第13話 覆面で選挙に出る方法

「え?ああ、そういうこと」

ここにきてようやく、一歩は自分が連れてこられた意図を理解した。市長として雇いたいと言った玲奈の言葉、そして元市役所公聴広報課長のミスターが目の前にいる意味。二人は、十二年前に一年間だけ活動したアストロレンジャーを明日登呂のシンボルとして復活させ、市長選の候補者として立てようと考えているのだ。

「いや、やっぱり無理筋でしょ。十二年も前のローカルヒーローなんて誰も覚えてないし。第一、仮面かぶった候補者なんか認められないですよ」

 一歩の疑問を、ミスターは笑みを浮かべて聞いている。玲奈が机上からタブレットPCを手にとって操作し、一歩に示した。

 画面では、覆面を被ったプロレスラーの動画が再生されている。リングではなく、街中だ。ワンボックスの車に赤文字で大きく書かれているリングネーム。勇壮なテーマソング。派手な彩りの覆面。いつだったか、とある地方都市の市議に当選して話題になったその男の姿には、一歩も覚えがあった。

「ご存知のことと思いますが、これは顔も名前もプロレスラーとして知られた姿のまま選挙に出馬し、見事当選を果たした先例です。先例がある以上は、選挙管理委員会もアストロレンジャーの立候補を不受理とすることはできません」

 なるほどねと納得しかけた一歩の脳裏に、また新たな疑問が沸き上がった。

「本当の顔も名前も隠したままでいいんなら、なおさらオレじゃなくていいじゃないですか。なんかこう、もっと知識や見識のある人がアストロレンジャーに扮して出た方が絶対いいですって」

 自分が選挙に出る前提で話が進んでいることに気付き、一歩は違和感をぬぐえずに言った。

「そうは参りません」

 タブレットの中では、当選したレスラーが覆面姿のままスーツを着て、当選の記者会見を行う様子が流れている。

「この選挙で、彼は立候補の届けを本名で出しています。しかしそれとは別に、通称使用の申請というものも提出しているのです」

「通称使用?」

「選挙に立候補するには、戸籍が必要なのよ。だから届け出はそこに載っている本名でするわけ。でも届け出を出した人の名前が立候補する本人と異なってるんじゃ、それが同一人物かどうか判定しなけりゃならないでしょ。だから『私は世間ではこういう名前で認知されております』っていう書面を、証拠資料を添えて出さなきゃならないのよ」

「本来は、芸名やペンネーム等が戸籍上の本名より広く知られている場合や、婚姻により姓が変わった候補者等のための制度です。覆面までは想定されていなかったと思いますが。この制度においては、別の名前すなわち何らかの通称で活動した実績を持たない者が、新たに別の名前で立候補するというのはできないことになっています。ですから大須賀さん、アストロレンジャーを公式に名乗れるのは、過去に実際に活動していたあなたをおいて他にはいないのですよ」

「ええー」

 一歩は困惑の声をあげた。彼がアストロレンジャーの「中の人」だったのは十二年前のことだが、当時変身前のアストロレンジャーとして「大須賀一歩」という個人が、素顔のまま人前に登場することはなかったはずだ。さらに、一年の契約が終了して以降、一歩がアストロレンジャーを名乗ったことは一度もない。それならばアストロレンジャー=大須賀一歩、という認識を持つ一般人は一人もいないのではないだろうか。

「駄目ですよ。芸能人やプロレスラーじゃないんですから。アストロレンジャーとオレ個人を結びつける証拠は何もないですから」

「これで十分じゃない?」

 玲奈が紙をテーブルに広げた。『広報あすとろ』、日付は十二年前の五月十日だ。紙面を四分の一に区切ったスペースに、『米田市長 明日登呂市公式ヒーローにアストロレンジャーを任命』という見出しで記事が掲載されている。

「ああ、これ」

「懐かしいですね。市長と大須賀さんが並んで写っています」

 微笑みをたたえた米田市長の隣で、アストロレンジャーのヘルメットを左に抱え、右手で辞令を持った一歩が立っている。二人とも、今より素顔が少しだけ若い。特に童顔だった一歩の方は、まだ子供のような面影を残していた。

「そうだ、安い予算で手作りした最初のメットが小さすぎて。頭が入らなくてどうしようかと思ってたら、そのまま素顔の方がいいですよ、ってミスターが言ったんだ」

 一歩はそのときのことを明瞭に思い出した。

 辞令、大須賀一歩殿。我が郷土アストロシティこと明日登呂市の、自由と平和を護る超戦士アストロレンジャーとしてここに任命する。市民のため、大いにご活躍を期待します。明日登呂市長、米田なおき。

 市長から辞令を直接手渡されたあと、一歩は首から下だけレンジャースーツを着用した姿で、公聴広報課員の構えるカメラにおさまったのだった。

「市の情報公開条例に基づいて、辞令書の写しを資料請求して取得致しました。これにより辞令の実在が確認できましたので、証明としての有効性は高いはずです。そして実は当時の原本も私が保存しております」

「一応保険は掛けとくけどね。あとは君がスーツとマスクを着けてうろうろしてくれれば、既成事実完了ね」

「でも、十二年前のスーツなんて残ってるんですか?」

「そう思いますか。では、それを確認しにいきましょう」

 意味ありげに、ミスターが笑った。

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