昼を泳ぐ

浮ねり

第1話 昼の二点鎖線

「起立、礼、さようなら」

 ガタガタと音を鳴らすためにある椅子と、生徒の悲鳴を隠すためにあるチャイム。この学校は、私のぶらんと垂れ下がった両手足を、声を渇望する喉を、ピアノ線のような糸でくくっている。

幼い頃から苦手なことが多かった。運動、勉強、対話、美術、思考。特技はなんだと聞かれたら、何もしないこと、だろう。本当に飽きないのだ。でも子供の本業は学業で、毎朝早くに起きて学校へ行く。6限まで授業を受ける。休み時間を友人と有意義に過ごす。30人のクラスで29人がそうしていた。私だけができなかった。朝はお母さんの力がないと起きられない。授業についていけず、予習復習をしてもついていけず、休み時間を過ごす友人はいなくて、友人をつくることができなくて、話しかけられなくて、ていうかそもそも話題が無くて。それでも続ける以外の選択肢を知らないから、毎日毎日必死な必死な思い思いで生きていた。出来ないことは努力する。当たり前のことだった。それは中学生の今でも変わらない。

と、懐かしさに浸ってから1週間、早々にリタイアを考えてからまた1週間して、ぷつんと糸が切れたかのように深く眠った。両手足は自由に存るし、枯れつつも声は出る。その事実を噛み締めながら夢を見た4限目の数学は心地が良かった。マイナスもプラスも、等号も不等号も、私がああだと言えばそうなる気がした。目が覚めたら羽のように軽い肩と一緒に帰ろう。数直線の道を踏んで、原点の信号を見つめる。イコールの横断歩道を抜けて、直角をなぞった先に建てられた新築二階建ての家は、教科書みたいな匂いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る