第47話  次から次に 9

「ノッポめ!金さんに取り入りやがってよ。よっ子やあのデブもムカツクけど、あの女が一番ムカつく、超ムカツク!今度からあの三人、トリオムカツクって呼んでやる」


 ぶつぶつとぼやきながら大介の横を通り過ぎ冷蔵ケースから瓶ビールを一本抜き取りグラスを二個持った。


「俺、まだ何にも食ってねえのに、なっしてノッポのクソ女のビール用意しなきゃなんねえんだよ。自分でやれっつうの」


 顔を歪めぶつぶつ言いながら大介の横を通り過ぎる。大介は龍也を目で追いながら会場も眺めて『俺は監視員か』とため息をついた。


「大介!なにしてんのよ〜」


 と甘ったるい声がして振りくと、


「お前か……」


「おまえかって!そう私だよ。私しかいないでしょ。私以外に誰があんたの事、大介って呼び捨てにできるのよ」


 頬は仄かに薄紅色に染まり、足元はおぼつかず口元は半開きになり目はうつろなまめかしくしなだれかかり腕に纏わりついてきたのは大介の幼馴染の美玲みれいである。


「ねぇ、あんたのちょっとしたその仕草、男前過ぎ、それって無意識なんでしょ。ねえ。女できた?」


 美玲は親の経営する和菓子屋の跡を継ぎ、父親の元で修行をしていた和菓子職人の和也と結婚、この忘新年会に共に参加しているが、夫の前であろうがなかろうが関係なく昔馴染みの大介を目前にするとひっつき虫のようにくっついてしまう。

 

 大介との思い出は美玲にとって宝物のようなものだ。子供の頃から人気者だった大介は2月14日のバレンタインDAYになると食べきれないほどのチョコレートが手渡される。そのチョコレートの処分に協力したり、『大介はクッキーが大好きらしいよ』と流布るふして歩き、誕生日には愛が込められたクッキーの箱が山ほど届きクッキー好きの美玲は多種多様のクッキーの味を堪能した。


 時に大介の横を歩いているだけで注目され、自分が注目されているわけでもないのに言葉では言い表せないくらいの快感を覚えたり、大介といるだけで快楽というものを存分に味合わせてもらったのである。


「なに言ってんだ。お前」


「なに言ってんだお前って、やぁねえ。彼女みたいじゃない。ねぇ。女できた?」


「お姉ちゃん!そんな言い方しないの!大介君に失礼でしょ」


 妹の美雨に叱咤されてもお構いなしに大介に寄りかかる。


「いいじゃないの。私と大介の仲なんだから、ねぇ大介〜」

 

「お前、どうせ、なにも食わずに飲んだんだろ、だからそんなに酔っ払うんだよ」


「お前って、うひひ。空腹に酒、最高じゃない。底なしだから大丈夫。それより、ほんと大介って男前よね〜」


 美玲がひたすら大介の身体に纏わりついている横を再び龍也がぶつぶつとぼやきながら通りすぎた。


「なっして、俺があのノッポクソ女の料理運ばなきゃなんなんだよ!ムカツク」


「おい、龍也たつや


 大介が声を掛けたが龍也には聞こえていないのかそのまま知らん顔して料理を取るための皿を手に取った。


「俺はあのクソ女の奴隷じゃねつうの!金さんのは仕方ねえとしてもだ。なっしてあのクソ女の料理運ばなきゃならねんだつうの。ムカツク」


「おい!龍也たつや


「なんだよ!」


 と怒声をあげ振り向いた瞬間に目玉が飛び出そうになるほど目を見開き皿を落としそうになった。


「あっ!ぶっねえ。あぁ……舎弟頭……すいません」と慌てて頭を下げ「舎弟頭、なんでしょうか」と焦りまくりで小便を漏らしそうになり股間を摘んだ。


 その姿を見て大介は「ここで漏らすなよ」と思わず言った。ひたいから汗が滲み出る龍也はパンツに少々小水したことを感じながら大介を見上げた。


「お前さっきからなにをぶつくさ言ってんだ。どうした」


「なんもないです。なんでもないっすよ。それより……舎弟頭……美玲みれいさんて、舎弟頭の元カノなんすか?めちゃくっついてるし」


 とじゃれてる美玲を指差した。大介も美玲みれいを見下ろした。


「ねぇ、今、なんて言った。なんて言ったの私の事、大介の彼女って言った?」


「いえ、全然、彼女なんて言ってないっすよ」


「はぁ?あんた!今、彼女って言ったじゃないの」


「彼女じゃなくて元カノ、元カノっていったんす。それに元カノってのも冗談すから、美玲さんて冗談通じないんすね。なんつうか、舎弟頭の趣味じゃあなさそうだし、そんな感じするし、お淑やかな美雨さんなら元カノってわかる気するけど」


「お淑やかって、やだ〜龍也君たら、かわいい〜」


 美雨は満面の笑みで龍也の頬を両手で挟んで二人揃って「ねぇー」と言って上半身を右に倒した。


「どこをどう見てこの子がお淑やかなのよ!ムカつく!」


 美玲は手を振りかざし龍也の頭部へと拳骨を落とした。


「痛っ!痛っ……なにするんすか、うぅぅ」


 龍也は頭を抱えて座り込んだ。


「大丈夫、龍也くん、お姉ちゃん、なんて事するの」


 美雨も座り込んで龍也の頭を抱えて撫でてやる。


「その子が悪い、その子が悪い、大介、なにこのクソガキ!ムカツク!超ムカツク。クビよ。クビにして、極獄組クビ〜」


「はぁぁ」目の前で繰り広げられる童心の面々を見て呆れてしまった。眉をぽりぽりと掻くその仕草を見て美玲は腰に手を回して抱きついた。


「おい……」


「やっぱかっこいいわ」


 酔った美玲はなにを言っても暖簾に腕押しで大介の胸に縋りついている。下を見れば頭頂を痛がりながら美雨の腕の中で美雨の柔らかな胸に頰を押し付けニヤける龍也を見て思わず吹き出しそうになった。


 呆れている一方でその場の穏やかな雰囲気は大介の心を和らげ一献傾ける気持ちにもなりかけた時、会場のドアが勢いよく開き脇目も振らず一直線に駆け込んできた哲也、その場に佇み一瞬誰かを探す仕草をした。


『俺を探しているのか』そう思いながら眺めていると、ソファに座る蓮池学に顔を近づけ耳打ちをしている。蓮池学は立ち上がり時貞に軽く会釈し哲也と会場を出て行った。

『なにかあったのか』大介はまとわりつく美玲の手を解こうとするが美玲は離れようとしない。


「おい!美玲、離してくれ」


「やだ!」


「やだじゃねえだろ」


「やなもんはヤダ!」


「おい!龍也、立て!」


「はい!」


 痛みを堪えて素早く立った龍也は真面目な顔で大介を見上げた。


「こいつ、頼む」


 美玲を無理やり龍也の胸に押し付けると龍也は瞬間的に反応し大介を追わないように美玲の腕をぎゅっと握りしめた。大介はそのまま蓮池学と哲也の後を追ってリビングから出て行った。


「大介〜」


 腕を掴まれた美玲はふらふらしながら後を追うように歩み出す。


「舎弟頭に言われたから美玲さん捕まえましたけど俺には無理っすよ。俺には無理っす。俺、嫌っすよ!」


 おぼつかない足取りの美玲の後ろ姿を見つめていると、


「なに!今、嫌って言った?」


 と勢いよく振り返った顔が般若のように怒っている。


「怖っ!俺、嫌……って言いました?嫌って言ってないっす。しっかりしてくださいよ。転ばないでくださいよ。ちょっ、美玲さん!」


 慌てて会場のドアに向かって行く大介の背中を目で追う美雨は心配そうに首を傾げた。


「なにかあったのかしら?」


「美雨さん!美雨さん!」


「なに?龍也くん」


 と振り返ると美玲に纏わりつかれた龍也の困った顔に苦笑し、


「この人なんとかしてくださいよ」

  

 と言われ、


「この人……」


 泥酔している美玲を呆れ顔でみつめながら、


「その辺に置いといていいよ」


 と笑った。


「えっ!置いといてって……」


「美雨さん、続き続き!」


 その時、カウンター内で注文された酒を作りながら礎木ひろきが練習していたシェイカーを指差した。


「あっ、練習中だった。この人……龍也くんに任せる」


 美雨は美玲の腕を掴んで龍也に押し付けた。


「えっ!」


 押し付けられた美玲を慌てて突き放そうとしたけれど美玲は龍也の首に手を回して抱きついた。


「あかんな……龍也、美玲に捕まってもうた」


 料理を待っている金太郎は美玲に絡まれている龍也を眺め首を二、三度振りながら、


「腹減ったな」


 と天井を見上げてぼやく、


「金さん、私取ってくるわ」


 明那はソファからさっと立ち上がった。金太郎は素早く明那の手首を掴んで、


「ええって、おい!吾郎!」


 床に座って宴会中の吾郎の頭上に金太郎の声が降って来た。


「吾郎、お前、呼ばれてるで、早よ行ってこい」


 泰は吾郎が口に咥えた焼き鳥を引っ張り取った。


「ういっす」


 慌てて立ち上がって金太郎の座る窓側へと駆けて行った。声がかかればすぐに遂行するのは子分としての鉄則である。









 

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