第22話 通過儀礼(平野鏡side)
「不治の病って嘘ですよね……」
私の疑問に答えたのはエイジさんじゃなかった。
「本当……です……」
「桜さん!!」
桜さんが息も絶え絶えになりながら言葉を絞り出す。
あまりにも辛そうだ。
「私……生まれた時から死ぬって分かってたんです……。むしろ、ここまで生きて来られたのが奇跡みたいなものらしいんです……」
「喋らないで下さい!! 血がっ!!」
桜さんの身体は血だまりの中に沈んでいくようだった。
手を握っているが重い。
力が全く入っていないように感じる。
「……いいんです。もう、生き長らえても意味ないですから」
「何言っているんですか!! 生きなきゃ、生きなきゃダメですよ……」
自分の口からは陳腐な事しか言えない。
なんで桜さんみたいないい人が死ななきゃいけないんだろうか。
なにか、奇跡みたいな事が起きないんだろうか。
本当に死ぬって確定しているんだろうか。
私みたいな落ちこぼれの人間のスキルが効かないのならまだ分かる。
でも、世界一の医者やヒーラーの人に癒して貰えればまだ可能性があるかもしれない。
桜さんはお金持ちなんだ。
伝手だってあるはず。
膨大な治療費だって払えるはず。
ああ。
でも。
だからこそ、可能性があるってすぐに私でさえも思いつくから、きっと、そういういことなんだろう。
「最後の最後に友達が欲しかった。でも、こうして鏡さんに出会えた。ほんとうに、ほんとうにそれだけで満足なんです……」
「何言ってるんですか!? まだいっぱい……いっぱい楽しい事があるのに!!」
私は世間知らずで、何も知らない。
同世代の女の子が何処へ遊びに行くのか。
流行りが何なのか。
そんな当たり前のことすら知らないのだ。
もっと教えたかった。
もっと共有したかった。
きっと、私が心の底から初めて友達だと思えた人と。
「……最後に頼みがあるんです。『ヒール』をかけてくれませんか? 痛いんです。最後くらいは苦しまずに死にたいんです」
「そんな、そんなの……」
「お願いします……」
すぐに桜さんは血を吐いた。
顔の色がなくなって、呼吸するのでさえ苦しそうで。
これ以上、苦しんで欲しくなかった。
「『ヒール』」
私は震える声でスキルを唱える。
私はスキルを使うのが下手だ。
でも、思いっきり、友達の願いを叶える為に魔力を注ぎ込む。
エイジさんにかけた時みたいに魔力を存分に込めて。
「ああ、ありがとうございます……」
スキル使用によって、魔力の発光現象が起きる。
まるで蠟燭の火が消える時に、最も燃える時のように、桜さんが輝いて見えた。
「鏡さん、私の分まで生きてください。私ができなかったこと、やってください……」
「そんなこと、そんな悲しいこと……」
私は首を振った。
もうそんな悲しいことなんて聞きたくない。
でも、最期の言葉だ。
聞いてあげないといけない。
そんな相反する気持ちで心が張り裂けそうだった。
「お願いします。……もう、眼を開けているのも辛いんです……」
しっかりと手を握る。
涙で顔が歪んで見えるが、何度拭っても止まらない。
見えないからこそ、その体温を最後の瞬間までしっかりと感じていたい。
「……分かりました。約束します」
「ああ、良かった。鏡さんに出会えて」
握っていた桜さんの腕が地面に落ちてしまう。
握り返してくる意識もないようだ。
「桜さんっ!! 桜さんっ!!」
肩を揺するが反応がない。
手首を握って脈を確かめるけど、これは、もう――
「ああ、良かった。これで任務完了だ」
意識の外から声をかけてきたのは、ずっと後ろに控えていたエイジさんだ。
今の今までずっと眺めているだけで、何もしていなかった。
桜さんが弱るのをずっと見ているだけだったのだ、この人は。
「……何が良かったんですか!! 桜さんは、桜さんは死んだのに!!」
「それがそいつの望みだ。舞浜桜は安楽死を望んだんだ」
「え?」
望んでいた?
安楽死を?
そんなはずはない。
死ぬことが望みならば、どうして生きようとしたんだろうか。
もしも本当に桜さんの望みが安楽死だったのならば、わざわざ『アンダードック』を護衛として雇う理由が分からない。
もしも死ぬことが目的だったのなら、殺し屋に殺されることを選んだはずだ。
「そいつの本当の依頼は、安らかに死ぬことだ。だからお前が選ばれたんだ」
「何を……言っているんですか?」
依頼が違えば、選ばれた理由さえも違う?
私はずっとエイジさんに嘘をつかれていたってことなのだろうか?
そもそも私が選ばれた理由も意味が分からない。
私ができることは人の傷を癒すことだ。
そして、私の癒す力は彼女の病気を治せないにしても、進行を遅らせることはできていたはずだ。
まさか、そのためだけに私は抜擢されたんだろうか。
「『ヒール』のスキルは万能じゃない。壊された細胞を治療することはできるが、変異した細胞を正常な状態に戻すことはできない。いや、むしろ表層を治療することによって深層部の細胞との相違の乖離によって、細胞が今までにない反応を示すことがあるが分かっている」
「……どういうことですか?」
「――お前が『ヒール』のスキルを使う度に、舞浜桜の病気の症状は悪化していたってことだ」
「――え?」
私がスキルを使う度に苦しんでいた?
いや、苦しむ様子などなかった。
むしろ、楽になっていたように見えた。
あれが演技だとはとても思えない。
だが、身体の方はどんどん悪化していたのだろうか。
身体の奥は私が良かれと思ってかけた『ヒール』をかけていたのに、蝕んでいた?
「桜さんはこの事を知っていたんですか?」
「ああ、勿論了承済みだ。最後の思い出に友達が欲しいっていうのも言われたよ。だから護衛対象としては同年代の女の子で、しかも、安楽死をしてくれる『ヒール』の使い手が欲しかったんだ。少し難しい依頼だったが、ちょうどいい人間がいた。――それがお前だ、平野鏡」
桜さんは自分が死ぬと分かっていて、私を呼んだ?
ずっと笑顔でいたのに、自分が死ぬと分かっていたのに、何も言わずに私の友達でいてくれた。
それがどれだけ辛い事だったんだろう。
「おめでとう。これでお前も通過儀礼を済ませられたってことだ」
「……何の話をしているんですか?」
「最初に言っただろ? これは通過儀礼だと。『アンダードック』に入隊する為の条件は、『殺人』だ。人殺しができなきゃ、俺達『アンダードック』として正式に入隊を認めることはできなかったんだ。おめでとう、これでお前も正式隊員だ」
パチパチと拍手をするエイジさんの横っ面に、思い切りビンタをかましてやる。
「最低ですっ! 本当はエイジさん、いい人だと思っていたのに……っ!」
「裏切られた? そう思ったか?」
頭に手を乗せられる。
一瞬、頭を撫でられたことを思い出す。
そして、
――私、あの人のこと好きになったかもしれないです。
そう言っていた桜さんの言葉を思い出す。
あの時は、あんなに平穏な日々だった。
それなのに、今は――
「勝手に期待して、勝手に失望するなよ」
頭を掴まれて地面に叩きつけられる。
呻きながら起き上がろうとするが、物凄い力で抑え付けられているせいで微動だにしない。
「あっ――」
視線の先には桜さんが倒れていた。
もう彼女は二度と動くことはない。
「よく見ろ。お前が殺した友達の死に顔を。記憶に刻み付けろ。お前が最初に殺した人間の骸を」
せっかく友達になれたのに。
――やっぱりどこか私達似ている気がします。
助けるって覚悟を決めたのに、助けられなかった。
それどころか、私のせいで彼女は死んでしまった。
「ウアアアアアアアアアアッ!!」
悲しみの絶叫はどこまでも響いた。
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