第73話 25年目の変身

「それじゃ、すべてあんたたちのシナリオ通りにうまく進んだ、ってことかい」

カレーハウス・ゴン裏の秘密基地、アストロレンジャー裏選対本部の会議テーブルで、田野親方は椅子の背に身を預けながら、いかにもあきれ返った、という声をあげた。

テーブルの向かい側には、一歩とカイゼルが並んで座っている。少し離れた席には玲奈が、半田と依田は、田野と同じ側の椅子に共に腰を下ろしていた。ミスターはテーブルではなくPCデスクの肘掛け椅子に座ってにこにこと全体を見守り、宇堂はと言えば、奥の小さなキッチンにこもって湯を沸かし、鼻歌を歌いながらコーヒーを煎れる準備に余念がない。


「すいません。事前にお話しする間もなく、造田さんが会場に現れたものですから」

カイゼル星野が申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、な。演技だったんならいいけどよ。SNSで俺たちを批判する意見が出てきているのを、あんまり楽しそうに茶化すから。星野くんは仲間のはずだけど、あれ、じゃなんでここにゼロパーが登場してるんだ?って思ったら、なんだか混乱しちまってな」

「SNSとかアストロノーツにネガティブな投稿が出始めたのは、例の共謀罪騒ぎの直後なんです」


ソーシャルネットワークやオウンドメディアなど、ネット上のマーケティングに長けているカイゼルは、明日登呂市長選に関連する投稿をキーワード分析やハッシュタグを用いてウオッチしていたのだそうだ。

「騒動とタイミングを合わせて、ネガティブキャンペーンとみられる投稿が複数のネット掲示板やSNSに出回りました。異なるアカウントで、ほぼコピペに近い内容のものも散見されます。おそらく組織的なものだと思いました。選挙の際にSNSやネット工作を行う専門部隊が暗躍するのは、最近ではもはや常識ですから」


特定の集団や思想に対して、即席のアカウントで異常に攻撃的な内容の投稿を粘着的に行う、あるいは一見賛同するような意見を述べつつ、底の浅い脆弱な論理を展開して別のアカウントから突っ込みを入れさせる『自演』など、選挙の時期には無数のにわか投稿が発生するのだ、とカイゼルは言う。


「もともと選挙や政治に関心がない層が、ある陣営に対してだけ自ら積極的に批判コメントを投稿しまくるなんて明らかに変ですよ。昨日カイゼルさんからこの話を聞いて、文句があるんなら市民フォーラムで議論しましょう、ってネットに書き込もうとしたんですが、止められました」

「こういうのは個別に反論していても埒があきません。言葉尻をとらえたり、ああ言えばこう言う、って感じで炎上が収まらないんです。だから、どこかのタイミングで『これはだ』って明確に示した方がいい、ってアドバイスして、今日対策を打ち合わせすることにしていたんです」


カイゼルが芦川神社に到着した時、一歩は石段を登り切ったところにある展望ベンチの前に立ち、眼下に広がる明日登呂の街を見下ろしていた。

「あれ?それ、ジェネソードだよね。ネオジェネスでレッドが持っていた…」

カイゼルの視線に、一歩は手にした玩具の剣を照れくさそうに、腰のベルトに差し込んだ。

「うん。実はね、ここオレの出発点だったんだ。今の今まですっかり忘れてたんだけど。この剣で仮面レンジャーを呼んで街の開発を止めよう、なんてアホなこと本気でやろうとしてたんだよな」

一歩はカイゼル星野に、子供の頃の桜並木の一件を語って聞かせた。


「ふうん、そんなことがあったのか」

年齢も近いせいか、いつの間にか二人の会話から敬語が消えている。

「でも、そりゃ仮面レンジャーが来ないのは当たり前でしょ」

「え。なんで?」

「だって、そもそもジェネソードを掲げたら仮面レンジャーがやってくる、って設定じゃないじゃん。ソードの持ち主自身が仮面レンジャーに変身するんだから。だったら、キミ自身がヒーローにならないと」

「うーん…あのときはまだ5歳だったしな。ブルドーザー相手にレンジャーキックかますわけにもいかないし。親や友だちが助けてくれたけど、やっぱり本物の強いヒーローが必要だと思ったんじゃないかな」

「で、結局変身するのに25年もかかったわけか」

「えっ」

「なってるじゃないか、ヒーローに。市民の声をバックに、アストロシティの自由と民主主義を護るんだろ」


あっけにとられる一歩のもとに、スワニーのテントから母親が追加のじゃがいもフライを持って戻ってきた。

「ねえ、なんだか人相の悪い爺さんがフォーラムに来てるわよ。あれ、確か米田選対の幹部だわ」

一歩とカイゼルは顔を見合わすと、急いでステージの方へ駆けていく。

「あ、ちょっとこれ。お友だちの分もせっかく買ったんだから、食べてったら」

「後で貰うよ」

言い残して走る一歩の後ろで、カイゼルが一瞬立ち止まった。ふいに振り返り、一歩の母に向かって会釈をすると、すぐに先を行く友の背を追いかけていく。後には、フライの包みを手に不思議そうに首をかしげた、一歩の母が残された。


「お待ちどうさま。今日は人数が多いから、ちょっと時間がかかっちゃったよ。東ティモール産のフェアトレードコーヒーだ。産地はミクロネーションじゃないんだけど、地元の村がPIMBYに興味を示してくれててね」

宇堂が大きめのコーヒーサーバーを手に、テーブルを廻る。てんでんバラバラのマグカップに褐色の熱い液体が注がれると、豊かで芳しい香りが室内に漂った。


「米田陣営のVIPである造田さんがわざわざ乗り込んできたからには、一波乱あるな、と思ったんです」

ステージの真ん前に陣取った造田の様子を楽屋口から伺い見て、一歩はストレートに直接対決することを決意した。

「最近ははっとりさんばっかり目立って、アストロレンジャーは負けてますからね。ここらで見せ場を作らないと」

「アストロレンジャーの登場は分かるけどさ。なんでその前にゼロパー将軍?」

宇堂が丁寧に入れたコーヒーに、砂糖とクリームパウダーを山盛りに足しながら、甲斐が疑問を投げかける。

「対抗陣営とはいえ、造田さんだって市民の一人ですから。レンジャーの敵は市民じゃない。ずっと低いまま推移している投票率と、その背後にある諦めや無関心こそが僕たちの敵です。だったら、戦う相手はゼロパーを置いて他にないでしょう」

「なるほど、そういうことか」

「街宣車までは想定してませんでしたけどね。シナリオどうりっていうより、ぶっつけ本番の結果オーライでしたよ。でもそういえば、あいつらどうして急に引き上げたんだろう」

一歩の疑問に答えたのは、玲奈だった。

「私が選挙管理委員会に通報したの。でもあちらでもライヴ配信を常時ウォッチしていて、動きは把握していたみたい」

「いざとなったら、北斗神拳2級の腕のみせどころだったんだけどなあ」

アタタタタタタ、と甲斐が百裂拳のポーズを真似る。

爆笑しながら、一歩は去り際に造田が残した言葉を思い出していた。

どうせ深い意味のない、ただの捨て台詞だ。机上のマグカップを手にとって、一歩は中の熱い液体と共に、気になる思いを喉の奥へと流し込んだ。

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