第4話 人魔混合
俺が人垣の先で見たのは、何というか、歪なものだった。
そこにいたのは少女だ。だが、何というかどうにも違和感がある。とりあえず、普通の人族や魔族じゃない。
「何なんだ? こいつは」
少女を庇っていたエルマに聞くことにした。
「この子は半人半魔なのよ」
「半人半魔?」
「要するに、人族と魔族の混血」
なるほど、違和感があったのはそのためか。この少女は人族の特徴と魔族の特徴を併せ持っているのだ。その魔力の質まで。
前世の世界では人族と魔族は争いあっていたから、子供なんて作らなかった。もちろん、女が捕まったり襲われたりして男に無理やり孕まされることはあったが、中絶するのがほとんだだった。
「おい、こいつ勇者だぜ」
「本当だ」
「噂のスラム上がりだ」
どうやらいじめていたのは平民や貴族のようだ。
「半人半魔は迫害の対象になっているのか」
中絶するにしろ、生まれてきた子を殺すにしろ、望まない子供を作らない術はある。それでもここまで成長したということは、この子は愛し合った末、望まれて生まれてきた子ということだ。
「おい、スラム上がり。半人半魔を殺せよ」
「そうだ。魔族を殺すのも勇者の仕事だろ」
まったく。いじめるのは良くても、殺すのはためらう。覚悟がないというか。人間性は残っているというか。
ふと半人半魔の少女を庇っていたエルマを見る。エルマは迫害されてきた側だからか、半人半魔に抵抗はないらしい。
俺は半人半魔の少女に背を向け、聖剣を地面に突き立てる。
「この少女は俺が預かる」
そう宣言すると、人垣から石が飛んできた。《防壁》を展開し、半人半魔の少女とエルマを守る。
「ふざけんな!」
「スラム上がりは魔族の仲間か!」
迫害していた連中はしばらく石を投げ続けていたが、俺の《防壁》が破れないことを悟ると、少しずつ解散していった。
「さて、まずはお前の名は?」
「あうあう」
半人半魔の少女に問いかけるが、どうやら言葉がしゃべれないようだ。
「エルマ。こいつを連れて着いてこい」
守ってやったと理解しているのか、特に抵抗はせずに着いてきた。
「シスター。この近くに武器屋はあるか?」
人垣から離れたところで見ていたシスターに話しかける。
「基本的に宿屋、冒険者ギルド、武器屋みたいな物騒な店は町の隅に配置されてるわ。ここからだとちょっと遠いわね」
「そうか。なら装飾屋は?」
装飾屋とは、指輪や首飾りなど、文字通り装飾品を専門に扱っている店だ。
「それなら近くにあるわね」
そんなわけで装飾屋にやってきた。店の中に入ると、流石に王都の中心近くにある装飾屋なだけあって、高そうな宝石の付いた指輪や首飾りがマネキンに付けられている。
「いらっしゃいませお客様。本日はどのようなご用件で?」
ほう俺を見ても「スラム上がり」と蔑むことも半人半魔の少女を見ても蔑むこともしないとは、中々できた人間のようだな。
「この店で一番良い指輪を見せてくれ」
「ちょ、ちょっとルビア。そんなお金ないでしょ」
まあ、魔法で魔力さえあれば無限に金貨が作れるが、今の俺には支度金で貰った金貨十枚しかない。
「見るだけだ。必ず何か買うから。構わないだろ?」
「ええ、まあ構いませんが……」
そう言って持ってきたのは魔法が付与された指輪だ。
「なんか意外と高級感がないね」
まあ、普通の鉄で作られた指輪だし、宝石とかも付けられていないしな。魔法付与がされているかわからない素人目にはそう映るだろう。
「なんの魔法がかけられている?」
「おお! これが魔法付与のされた物と分かるとはお目が高い。この指輪には《強化》の魔法が込められております」
《強化》か。全能力を底上げする、万能ではあるが、珍しくもない魔法だ。まあ、付与するなら妥当といったところか。
「宝石に付与したりはしないのか?」
「ええ、どんな宝石にも金属にも、付与できる魔法は一つだけですので」
基本はそうだが、例外は存在する。魔王城に存在する前世の俺の装備に使われているエレメンタイトという金属には、全部で四つの魔法を付与することができた。
だが、エレメンタイトは希少な魔法金属だ。前世の時代でも僅かしか取れない貴重品だった。さすがに今世では取りつくされてしまっているだろうな。
「分かった、ありがとう。この店で一番安い指輪を見せてくれ」
「かしこまりました」
そう言って店員が持ってきたのは、銅の指輪だ。
「ここで買うのが王都の中で一番安いか?」
「そうですね。武器屋や冒険者ギルドでも買えますが、どこも同じ値段だと思いますよ」
《看破》を使う。嘘は言ってない。
「全部もらおう」
「ありがとうございます。五十個で金貨十枚になります」
俺は支度金金貨十枚を全て使って銅の指輪を五十個買った。
「どうするのよ。支度金全部使っちゃって! 装備が買えないわよ⁉」
「慌てるな。必要なら作ってやる」
《作成》の魔法で店には売ってないような武器を作ることもできる。
「なら、何で指輪は店で買ったの? 魔法で作ればよかったのに」
エルマには本当に魔法に関する知識がないようだ。まあ、生まれも育ちもスラムなのだから仕方ないか。
「魔法で一から物を作ると魔力の消費が激しい。買って済ませられるものは買った方が効率がいい」
エルマに説明していると、半人半魔の少女がグイグイと袖を引っ張ってきた。そうだった、こいつを何とかしないと。
「《付与》《翻訳》」
《付与》の魔法で銅の指輪の一つに《翻訳》の魔法を付与する。この指輪を半人半魔の少女の左の人差し指にはめる。
「これで言葉が分かる」
「この指輪はくれるのですか?」
半人半魔の少女の言葉はちゃんと人族で聞こえた。
「その前に、お前の名前は?」
「これは失礼しました。しかし、私には名前がありません」
妙だな。望まれて生まれた子ならば、両親が名前ぐらい付けるはずだが。
「私の両親は私が生まれてすぐに死にました。今まで私は一人で生きてきましたので、名前は必要なかったのです」
「そうか。ならば、俺の庇護下に入る気はあるか?」
俺は前世では珍しいものが好きだった。魔王城の地下にコレクションルームまで作ってしまったぐらいだ。
その点でいえば、前世では存在しなかった半人半魔というのは、中々珍しいのではないだろうか。コレクションに加えるのも悪くない。
半人半魔の少女は、膝立ちになった。
「はい。元より死ぬしかなかったこの身を救っていただいたのです。是非ともあなた様の庇護下に」
「よろしい。ならばお前の名はこれからカザリだ」
「はい。このカザリ、誠心誠意お仕えいたします」
これで、このカザリも魔王城に連れて行かねばならんな。
「へえ、凄い。今まで喋れなかったのに敬語まで使えるんだ」
「この指輪がこいつの思っていることを適切な言語に翻訳しているんだ」
カザリはパーティーメンバーに加わった。さて、問題は。
「エルマ。お前はどうする?」
「もちろん行くよ。面白そうだもん!」
まあ、カザリもエルマも、俺について来ても得るものはあれど失うものはない。
「シスター。できればあなたにもついて来て欲しいのだが」
「……ごめんなさい。私には教会の仕事が」
まあ、そうだろうな。今日一日付き合ってくれただけでもサービス過剰だ。
「そうだろうな。今まで世話になった。何か使いたい魔法はあるか?」
「そうね。じゃあ《防壁》の魔法をお願いできるかしら」
確かに《防壁》は便利だが、そこまで協力な魔法ではない。使える者も大勢いる。
「そんな魔法でいいのか?」
「ええ、だってスラムの皆を守れるんですもの」
そうだな。確かにシスターに攻撃系の魔法は必要ないかもしれないな。
「《付与》《防壁》」
銅の指輪の一つに《防壁》の魔法を《付与》する。
「今まで世話になった。礼だ」
「あら、私には指にはめてくれないの?」
俺がシスターに向かって指輪を放ろうとしたのを、シスターが止めた。正直、エルマやカザリはまだ子供だ。だが、シスターは若々しい大人だ。胸も尻も出ている。
だが、これはシスターが俺をからかっているのだ。シスターから見れば、俺もエルマやカザリと同じ子供なのだろう。
「今まで世話になった。本当にありがとう」
俺はシスターの左手の薬指に指輪をはめた。
「あ、あらあら」
シスターもまだ若い。これでドキリとしないはずはないだろう。
「じゃ、じゃあ、王都に来たらまた寄ってね」
シスターは照れ隠しなのか、速足でスラムの教会に戻って行ってしまった。
「お前たち、なんだその顔は」
エルマとカザリは微妙そうな顔で俺を見ていた。
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