第14話 静寂の子供達

 多幸は、一歩一歩、ゆっくりと北部屋の窓ガラスに微笑みながら近づいて行った。


 そして、お経を唱えることなく、窓ガラスに向かって話し始めた。


「おぉ、寂しかったんやなぁ、そうか…、寂しかったんかい!」


「そうか!お前は米が欲しかったんかい!」


「お前は何じゃい…、そうか!抱っこして欲しかったんかい!」


 多幸は窓ガラスの隅々まで見つめながら声掛けをして行った。


 そして、塩を優しく窓ガラスに振りかけながら、


「ほれ!米をやろう!


 ほれ!菓子をやろう!」と歌うように話し掛け、窓ガラスに掌を当て、優しく撫でた。


 多幸は妻の方を振り向き、こう言った。


「この子達は皆んな赤子です。生まれて直ぐに命を落とした赤子です…


 言葉一つ覚える間もなく…


 米一粒口に含んだこともなく…


 生まれてきた訳も知ることなく、この世から無下に消え去って行った赤子達です。


 暗闇の淵で邪鬼になり、下にも向かわず、生まれ変わることも出来ず、地縛霊として、嘆き続けていたのです。」


 多幸はそう妻に説明すると、また、窓ガラスを優しく撫で始めた。


「そうか!まんまが美味しいか!


 そうか!菓子が美味いか!」


と言いながら、多幸の目から止めなく涙が溢れ出した。


 多幸は指で涙を拭うと、その指をそっと窓ガラスに押し当て、


「ほれ、水じゃぁ、ほれ、飲みなはれ!喉も乾いとったんかぁ~」と泣きながら話し掛ける。


 妻もその光景を見ながら涙が溢れた。


 多幸は一頻り窓ガラスに話し掛けると、今度は、白紙で涙を拭い、


「良いか!


 もう、二度と上に這い出てはあかんぞ!


 ええか!下に戻るんやでぇ!」


と言い、涙で濡れた白紙に蝋燭の火を着けた。


 白紙はゆっくりと燃えながら、柔らかい白煙を昇らせた。


 多幸はその白煙を優しく手で仰ぎ、窓ガラスに注いだ。


 すると聞こえてきた。


 子供達の笑い声が…、窓ガラスの外から…


 何処からか?


 社宅敷地内の寂れた公園からか…


 妻にも確かに聞こえた。


「ギィーコ、ギィーコ」とブランコの揺れる音も聞こえてきた。


「タッタッ」と駆け足の音も聞こえてきた。


「キャッ、キャッ」と子供達の笑い声も聞こえてきた。


 そして、明るい太陽の陽光が窓ガラスを照らすと、


 窓ガラスは虹色に輝いた。


 多幸には見えた。


 子供達が公園で遊んでいる情景が…


 ブランコに乗っている子


 追いかけっこをしている子達


 かくれんぼしている子達


 暫く、多幸は微笑みながら虹色に輝く窓ガラスを眺めていたが、


 多幸は思い立ったように、表情を固くすると、お経を唱えながら、塩を窓ガラスに優しく塗り込み始めた。


 すると、太陽に雲が掛かり、窓ガラスの虹色は幻であったかのように消え去った。


 多幸はお経を唱え終えると妻にこう言った。


「子供等は下に戻りました。もう、上に這い出て来ることはないでしょう。


 あの子達は、ただ、寂しかっただけなんですよ。


 貴女方と遊びたかっただけなんです。


 貴女方を怖がらせようなどとは思ってもいなかったんですよ。


 共存、共立


 この部屋で一緒に暮らしたかったんです。


 貴女方の面前に表出する事なく、夢の中で…


 貴女方が想い浮かべる望郷の夢の中で、懐かしい友として、遊ぼうとしていたんです…」


 多幸は唇を噛み締め、鋭い目付きで押入れの中を見遣った。


「あの者が子供等を利用したのです!


 あの赤子のような子供等を餓鬼の如く、呪いの道具として!」


「あの者?」


「貴女を恨み殺そうとしている彼奴です!


 長い黒髪の白い女…」


 

 

 


 

 

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