第59話 プランBその3 ホン自民党
「えっ?」
コマガタが目を見開いて、小さく叫んだ。その他の聴衆の反応も、ほぼ同様のものだ。誰もが「どういうこと?」と大きなハテナマークを頭上に浮かび上がらせている。
そう、そうだよね。マスクの内側で、一歩はうなづいた。十分予想された反応、というより予定通りのリアクションだ。
言うまでもなく、「自民党」とは現在中央で政権を担っている保守系政権与党の略称である。それと同じ名称は名乗ることができないし、同じにすること自体、意味がない。これまでにない仕組みで新党を結成しようというのに、古くから現体制を維持してきた旧来の政党と、なぜ同一の名称を掲げるのか。
モニター画面の文字に、変化が現れた。
赤で表示された「自」「民」「党」という三文字の間に、今度は青いフォントで別の文字が浮かび上がる。続けて読むと、そこにはこう書かれていた。
「自由と民主主義を護る党」
そして一拍おいて文頭にもうひとつ、「本当の」というワードが出現した。
「『本当の自由と民主主義を護る党』。これが私たちが設立するDAO新党の名称です。略称は『本自民党』」
甲斐の言葉を合図に、いくつかの文字が画面からフェイドアウトしていった。モニター上に「本自民党」の文字が残る。本の文字の上には「ホン」のルビ。
「言論の自由。表現の自由。結社の自由。信教の自由。私たちには基本的人権の思想に裏付けられた、さまざまな自由が保証されています。自治という言葉もまた、自治体が統治のあり方を自ら決める自由さを示すものです。そしてそれは、責任を伴いつつ、民主主義というシステムと一体で運用されなくてはならない。もちろんこれまでも、わが国ではその仕組みを備えておりました。しかし、現実面で乗り越えなければならない多くの課題がまだ残されています。いまだ完成の途上にある『本当の自由と民主主義』。これを目指す党という意味で、私たちの新党は『本自民党』を名乗ります」
「いよう、やるじゃないか。面白いな」
淡々としたミスターの説明をかき消すように、大きな声が会場に響き渡る。
声を発したのは、紺色のスーツに深紅のネクタイ、ゴールドに染め上げたヘアスタイルの、ご存じトリンプ服部だ。いつの間にやら客席の聴衆に紛れていたようだ。
「政府与党は硬直しておる。もはや自由でも民主主義でもないんじゃないか。そう感じている民衆は大勢おるよ。ここ明日登呂もまた同じだ。市長とその取り巻きが、民主主義を骨抜きにしている。本当の自由と本当の民主主義。その心意気が気に入ったね、オレは」
立ち上がってマイクもなしに大声で、服部が語る。ここはウチの見せ場なんだけどなあ、と一歩は思った。ミスターが苦笑する。
「ご賛同いただき、ありがとうございます服部さん。いかがですか、気に入っていただけたなら、この新党にご参加なさいませんか」
「お。共闘のお誘いか。悪くないがな。しかし、今は市長の座を争うライバル同士だ。残念だが、やめておこう。ただ、おかげでいいアイデアを思い付いた。まだ秘密だが、礼を言っておく。では、な。検討を祈る」
言いたいだけ言うと、服部はくるりと背を向け、神社の石段を下って行った。アストロレンジャーのARウインドウが、石段下の防犯カメラの映像とリンクする。路上に待機する星条旗柄のトラックと、「GHD507ボンバヘッド」の姿が見えた。
「ポリスに警告されたのに、あれに載ってきたのかよ」
はっとりの登場で中断されていた記者発表は、コマガタ記者の質問で再開された。
「DAOを活用した新党・本自民党を旗揚げされるという、その趣旨は理解しました。しかし、地域政党ではなく全国的な組織を目指されるのであれば、国政の場への立候補も今後視野に入れているということでしょうか。それを想定した、国家レベルの政策構想も既に持たれているのでは?」
「ありがとうございます。非常に的を射た、良いご質問です。まず、国政についてですが、今のところは明日登呂市長選に全力を尽くしています。本来であれば新党の立ち上げは、市長選終了後を予定しておりましたから。しかし今後新党に参加される方々の中から、衆参議員選挙に立たれる人材が出てくることを、私たちは当然期待しています。そのため、国政レベルの政策論議も既にアストロノーツのシステムを通じて始めています。また最初は自治体レベルの構想だったものが、連携と拡大を繰り返すことで国家レベルの政策に発展することも、今後あるでしょう。明日登呂を拠点とした活動が、その実証実験となっていくはずです」
ミスターはここで、再び隣席の甲斐に発言権を戻した。
「さてそういうわけで、よろしいですか明日登呂新聞社さん。実は今日、ある具体的な政策のプレゼンテーションを一本、準備しているんです。新党立ち上げの景気づけに、いや景気づけってこたぁないか。我々の本気度を示す経済政策です。明日登呂市を中心とした構想ですが、ある意味グローバルなものでもあります。今小尾が申し上げたように、実証実験となりうるプロジェクトですよ。このまま発表に移らせてもらって大丈夫ですか?」
コマガタがうなづくと、上手からモバイルPCを携えた女性が静かに姿を現した。黒のパンツスーツ、入念にブローされてゴージャスに整えられた黒髪。くっきりと描かれた眉とアイライン、輝く口紅。
ほんと誰だか分からないよなぁ、とレンジャーマスクの内側で、一歩は改めて感心した。一歩はこの女性の正体を知っている。楽屋で初めて目にしたときは、心底「まさか」と思ったのだ。
普段のメガネでひっつめ髪とは程遠いその唇から「こんにちは、今日はよろしくね」と言葉が発せられるまで、その人物がネコのチューイを溺愛する半田イチ子であることに、一歩はまったく気が付かなかった。
「ど、ど。どうしたんですか半田さん。口調まで変わってますけど」
「はっはっは。君は知らなかったんだね。これはイチ子さんの"ビジネスモード"だよ」
「ビジネスモード?」
「そう。彼女はチューイと離れ、この姿に変わると別人格になるんだよ。アストロレンジャーのように変身するわけだ。なにしろ今日のプレゼンは、非常に重要な経済政策だしね」
自分の手柄のように、甲斐が胸を張る。
「任せて頂戴。地元地銀の元経営企画部長は伊達じゃない、ってところを見せてあげる」
「ええーっ!」
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