復讐に染まった少女は輪廻の旅の果てに……

ただの小林

プロローグ

第0話 終わり(はじまり)

「おとーさん、おかーさん、しろいネコちゃんみっけた!」




 綺麗な黒い長髪の少女、さくらは言った。


 彼女が腕に抱えているのは、少しだけ汚れた白い子猫。




「どこで拾ったの?」と父が聞くと、「もりのちかく!」と穢れを知らないとびっきりの笑顔でさくらは答える。




「ダメでしょ! 森の方まで行っちゃ!」




 母は厳し目に言う。


 村の外は、少し進めば森が広がる。


 森は、村を襲うことはそうそうないが、危険な生物が少数だが生息している。


 そのため、子どもだけで村の外に出ることは禁止されている。


 剣士や魔法使い・・・・・・・といった戦闘のプロが同行していなければ、大人も一緒だ。


 これが、母が厳しく言う理由だ。




「ごめんなさい」




 笑顔だったさくらは、一瞬にして暗くなった。その目には少しだけ涙が溜まっていた。




「もう一人で行っちゃだめよ、お父さんもお母さんもしちゃうんだから」


「……はい」


「ほら泣かないの」


 


 泣きそうなさくらの頭を撫でる母。


 撫でられたさくらは、一瞬で笑顔になった。表情が豊かな子だ。




「このネコちゃんといっしょにいちゃダメ?」とさくらが聞く。


 


 父と母は互いの顔を見る。


「良いよ」


「そうね、賑やかになりそうね!」




 特に母は、さくら以上に喜んでいるかもしれない。さくらの表情が豊かな所は母譲りかもしれない。




「どんななまえがいいかなぁ~」




 子猫の名前を考えるさくら。




「さくらが決めな」


「おとーさんもかんがえてよー」


「じゃあ、お母さんも」


「えー、そうねぇ……」




 家族三人で、新しく加わった家族の名前を考える。








 これが二週間前の話だ。




「ネコちゃん、さんぽいこっ!」




 さくらは子猫を連れて日課である散歩に出かける。


「気を付けなさいよ!」と家の奥から母が言い、「はーい」とさくらは答え、子猫と出かける。


 


 二週間前に拾った子猫だが、二週間も経ったのに未だ名前が決まっていなかった。


 色々と名前の案を出していったが、白い子猫に合わないということで却下していった結果、二週間立っ今でも決まらなかったのだ。




 さくらと子猫が散歩に出かけた後、父と母が残る家は静寂に包まれていた。




「……」




 父は黙る。




「……」


 


 母も同様に黙る。




「……うっ」




 しかし、母だけが違う。どこか苦しみだし、父に気付かれないよう抑えていたが、少しだけ声が漏れてしまった。




「どうした?」


 


 父は何かしら勘づいているようだが、「何でもないよ」と母が笑顔で答え、そこで終わる。








 さくらと子猫が散歩に出かけてから数時間が経過。日が落ちかけ、空は橙色に染まる。




「ただいまー」


 


 さくらと子猫が帰ってきた。




「おかえりなさい」




 母が出迎えた。




「あらあら、どうしたのこんなに汚れちゃって~」




 さくらと子猫は泥だけだった。




「こーくんとみーちゃんとあそんでた!」




 どうやら、村で数少ない子どもたちと遊んでいたようだ。




「もう温かいからお風呂に入ってきなさい」


「はーい」「にゃー」




 さくらと子猫は風呂場へと向かった。








 さくらと子猫が風呂から上がった後、すぐに夕食を食べ始める。


 夕食を食べおえたら、さくらはリビングで子猫と一緒に遊ぶ。


 子猫を飼い始めるまでは、父と母と遊んでいたさくら。子猫と遊ぶようになってから、二人とも少し寂しさを感じていた。




 それからさらに時間が進み、辺りは完全に真っ暗だ。


 いくら天真爛漫で元気なさくらとはいえ、眠気には勝てないようだ。




「さくら、もう寝なさい」


「やら~もっとねこいゃんとあそぶお~」




 母への返事が、限界寸前なのか呂律が回っていない。




「じゃあ、お父さんと寝ようか、ネコちゃんも一緒に」




 父がそう言うとさくらは頷き、子猫を抱きかかえ、父と一緒に二階の寝室へと向かう。




「おかー、しゃん、おやしゅみな、しゃい」


「うん、おやすみなさい、さくら」




 笑顔で寝室へと向かう父と子猫を抱えるさくら見送る母。




「……はぁ」




 笑顔が一瞬で悲しげな顔に変わったことを寝室に向かったさくらは知る筈がない。






 寝室に到着したすると、さくらは限界を迎えていた。


 父は、子猫を抱えたままのさくらを抱きかかえ、そのままベッドの上に寝かせた。




「おやすみ、さくら。ネコちゃんもね」


「にゃ~」


「ぅ……」




 さくらは完全に寝てしまった。


 一応聴こえていたようだが、この時は想像もしなかっただろう。


 大好きな父の声を聞くのが、これが最後になることを――。








 真夜中。


 さくらは不意に目を覚ました。


 トイレに行きたくなったのだ。


 隣には子猫が寝ていた。


 しかし、父と母はいなかった。


 二人がいないことを少しだけ気になったが、尿意が勝っていたのでベッドから出てトイレに向かった。


 ベッドから出る際、子猫を起こしてしまったようで、さくらに付いて行く。


 出すものを出してスッキリしたさくらは、寝室に戻ろうとした時、一階のリビングから物音が聞こえてきた。




「……? なんだろ」




 さくらは、子猫と一緒にリビングに向かう。


 同時に無意識だろう。途轍もなく嫌な予感がし始めた。


 足音を立てず、ゆっくりと階段を降りる。


 一階に降りると、リビングの扉が開いていた。


 開いていること自体は別にどうでも良い。


 しかし、先ほどから感じる嫌な予感というのがより強くなってきた。


 心臓の脈打つ音も、他の人に聞こえるのではないかというくらいに強くなった。


 リビングの前に立ち、さくらは深呼吸をする。




「おとーさん、おかーさん」




 父と母がいるかどうかわからないが、呼びかけながらリビングに入る。


 中に入ると、当然だが暗い。


 暗いはずなのに部屋の奥がぼんやりと光っていた。


 その光の中心には母がいた。




「おかー……さん?」




 母は立っていた。


 そして父もいた。


 しかし、父は床に伏せていた。水たまりの上に。




「おかーさん……なに、やってるの?」




 状況が全く理解できていないが、母に問いかけるさくら。


 母はゆっくりとさくらの方へ振り向く。




「!?」




 さくらは驚きを隠せなかった。


 母の顔が、ぼんやりとした光でもわかるくらいに赤い水で汚れていた。


 混乱している状態なのですぐに気づくことが出来なかったが、母の顔は血で汚れていたのだ。


 そして父の周りの水たまりも、水たまりではなく血だまりだった。




「さくら……何で起きたの」




 母の声から伝わる感情はよくわからなかった。


 喜怒哀楽とは違う感情が伝わる。


 一言で表すなら……混沌。


 母は不敵な笑みを浮かべながらさくらへと近づく。




「ひっ」




 さくらは後ろへ下がる。


 普段だったら嬉しいはずなのに、この時ばかりは五歳の少女でもはっきりと分かった。


 母に近づくことすなわち――死。




「シャァァァァァァ!」




 子猫が今まで聞いたことがない威嚇を母にすると同時に、さくらのズボンを強く引っ張る。


 まるで「逃げるぞ!」と言っている様に。


 完全に覚醒したさくらは、子猫に付いて行くように走って家を飛び出す。








「グスッ、おとーさん……」




 家を飛び出し、ひたすら走るさくらは泣きだした。


 五歳のさくらでもわかる。


 父が死んでいたことも。


 多分父殺したのは母であることも。


 何故母が父を殺したのか。


 何故優しい母が……さくらは訳が全く分からず頭が混乱し始める。








 ひたすら走り続けたので、すぐに村の入り口に到着。


 立ち止まることなくそのままさらに走り続ける。


 次第に木々が増えてきた。


 そして、辺りは完全に森へと変わっていた。


 家を飛び出し、ひたすら走り続けてからどのくらいの時間が経ったのかわからないが、五歳児の体力が無尽蔵と言う訳ではない。


 さくらの体力は既に限界だった。


 走り続けていると、地面から少しだけ盛り上がるように露出している木の根に足が引っ掛かり、盛大に転んでしまった。




「ひっぐ、いだいよぉ~、おとーさん……うぇぇぇぇぇぇん」




 ついにさくらは爆発した。


 五歳児にとって異常なほどに色々とあり過ぎた。


 大好きな父がもういない。


 大好きな母が殺した。


 何で……何で、何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で……。








 気が付くと朝になっていた。


 爆発的に泣いたさくらは、疲れ果てて眠ってしまったようだ。




「……?」




 さくらは周りを見渡す。どうやら自分が引っ掛かり転んだ木の根元で、木に寄るようにして眠っていたのだ。


 無意識に木に寄ったのか、眠った後に子猫が引っ張って移動させたのかはわからない。


 とにかくさくらは混乱しているのだ。


 しかし、さくらは一つだけ気になることがあった。


 昨日(正確には今日)、盛大に転んで膝を中心にあちこち怪我をしていたはずなのに、どこを見ても怪我の一つも見つからない。


 夢かと思ったが、夢だったらこのような所にいるはずがない。


 怪我も無く、眠ったことにより体力が回復したので、歩けるし走れる。


 さくらは、隣で眠っている子猫を起こして村に戻る。




 村を出た時は走っていたが、今は歩いている。


 道中、あの時の母の顔が脳裏を過る。


 ――怖い


 その感情がさくらの足を重くする。走りたくても走れない理由だ。


 恐怖に支配されかけているさくらの体は、歩いて少ししたところで息が切れる。


 その場で休みたいが、ここで休んではいけないような気がしたさくらは、足を止めずに歩き続ける。








 一時間は経っていないだろうが、それくらいの時間は経っただろう。


 ようやく村に着いた。正確には村だった・・・・ところに着いた。




「なに、これ?」




 さくらの視界の先には、焼けて廃墟と化した村が広がっていた。


 さらに混乱するさくらは、廃墟と化した村の中に入る。




「こーくん、みーちゃん」




 さくらの友だちである二人の名前を呼びながら、彼らの家に向かう。


 ミーちゃんの両親は、仕事で村の外にいるので、みーちゃんは、こーくんの家に預けられていた。


 こーくんの家に着いたさくら。


 他の家と同様に焼け崩れていた。


 さくらは既に泣きそうになっていた。


 すると、子猫が庭の方へ走って行った。




「ネコちゃん?」




 子猫に付いて行ったさくら。




「ひっ」




 庭には、瓦礫の下敷きとなっている黒焦げの死体がうつ伏せの状態でそこにあった。


 よく見ると、手首らしき辺りに、石が埋め込まれたブレスレットが装着されていた。


 しかもそれは、昨日さくらがたまたま拾った物凄く綺麗な石を一緒にブレスレットにして作ったものであった。


 そのブレスレットは、こーくんにプレゼントし、こーくんは物凄く嬉しそうに装着した。


 彼は、さくらやみーちゃんからプレゼントを貰うと、非常に喜び、ものによっては寝ている時も肌身離さず持っている。


 みーちゃんは、横取りをする性格ではないので、この黒焦げの死体はこーくんであることがほぼ確定する。




「うっ」




 この死体がこーくんであることがわかると、さくらは胃から物が込み上がってくる感覚に襲われ、しゃがみ込む。




「にゃ~」




 子猫が背中をさするような感じでさくらの足元に頬をすり寄せてしてきた。




 落ち着いてきたさくらは、死体の手首からブレスレットを外し、自分の手首に装着する。


 若干震えながら立ち上がり、今度は自分の家に向かう。








 こーくんの家からさくらの家までの距離はそう遠くない。すぐに家に着いた。


 やはり、焼け崩れていた。


 危険だが、さくらは焼け崩れた家の中を散策する。


 リビングに向かうと、そこには何も無かった。


 母はもちろん、父の死体も無かった。


 焼けて灰と化したのかどうかはわからない。


 骨も何も残っていない。


 この時は不思議に思わなかった。


 色々とあり過ぎたからだ。




 家を出て、再び村の入り口に戻り、廃墟と化した村を見渡す。


 さくらの目には涙が溜まり始め、そして膝から崩れ落ちた。




「うえぇぇぇぇぇぇん」




 大粒の涙を声に出しながら流した。


 泣き止む気配が無い。


 すると、さくらが装着しているブレスレットが光りだした。


 同時にさくらの体も光に包まれた。


 そして、ブレスレットの光とさくらから発せられる光が合わさり、柱のごとく天に伸びた。




「うえぇぇぇぇぇぇぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」




 さくらの憑りつかれたかのようにかれたかのように次第に雄叫びのようなものに変わっていった。


 しばらくすると、光の柱は少しずつ消えていき、同時にさくらの雄叫びも治まった。




 それから、さくらが膝から崩れ落ちたまま時間だけが過ぎていった。


 辺りは橙色に染まっていた。


 流石に子猫も心配になっており、何度も呼びかけるように鳴く。


 すると、さくらは突然立ち上がった。


 そして、迷いなく歩き出し、子猫も付いて行く。


 向かった先は、さくらの家だった。


 迷いなく家の中に入り、奥へと進む。


 進んだ先の瓦礫の下から光が漏れていた。


 その光に反応するかのように、さくらとブレスレットが光りだす。


 さくらは、光っているところに被さっている瓦礫を退かして、光る何かを掴み取る。


 それは聖剣であった。


 勇者であった父・・・・・・・が使用していたものだ。


 聖剣があったところにはもう一つ光り輝くものがあった。


 それは魔女である母・・・・・・が、旅を終えるまで使用していた魔法杖だ。


 魔法杖を手に取ろうとしたが、一瞬だけ手が止まった。


 しかし、すぐに魔法杖に手を伸ばした。








 父の聖剣と母の魔法杖を持ってさくらは家を出て、再度村の入り口に戻る。


 そしてポツリと呟く。




「おかーさんを……いや、あいつを……殺す」




 その目には殺意以上の恐ろしい何かが宿っていた。




「……いこ、ネコちゃん」




 そう呼び掛けて子猫と共に村を後にする。


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