第51話 市の予算は市民が決める

「タイトルは、仮のものです。エキスポでもフェスでも、マルシェとかでも構いません。要は、これまで市役所の中だけで進められて来た当初予算案の編成を、見積りの段階から市民を巻き込んで創っていこう、とする試みです」

画面の文字がフェイドアウトし、代わりに展示会の様子を写したイメージ写真が、コラージュのように現れていく。


「東京ビッグサイトや幕張メッセなど、展示会場では商談を目的としたビジネスイベントが定期的に開催されます。ファッションやテクノロジー、プロモーションに環境関連など、テーマに沿って事業者がブースを出展し、取引先を探すバイヤーや企業とのマッチングを行います。これらと同じように、市役所のそれぞれの部署が、予算の承認と獲得を目的として市民にプレゼンテーションを行う。それが予算EXPOです」

観客席のマスコミや一般客は、よくわからない、といった顔つきでステージに注目している。田野の親方が、話をつなぐ。


「会場は総合公園がいいかなと思ったんだが、雨が降っちゃうと困るんでやっぱり市立体育館あたりになるでしょう。ビジネス向けの展示会じゃありませんから、そんなに凝ったブースを用意する必要はない。パイプ椅子にテーブルと、まあ主にパネル展示になるかな。いいかい、例えば『こども企画課』だったら、未就学児童支援のために何を目的としてどんな施策を、どんな人々を対象に来年度の事業を行いたいか、なんてことをアピールするわけだよ。グラフだとか、表だとかで資料を作るのは、役人ならお手のもんだろ。行政機構図を見るとだな、明日登呂は13の部の下に計75のセクションがあるんだが、まあ全部が全部、予算を出してくるわけじゃない。プロジェクトごとにまとめて、オレたち市民がイメージしやすいように、次年度の事業計画を見せてくれればいいのさ」

いつの間にか素の言葉遣いに戻ってしまった田野に向かって、取材に訪れていた地元マスコミの一人が手をあげた。


「あの、明日登呂新聞のコマガタと申します。」

「ご質問ですね。どうぞ遠慮なくおっしゃってください。記者会見の形をとってはいますが、趣旨としては雑談会です。自由にお話しいただいて結構です」

ミスターが促すと、コマガタと名乗った女性は安心したように言葉を続けた。

「EXPOと銘打って、予算計画の段階から市民に説明しようというイベントのようですが、それを市民が観に行ったとして、当初予算案の成立にはどのようにかかわっていくお考えでしょうか」

「大変良いご質問です。私たちはそこをご理解していただくために、動画を用意して参りました」


ミスターの合図で親方がPCを操作すると、モニターの画面にアニメーション動画が再生された。

衿に「環境部」「都市政策部」などと書かれた法被を着た、職員らしき人々が展示ブースから客を呼び込んでいる。中にはキャラクターの着ぐるみを着たり、メガホンで何かを訴える者もいる。「20xx年、ここは明日登呂市の予算EXPO会場です」というナレーションに合わせて、小学生の男女二人とその両親が会場にやってきた。


「いらっしゃいませ。こちらで登録照会をお願いします」

両親が受付でスマートフォンを出し、QRコードで事前登録の認証を行うと、入場IDが人数分プリント出力された。係員がケースに入れてそれを渡し、首に下げて四人が会場に入る。見渡すと、20~30のブースが出ていて、来場者で賑わっている。飲食の屋台もあり、なかなか盛況だ。


「どこから廻ろうか」

父親が言うと「どうぞ、こちらは『こども企画課』です」とブースに誘導する職員がやってきた。「こども企画課長」と大きな花付きの名札を左胸につけた、メガネ姿の男性だ。

「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。お子さんは小学生ですか。来年度我々は、児童と家庭に対しこのような施策を考えています」

課長さんは展示パネルやタブレットを使って、自分の部署が進める施策を懸命にアピールする。


「予算が付かなければ、その部署は何もできません。そこで本当に市民のためになる施策を市民の立場に立って考え、それを理解してもらう努力を、役所の側からアプローチしていきます」

ナレーションがそう話す通り、一家を前にして汗だくで説明する課長さん。それに聞き入りうなずく四人。父親はスマートフォンでブースの展示を撮影している。入り口で渡されたA4一枚の用紙には、会場図とQRコードがプリントされており、資料はそこからPDFでダウンロードが可能になっている、と解説の字幕が出た。


父親の持つスマートフォン画面がアップになり、会場に出展しているブースが一覧表で並んだ図が現れる。

「会場に出展した事業の中で、これはぜひ進めてもらいたい、と思ったもの上位5つを選び、『いいね』ボタンを押してもらいます」ナレーションが説明を補足する。

どうやら、EXPOに出展した事業を市民が評価し、その人気度によって予算化に優劣をつけようということのようだ。『いいね』がつけられるのは市内で選挙権を持つ市民に限られる。スマートフォンを持たない有権者は、会場のPC端末、または手書きのリストに記入することで参加が可能、と説明がなされた。


「市の予算なんて、難しくてよくわからないと思っていたけど、意外と私たちに身近なことなのよね」

「そりゃそうだ。自分たちが払っている税金が原資なんだから、自分たちで決める責任があるんだよ」

「ジュース飲みたい!」

駆け出す子供たちを、笑顔で眺める父と母の笑顔で、アニメーションがフェイドアウトする。


会場の一般客から、拍手が上がった。司会席のテーブルの下で、甲斐が軽くガッツポーズをとる。

「市政の出発点は、予算なんです。とにかくここから、次年度のすべてが始まる。もちろん、市役所側の調整や市議会での承認など、主要な手順は踏襲していきます。しかし市民が政治に参加しようとするのなら、予算の立案を避けて通ることはできません。私たちはこの『予算エキスポ』を、象徴首長制のスタート地点にしたいと考えています」

プレゼンの最後にそう締めくくって、ミスターは質問を発したコマガタに語りかけた。


だが、なぜかコマガタは話に耳を傾けるでもなく、下を向いてスマートフォンを操作している。ミスターと田野親方が、不審そうに顔を見合わせた。


「失礼しました。たったいまネットニュースに速報が入りましたので。ご覧になりましたか」

ややあって、コマガタがステージ上の二人に問いかけた。

「実は今回の明日登呂市長選、というか皆さんの『市民の会』に関係することなんですが」


来たかという顔つきで、甲斐が「商標権侵害に関する東王の一件ではないですか?」と尋ねる。


「商標権?違います。総務大臣政務官が、非公式に談話を発表しました。異例の事態です」

コマガタは一旦言葉を切って、改めてミスターと田野に向き直る。


「皆さんの『明日登呂の未来を考える市民の会』、通称『アストロQ団』と呼ばれているようですね。こちらに組織的犯罪処罰法の計画行為および実行準備行為、いわゆる『共謀罪』に該当する疑いがある、ということです」

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