第8話 迷宮都市

 町を出て進むこと三日。俺たちは迷宮都市へ辿り着いた。

 一見普通の町だな。ちゃんと城壁もあるし。

「身分証の提示をお願いします」

 俺たちは冒険者カードを見せる。今回は無事に通ることができた。

「さて、とりあえず冒険者ギルドに行ってみるか」

 こういう時、宿を探さなくてもいいのは便利だな。

 冒険者ギルドに入り、冒険者カードを渡す。

「この町には迷宮があると聞いた。入ってみたいんだが、場所を教えてくれないか?」

「かしこまりました。迷宮内の地図もございますが、そちらもご所望ですか?」

「ああ、頼む」

 俺はお金を渡して地図を買う。

「あと、何か注意事項はあるか?」

「基本的には外での冒険と変わりませんが、迷宮内では他の冒険者パーティーと出会ったり、盗賊が出たりします。基本的にこの二つに見た目の差はないので、油断しないようにしてください」

 つまり、迷宮内で冒険者を狩る盗賊がいて、そいつらと真っ当な冒険者との見分けがつかないから、油断するなということか。

「分かった。気を付ける」

 俺たちは冒険者ギルドの二階の部屋を一つとって、そこで会議をすることにした。

「何か欲しい装備はあるか? 迷宮で必要になりそうな装備とか」

「「……」」

 二人は困ったように顔を見合わせる。そうだよな。まずはやってみないと分からないよな。

「とりあえず行ってみるか」


 俺たちは地図の通りに町を進み、迷宮の入り口に来ていた。町の中に突然洞窟があるような見た目だ。一応、鎧を着た兵士が二人槍を持って立っている。

「ちょっといいか」

 兵士はめんどくさそうに答える。

「なんだ」

「迷宮から魔物が出てくることはないのか?」

「なくはないが、珍しいな。年に数匹ぐらいだし、大体が上層にいる弱い魔物だ」

「そうか。ところで、迷宮に入りたいのだが」

「分かった。冒険者カードを」

俺たちはそれぞれ自分の冒険者カードを提示する。

「Eランクか。入場は許可するが、中層へは行くなよ?」

「ああ。まずは様子見だ」

 岩を削り出して作った階段を下りていくと、木の看板に迷宮地下第一階層と書いてあった。流石に第一階層なだけあって冒険者が多い。

「とりあえず、魔物を探すか」

 しばらく迷宮の第一階層内をさまよったが、冒険者に対して魔物の数が少なすぎるのか、魔物と出会わなかったり、もうすでに他の冒険者と戦闘を始めていたりした。

「このままじゃ戦えないよ~」

「ルビア、どうしますか?」

 選択肢としては二つある。このまま第一階層で魔物と遭遇するまで粘るか、第二階層へ進むかだ。

 正直、一階層下がっただけでそこまで魔物が強くなるとは思えない。もし仮に強くなったとしても、俺がフォローすれば、最悪死ぬことはないだろう。

「よし、第二階層に進むぞ」

「そう来なくっちゃ!」

「分かりました」

 第一階層を歩き回って第二階層へ続く階段は発見していたので、そのまま第二階層へ降りる。

 流石に第一階層よりは冒険者の数が少ないが、それでもそこそこ人がいる。

「とりあえず魔物を探すぞ」

 迷宮の雰囲気は大体掴めたので、《探知》を使って遠慮なく魔物を狩りに行く。

「構えろ。この通路を曲がったところにいるぞ」

 出てきたのは蝸牛のような形の魔物だ。ある意味ジメジメした地下である迷宮内には相応しい魔物かもしれないな。

 殻は硬そうだが、それでもミスリル製の武器を防げるような代物じゃないらしい。カザリの攻撃であっさりと真っ二つにされた。

 だがそこで問題が起きた。

「この魔物の売れる部分は殻だ。殻を傷つけると売れなくなる」

 普通の冒険者は蝸牛の殻を傷付けられるような武器を持っていないからな。これは盲点だった。

「この魔物には魔法攻撃の方がいいかもしれないな」

 エルマとカザリに渡している指輪には《発火》の魔法が《付与》されてはいるが、あれは攻撃魔法ではないから、威力が低すぎるだろうな。

 カザリの左手には薬指以外の指に四つの指輪が嵌っている。つまり、最大残り六つまで嵌められるわけだ。

 一見多いように聞こえるが何万とある魔法の中でたった六つしか選べないというのはかなり悩む。

 だがまあ、とりあえず《火球》の魔法を《付与》した指輪は渡しておこう。こうして敵の弱点に合わせて装備を切り替えられるのも魔技師のメリットだ。

 使っていない銅の指輪を《収納》から二つ取り出し、《火球》を《付与》する。

「これを使え」

 俺は出来上がった指輪をエルマとカザリに放り投げる。

「《火球》の魔法を《付与》した。蝸牛の魔物にはこれを使え」

「サンキュールビア」

「ありがとうございます。ルビア」

 エルマは左手の小指に、カザリは右手の親指に指輪を嵌めた。

 そこからは第二階層の探索は順調に進んだ。やはり魔法攻撃が有効だったようだな。

「さて、そろそろ帰るか」

 実験用の殻も大量に《収納》できたし。

「冒険者ギルドでは《収納》を使いたくない。売る分は持っていくぞ」

 《作成》《錬金》《加工》の魔法で金貨はいくらでも作り出せるが、大幅に魔力を消費する。自力で稼げるならそれに越したことはない。


 俺たちが殻を抱えて冒険者ギルドに戻ってくると、他の冒険者にゲラゲラと笑われた。

「おい見ろよ! あいつら魔法鞄も持ってねえ!」

「その立派な装備を買って金がなくなっちまったか?」

 挑発を無視して買い取り所へ殻を持っていく。

「魔法鞄とはなんだ?」

 念のためギルドの職員へ聞いておく。

「魔法鞄っていうのは《収納》の魔法が《付与》された鞄型の魔法道具です。本来魔法道具は貴重なんですが、魔法鞄は沢山作られたので、比較的安価で、一流冒険者の証とされています」

 なるほど、俺たちはミスリルの装備を持っているから金は持っていると思われた。でも魔法鞄を持ってないから馬鹿にされたということか。

「なるほど。助かった」

 俺たちは借りた部屋へ入る。

「魔法鞄を作るぞ」

 公に《収納》を使えるならそれに越したことはない。

「できれば鞄は魔法で作るのではなく、買って済ませたい。これから鞄を買いに行くが、何か意見はあるか?」

「それでいいよ」

「私も大丈夫です」

 受付嬢に貰った地図に革細工の店が載っていた為、そこに向かう。

「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」

 店員に聞かれるが、どうするか。まさか「魔法鞄が欲しいが、《付与》は自分でするから鞄だけ寄越せ」とは言えないしな。

「丈夫な鞄をくれ」

「かしこまりました。それですと……このあたりでしょうか」

 店の一角に案内される。どうやらここには冒険者用の鞄が並べられているらしい。

「どれがいい?」

 二人に選ばせた方がいいだろう。

「魔法鞄も見せてくれ」

「かしこまりました」

 店員が一度店の中に引っ込み、一つの鞄を持ってきた。

「これが魔法鞄か?」

「はい。その一つです」

「見た目は様々な種類があるのか?」

「はい。ですが気に入った見た目の物を取り寄せようと思うとかなりの大金が必要になります」

 なるほど、魔法道具の中で比較的安いから買うのに、わざわざ値段を吊り上げるような真似はしないか。

「ですので、私共は誰でも使える地味なものを好んで仕入れております」

 確かに、持ってきた魔法鞄も茶色の地味なものだ。

しばらく店内を見ていると、エルマとカザリが鞄を一つ持ってきた。

「これにします」

 選んだ鞄は黒い革製の物だ。表面に艶というか光沢があるから、何か特殊な薬品でも使ってあるのだろう。

 もし二人が派手なものを選んだらどう誤魔化すか考えていたが、これは高級感がありつつ地味目だから助かった。ついでに言うと俺も好みだ。他とは違う存在感を放ちながらも、異色ではない。そして漆黒は魔王らしさがある。

「これをもらおう」

「毎度ありがとうございます。金貨二枚になります」

 俺は財布にしている巾着袋から金貨二枚を取り出し、カウンターに置く。金貨二枚か、魔法道具ではない普通の鞄としては高めだが、丈夫な高級品だし、妥当か。それに、これに《収納》を《付与》して魔法鞄にすれば、最悪中古で売っても十分なリターンがある。


 早速冒険者ギルドに取った俺の部屋に帰り、ただの鞄に《収納》を《付与》して魔法鞄にする。

 ついでに、俺が《収納》で預かっていた物も魔法鞄に入れ替える。前世の物は右手にしている手袋以外持っていないし、貴重品もないから全て入れた。

「よし、これでいつでも誰でも取り出せるな」

「それって、危険ではないですか?」

 最近思ったが、カザリは頭がいいな。エルマは元気だ。

「その通りだ。だから貴重品は入れずに自分で管理しろ」

 実際、俺は指輪や聖剣、手袋、金は自分の荷物に入れている。まあ、聖剣は勇者しか握れないので盗難の心配はないかもしれないが、俺の右手にはまっている手袋を使えば、誰でも聖剣を握れる。それに気付くものが現れれば終わりだ。

 部屋に鍵をかけ、ベッドに寝転ぶ。

「ちょっとルビア、ベッドを占領しないでよ。皆の部屋なんだから!」

「エルマ、無理を言って同じ部屋にしたのは私達です。遠慮すべきです」

 エルマは遠慮がなさすぎるというか、図々しいがそこが可愛くもある。まあ、俺も若かったらイラっとしたかもしれないが。

「いいさ、俺は一人の時は椅子に座る。二人はベッドに座るといい」

 さて、そろそろ飯にするか。


 一階に降り、テーブルに座る。

「すまない。メニューをもらえるか」

 そういうと、店員は勝気に言ってきた。

「お客さん。うちにはメニューはないんですわ。あるのは日替わり定食だけです」

 さて、どうしたものか。別の飲食専門の店に行ってもいいが、その日替わり定食が不味いと決まったわけでもない。むしろ、すごく美味いかもしれない。かつての部下たちも「癖が強い店ほど、当たりな時は美味い」と言っていた。

「二人は日替わり定食で構わないか?」

「うん。まずは食べてみないとね」

「私も構いません」

「すまない。日替わり定食を三つ」

「はいよ。飲み物はどうする?」

「何がある?」

「水、茶、エールがあるよ」

 やはり飲み物もレパートリーが少ないな。

「俺は水でいい」

「私も」

「私もです」

「冒険者ならエールぐらい飲むもんだよ」

 店員がおばちゃんだったからか、図々しいな。まあ、このぐらいのほうが親しみやすいというものだ。

 しばらくして料理が運ばれてきた。

「今日は焼き魚と白米。それと味噌汁だよ」

 確かにテーブルには魚らしき物が運ばれている。

「ここは内陸だろ? 魚なんてどこで」

 湖や川も魚はいるだろうが、この町には見当たらない。それに淡水魚は寄生虫がいる可能性が高い為、好んで食べるものは少ない。

「迷宮の特定の階層で冒険者たちがたまに取ってきてくれるのさ」

「寄生虫は大丈夫なのか?」

「長年出してるけど、寄生虫は聞いたことないね」

 大丈夫なようだ。では、いただくとしよう。

 俺はナイフとフォークで魚を切り分け、骨と身を分ける。

エルマは手で魚を掴み、頭から食らいついた。骨もお構いなしだ。

 カザリは手で魚を掴もうとして、エルマを俺が見ているのに気づいた。

「ルビアは上品に食事をした方が好きですか?」

「うん? まあ、一緒に食べていて気持ちはいいな」

 俺が上品に食べるように教育されたからかもしれないが、口を開けて食べたり、手掴みで食べたりするのは気分が悪い。

 だが、それをほんの少し前までスラムで育った、教育をされていなかったエルマとカザリに強制するのは酷だろう。

 だが、カザリはそうは思わなかったらしい。

「ルビア、私に食事のマナーを教えてください」

「無理に覚えなくてもいいんだぞ?」

「いいえ。ルビアに不快な思いをさせるわけにはまいりません」

 別に俺は……気にしていないといえば嘘になるが、割り切ってはいる。それに、ワイルドな食べ方も好きではあるんだがな。

「そこまで言うなら、教えよう」

 俺は基本的なナイフとフォークの使い方を教えた。そこで、エルマが不満そうに自分の平らげた皿を見ていることに気づいた。

「なんだ、お代わりか?」

「違う」

 まあ、満腹になったのならいいか。俺は食事をしながらカザリにマナーを教えた。

「美味かったな」

「はい。ナイフとフォークを使ってマナーよく食べた方が美味しかった気がします」

 カザリのその言葉を聞いて、エルマはビクリと肩を震わせた。

「私も食事のマナー覚えるわ」

「強制はしないぞ? 別にカザリと競う必要もない」

 確かに二人に競争をさせて相乗効果を期待してはいたが、それは戦闘面でだ。これは性格や好みの問題だし、どちらが秀でているということでもないだろう。

「いいのよ。私がやりたいんだから」

 まあ、そこまで言うなら断る理由もない。

「分かった。じゃあ明日の朝の食事からな」

「うん!」

 部屋に戻り、椅子に座る。

「さて、昨日はトランプだったから、今日は人生ゲームだな」

 結果、俺は冒険者として慎ましく暮らし、エルマは神官と結婚。カザリは勇者となって魔王を倒した。

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