第25話 新聞記事
明日登呂市長選きょう告示、市民らが討論会開催
現職の任期満了に伴う明日登呂市長選挙の、立候補予定者による公開討論会が13日、明日登呂市アストロプラザ大ホールで開催された。
主催は市民有志で構成する「明日登呂の未来を考える市民の会」。
約百五十人の市民らが会場に集まり、昨日までに立候補を表明している米田なおき氏(五四・現職)、服部十三氏(六五・会社社長)、軽石だいち氏(五二・前市議)の三名がパネリストとして登壇、それぞれの政策を開示した。
討論会の途中、現職に反対する立場の市民らが集まってシュプレヒコールを行い、また、ご当地ヒーローのアストロレンジャーがアトラクションに登場、その後市長選への出馬を表明するなどのハプニングもあり、会場は一時混乱する様子も見られた。
明日登呂市長選挙はきょう14日告示、21日投開票の予定。
(県紙WEB版・朝刊社会面より)
眠りから覚めると世界が一変していた、というフレーズがあった。昔読んだSF小説の一節だ。窓から落ちて気を失った高校生が、気がついたら江戸時代にいた、というタイムスリップもので、主人公は教科書で習った程度の歴史や物理化学の知識を駆使して、サバイバルしていくのだ。
煤けた合板の天井を眺めながら、一歩はなぜかその文句を思い出していた。
アパートの横の道路を、バイクが通りすぎる音が聞こえる。枕元の目覚まし時計の針は、六時半を指していた。いつもより短い睡眠時間だったが、寝足りない感覚はまったくない。あまり緊張感を自覚していなかったつもりだが、今日から正式に市長候補者になる、という事実が、知らぬうちにプレッシャーとなっていたのかもしれない。
よっ、と掛け声をかけて、布団から起き上がる。今時珍しくなった古い木造アパート二階の和室六畳は狭く、ベッドなど置いたらそれだけで場所を占有してしまう。適当に布団をたたみ押し入れに入れると、一歩はキッチンとは名ばかりの板張りのスペースに立って、ガスコンロに火をつけた。湯を沸かしドリッパーでコーヒーを淹れる。香りが鼻腔から頭の中に通り抜けるように感じられ、昨日の討論会での出来事が脳裏に蘇った。
出馬宣言はパネラーや聴衆から最初冗談のように受け止められ、本気で立候補するつもりだと分かると、立候補予定者の三人はまったく異なる反応を示した。
現職の米田は厳しい顔で「そんなことは公職選挙法上不可能だ」と言い放つと、既に討論会の体を成していないという理由で席を立ち、終了を待たずに退席してしまった。トリンプ服部はただ面白がり、こりゃ投票率が本当にあがるぞ、と壇上で握手を求めてきた。重戦車こと軽石は、猫背気味の姿勢で一連の流れを自席に座ったまま、無言でじっと睨み付けていた。
米田市長が帰ってしまったので討論会は中途半端なムードのまま閉会となったが、玲奈や宇堂らはその日のうちにアストロレンジャーの出馬宣言と象徴首長制のビジョンを、動画でネットメディアにあげていた。アストロノーツと、作ったばかりのSNS公式アカウントでも表明を行った。
マグカップに注いだコーヒーと、冷蔵庫から出しピッチャーに入れた牛乳を両手に持って、六畳間に戻る。
田野親方のジャワスで三百円払って手に入れた折り畳み式のちゃぶ台にそれを置くと、一歩はスマートフォンを手にして「アストロレンジャー・出馬」をキーワードに、検索をかけてみた。
一番上位に、今朝掲載された県紙WEB版の記事がヒットした。ついでのような扱いだったが、写真も掲載されていた。
壇上中央でポーズを取るアストロレンジャーと、その後方に並んで座る米田、服部、軽石。今日の告示を受けて、正式に届け出を出し候補者となった者の詳細は、改めて明日の朝刊に載る予定だ。
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