2. 学園の聖女さまとの出会い

 王立魔術学院――それが僕が通う学校の名前だった。

 優秀な魔術師の卵が集められ、主席で卒業すれば将来は約束されたようなもの。

 数々の魔法の名手を輩出し、王国でその名を知らぬものは居ない。

 そんな名門校である。


 僕は魔道具弄りしか取り柄にない凡人だ。

 そんな僕が王立魔術学院に入学できたのは、死ぬ気で勉強したからに他ならない。

 すべてはエリシアといっしょに過ごすためだった。

 それなのに、それなのに――


「好きなものが好きで、何が悪いっていうんだよ!」


 淡い恋心は木っ端微塵に砕かれ、クラスメートに馬鹿にされたという事実だけが残る。


 昔から魔術道具が好きだった。

 複雑な紋章と、ハードの織りなすそれは、まさに芸術。

 コミュ障だった僕は、物心がついた日から魔術道具の研究にのめり込んでいった。


(あれは全部、嘘だったのか……)


 涙を流しながら、僕は思い出す。

 エリシアは優しく声をかけてくれたのだ。

 開発道具を見て「すごい!」「かわいい!」と喜んでくれたのだ。

 誰にも理解されなかった趣味が、はじめて受け入れられた特別な日だった。


 エリシアが喜んでくれる。

 だからこそ寝る間も惜しんで、開発を続けたのに……。



「もう全てがどうでも良いや。帰ろう……」


 エリシアが喜んでくれないなら、魔術道具を作る意味もない。

 デビルシードだって、もうどうでも良い。


「魔術道具作りは、今日で引退しよう」



 僕は、学校の屋上に来ていた。

 深い意味はない。ここから眺める夕焼けは、心を落ち着かせてれるのだ。



 く~ん


 生み出した犬が慰めるように、僕の足元にすりすりと鼻をこすりつける。


「はは、本当に生きてるみたいだな」


 どれだけ生きているように見えても、これは所詮は魔術式により擬似的に知能を与えられた生命体にすぎない。

 こんなことをしてるから、エリシアに気持ち悪がられるんだよな――


 僕はとっさに犬を抱きかかえた。

 手触りを重視したそれは、ほんとうに生きている犬のようなぬくもりを僕に伝えてくる。


「はっ、下らない――」


 それは刹那の衝動だった。

 僕は気がつけば、それを屋上から投げ捨てようとしていた。


 それは僕の人生における最大傑作だ。

 後になったら絶対に後悔するだろうと分かっていた。

 分かっていたけど、そうせずには居られなかったのだ。今のモヤモヤをすべて吐き出したかった。

 ――その時だった。




「だめえええええぇえええええ!」


 突然、小さな人影が屋上に飛び込んできて、ものすごい勢いで僕に突進してくるではないか。


「そんな芸術品を投げ捨てようなんて!

 馬鹿なんですか、馬鹿なんですね。先輩は!」

「お。お、お、おちついて!?」


 ものすごい勢いでタックルされ、押し倒される形になる。


「これが落ちついてなんていられませんよ、ありませんよ、国の宝物に向かってなんてことを……!?

 先輩はそれの価値が分かっているんですか分かってないですよね!?

 だからそんな軽率に、そんな恐ろしいことが――」


 僕にのしかかったまま小さな人影は、そうまくし立てた。

 あまりの勢いに、僕は呑まれたように口を開くことすら出来ない。


 小さな女の子だった。

 金髪のツインテールにふりふりのドレス。

 いかにもなロリータファッションだった。

 というかこの子は――


「オリビア、さん? ――え、聖女さま?」


 この魔術学院には、有名人が2人居た。

 1人は僕の幼馴染のエリシア――さっき失恋したばかりだけど――と、この眼の前の後輩だ。


 紅と金――美人系とかわいい系。

 幼さをあわせ持つ彼女は、まさに学園の中で知らぬものはいない有名人だった。

 そのかわいらしい容姿ゆえ。そして何より、彼女の持つ聖なる魔力が理由である。


「その呼び方はやめて下さい。恥ずかしいです」

「……ごめん、オリビアさん」

「後輩にさん付けなんて要りませんよ」


 上目遣いでじーっとこちらを見てくるオリビア。


 それじゃあ呼び捨てにしろと?

 学園の聖女様を相手に、なかなかハードルの高いことをおっしゃる。



「分かった……。お、オリビア。というかオリビアは、どうしてここに?」

「だって先輩が、魔道具作りを引退するって聞いて……」

「え?」

「――すいません、あまりのことに取り乱してしまって」


 怒られた子犬のように、オリビアはしゅんとうなだれた。


「オリビアは、なんで僕なんかの名前を?」

「え? 当たり前じゃないですか。天才発明家にしてブランド・デビルシードの創業者カイン・アルノート。この界隈で先輩の名前を知らない人なんていませんよ?」


 大真面目な顔で言い返される。

 天才発明家というのは大げさだけど、たしかに『デビルシード』は僕が立ち上げたブランドだ。


 僕がデビルシードを立ち上げた理由は、いたってシンプルなものだった。

 魔道具作りは、とにかくお金が居る。エリシアにプレゼントするための開発品を作るためには、どうにかして資金を調達する必要があったのだ。


 はじめは僕は、片手間で作った発明品を市場で売りさばいていた。

 そのときに妹から魔道具商会を立ち上げることを進められ、独自ブランドとして『ブランド・デビルシード』を立ち上げたのだ。


 妹に任せっきりで、正直、ブランド・デビルシードがどうなっているかは知らない。

 それでも妹いわく「めちゃくちゃ儲かってる」とのことだった。

 世界中にファンも大勢居るとも。


(その他大勢なんかより、エリシアのことしか考えて無かったから……)


 僕がブランド・デビルシードに思いを馳せていると、オリビアが何かを訴えかけるように言葉を続けていく。



「私、先輩の生み出す魔道具のファンなんです。

 それなのに、それなのに、引退なんて――」


 オリビアは目に涙を浮かべていたが――



 うわあああああん


 と泣き出してしまった。


「ちょ、ちょっと……」


 参った、困った。

 エリシア以外の女の子と話した経験なんて、ほとんどない。

 いきなり目の前で泣き出した少女の対処方法なんて、知るわけが無かった。


「お、落ち着いて! 引退なんてしないから!」

「本当ですか……?」


 おずおずと僕を見るオリビア。

 罪悪感がすごい。

 


 結局、僕は事情を説明していた。

 生まれてからずっと一緒だった幼馴染に騙されたこと。

 こっぴどく振られて、クラスメートの前で笑いものにされたこと。


 自分で話していて、嫌になる。

 情けない話だ。それなのに――


「ありっ得えません!

 その女狐は、先輩の魔道具の価値が分からないんですか!?」


 オリビアはまるで我が事のように怒ってくれた。


「ありがとう、そうして僕のために怒ってくれる人がいるだけで、救われる気持ちだよ」

「先輩は優しすぎますよ。

 10年近く騙されてきたんですよ? もっと怒って良いはずです!」


 オリビアはなおも、怒り醒めやらぬとばかりにプリプリ怒っていた。

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