ハハハ…陽介くん!盗られたのは俺だよ!」
今まで見たことのない修二さんの顔だった。何かが吹っ切れたようだ。
「そうです…そうなんですけど…俺も行きます。」
「ありがとう!心強いよ。」
誰にも見えない俺がついて行ったところで、何もできないのに…修二さん、優しすぎるよ。だから、俺なんかに憑依されるんだよ。
横山という男を呼び出したのは、倒産した会社の跡地だった。今は更地になってしまっていた。隣のビルの影が落ち、冷たい風が吹き抜けた。
修二さんは、静かに涙を流していた。
「俺の人生のほとんどをかけた会社だった。まさかこの年で何もかも無くしてしまうなんて、予想もしてなかった…」
「何一人で感傷に浸ってんだよ。」
黒ずくめの背の高い男が修二さんの背後に仁王立ちになった。
横山だ!感覚的にそう思った。
尖った靴先の革靴を履いて、オールバックにした髪型。シルバーのメガネは、横山の冷淡さを映し出していた。
「横山…」
修二さんは、拳を強く握った。
「由紀子は?お前んところへ帰ったんだろう?」
「由紀子か…お前にそう呼ばれるとはな。」
「お前が由紀子に頼んで金を持ち出したんだろう?」
横山はイライラしているようで、その場をウロウロと歩いた。
「由紀子と金を返してもらおう。」
「返してもらうのは俺だ。もともと俺の妻だ。」
「俺の女になったのに?そんな女と元の鞘には戻れないだろう?」
横山はニヤリと笑った。
「…もしそうだとしても、横山…お前の元へ行かせるつもりはない。」
修二さんは一層声を強めた。
「愛したひとが暴力を受けているのに見過ごすことはできない。」
「そういうことか…でも俺は由紀子をお前に返すつもりはない!逃げても何度でも捕まえてやる。」
「なんでそんなに由紀子に執着するんだ!」
「由紀子が俺を必要としたからだよ!お前が家庭を顧みないと泣くたびに俺が慰めてやってきたんだ。」
修二さんは、唇を噛み締めた。
「そうだ。それは俺の罪だ。由紀子を泣かせた俺の責任だ。会社を大きくすることばかりに必死で、由紀子の気持ちを少しも考えていなかった。だけど、今ならわかる。一人がどれだけ心細いか…側に人がいてくれることが、どれだけ支えになるか…若い青年に教えてもらった…」
え?俺?
修二さんは俺を見ると、微笑んで見せた。
「俺はその青年と出会ったおかげで、本当の気持ちを伝えることの大切さを教えてもらった。すっかり忘れてしまっていた。由紀子にも…何も言わなくてもわかってくれるなんて…それは俺の勝手な思い上がりだった。
それに、横山!お前にも…有能なお前が補佐をしてくれるおかげで、会社も上向きになって行ったのに、俺一人が必死に頑張ってる錯覚をしてしまった。横山!一緒に戦ってくれてありがとう。お前のフォローがあったからこそ…お前のおかげで助かっていたんだ。そんな当たり前のこともわかっていなかった。」
「なんだよ、急に…気持ち悪いなぁ…」
「だから…お前には自首して欲しい…」
「はあ?何言ってんだよ…」
「やり直そうと思う。またゼロから…会社を作る。」
「え?」
横山は相当驚いたようだ。言葉もない。
「生きていれば、なんでもできる。何度でもやり直せるんだ!」
この時、確かに俺は修二さんと目が合った。
今までに見たことのない爽やかな笑顔で…
しかし、2度とその目に俺が映ることはなかった。
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