第35話 喫茶店 にて 1
「おお!よっ子来たか」
以前、大介と一緒にモーニングを食べた席から金太郎が叫んだ。知らない面々もその声に振り返りよっ子を見やる。
すると一輝がカウンター席からよっ子に振り返り手招きをした。
「みんなに紹介するわ」
よっ子は小走りに一輝の横に立った。
「半年前か、佐武の会社に行った時に突如、親父に子分にしろって言われてそのまま連れてきたよっ子だ。本部の事務員兼集金係をしてる。まあみんな可愛がってやってくれ、挨拶しろ」
「はい、橘よっ子です。よろしくお願いします」
目の前にはまだ一度も会ったことのないやさぐれ者が席を埋めている。鋭く冷たい視線が注がれる中、ピリピリと感じる疎外感で、顔を上げることができない。そんな視線もさることながら男臭が充満して鼻をつく。
「よっ子って、それ本名か?ひょんな名前だな」
目の前の白いスーツの下は紅色のシャツを着て白いズボンにラメのドレスシューズの男がよっ子のコートの袖を引っ張った。
「もう少しましなコート、身につけろや」
「あっ……はい」
「大葉いうもんや、よろしくな!よっ子、今度もっとええコート買ってやるよ。下はなに着てんだ」
コートを脱げという目をしてよっ子を見上げる。鋭い目つきとパンチパーマが恐怖を感じてしまう程、威圧感丸出しの大葉によっ子は素早くコートを脱いだ。
「ほーん、シンプルイズベストって感じやな。ほぉぉ俺好みじゃあねえか、今度、その下も見せてくれねえかな」
と、よっ子の手首を掴んで自分に引き寄せようとした時、カウンターに座る男の手が伸びて大葉の手首を掴んだ。
「あん?なんや」
大葉は怒気を含んだ声で顎を突き上げるようにそっちを睨みつけた。
「大葉さん、組長の」と言いつつ小指を立てた。大葉は素早くよっ子の手を離すと組員たちの視線が和らいだ。よっ子は背後にいる男に目を向ける。
「丈治さん」
「おお!よっ子、お前こっちに座れ」
「はい」
思わずホッとして丈治の横に擦り寄った。
丈治の背後に隠れるようにして大葉の雰囲気を見やった。これが本物の極道なのかと思うと恐怖さえ覚える。
大介をはじめとする事務所の面々を思い浮かべると確かに堅気のようには見えなものの、ここまで荒くれ者で凄みや、厳つさを前面に出している者はいない。
大葉は見るからにヤサグレていて品がない面構えをしている。
「よっ子、最近モーニングご無沙汰じゃあねえの」
カウンターの向こうで陽輔はサンドイッチを作っている。
「すみません。起きるとお昼近くだから、モーニングには間に合わなくて」
「まあ、そうだよな。夜働いてんだから当たり前か、アメリカンでいいか」
「はい、お昼食べずにきたんです。なにか注文してもいいですか?」
「見ての通りこの状態だからよ。自分で作って食ってくれねえか、ついでに洗い物してくれたら、全部、
陽輔はにやりと笑った。
「
「このエプロン借りますね」
エプロンを手に取って首にかけ、袖をまくり流しの前に立った。
「よっ子、騙されんなよ」
丈治がにやけた顔で言った。
「なにをですか」
「今日、こいつらにかかった金、全部、組長持ちだからな。おい、陽輔、よっ子を騙すんじゃねえよ」
「ここ見てくれよ。丈治〜、どれだけの洗い物がたまってると思ってんだ」
「大変だな。金もらえるんだから、しっかりやれ」
「そんな冷たい事言わないでさあ、丈治、ここしてよ。俺ずっと働きっぱなしだし」
「お前の店だろう」
会話をする二人の間からちらちらと見える一輝につい目がいってしまう。一輝が自分を見てくれないのが少々寂しい気持ちになりながら洗い物をしているよっ子、丈治と陽輔二人の会話が途切れた瞬間に、
「ねえ、丈治さん、先輩と話をされてる人ってどなたですか」
丈治は一輝の背中をみつつ、その向こうの男を見た。
「ん?誰だったっけ」
首を傾げて陽輔に訊いた。
「あの人か、あの人、蓮池さんだよ」
陽輔が男の方を見て言った。
「蓮池……さん?」
丈治は首を傾げ「俺、知らねえな」と呟いた。
「丈治は知らねえか、お前が来る前の話だから」
一輝がとても愛想よく長々と話をしているから余計に気になってしまう。
「うちの組みの
「現代版ブラックジャックって?」
よっ子は陽輔に訊ねると、丈治が呆れた顔している。
「お前ブラックジャックも知らねえのか」
「はい」
「よっ子、道路側の本棚あるだろ。あそこに並んでっから見てみろ」
店の入り口扉の左側窓下の壁が本棚は陽輔のコレクションの漫画がずらりと並んでいる。が、知らない組員の間をかえくぐって本棚までは近づく事はできない。
「また後で見に行きますね。今は……無理かな」
「そうだな。怖いか?」
丈治が本棚側の席の組員達を見ながら
「確かに、ごろつきばかりだもんな」
とよっ子をみて微笑んだ。
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