第30話  年末大掃除中

 年の暮れ、十二月二九日は仕事納めで、今まさに、大掃除の真っ最中でよっ子と龍也の二人は事務所の清掃をしている。


 先日の鍋パーティーからよっ子は落ち込んだ気持ちをすぐに復活させて以前よりも増して元気に明るく頑張っている。


 あれから龍也との距離も縮まって、龍也、よっ子と呼び合う関係になったのはいいのだけど、龍也は甘えられる姉ができたかのように以前にも増して態度がデカく、よっ子は時々本気でイラッとしてムカついてしまう。


 他のメンバーは、それぞれ警備の持ち場で年末大掃除を手伝っている。

 次郎丸時貞の子息の警備はあの日以降、早乙女雅治と子分の高波孝志が担当となった。


『よっ子を甘やかしてるような奴にお遊び感覚でやられたらたまったもんじゃねえ、アイツを解任しなきゃ、俺はやり合うぞ』と啖呵まできった。大介は早乙女と一輝を争そわせないように致し方なく一輝を警護担当から外した。


 一輝も大介の命令に従い大人しく身を引いたのはいいけれど時間を持て余して、今はソファに座って脚を伸ばし無言のまま現場監督のように清掃監督をしている。


「ほんとに、あいつムカつく!」


 ムカつくがブームように口を開けばそればかりぼやく龍也、面と向かって言えるはずのないムカつくを窓ガラスに向かって言っている。その度に窓ガラスは風を受けるようにカタカタと音が鳴る。


「ムカつく!」


 よっ子は一輝の伸ばした足から靴を剥ぎ取るように脱がして床に置いた。


「そのムカつくっていうのやめてよ」


 窓拭きする龍也の背中に向かって言った。


「うるせぇな!よっ子、ムカつく」


「あんた三歳児なの?ひとつ覚えたらそればっかり!」


「うるせえな」


 二人の様子を見ている一輝はよっ子の横顔をじっとみつめる。視線を感じたよっ子は一輝の方に振り向いて顔を見ると互いに目を逸らさず見合ったままだ。


「先輩、どうしてんですか?私に見惚れて」


「あん?お前を甘やかしてるって言われたんだわ」


「ムカつく奴が言ったんすよね」


「おお、俺!お前を甘やかしてるつもりなんかないのにな、どこをどう見て甘やかしてるとか言いやがったのか、考えても分からねえんだ」


「そうすっよね。俺みたいに毎日見てたら、よっ子が甘えてるってわかるけど、兄貴がよっ子を甘やかしてるとこなんて見たことないしあのムカつく奴、何様なんだろな」


「甘えてるって……なにそれ!ねえ、いっその事、本人の前でいってみたらどう?ムカつく!」


「言えるわけねえだろ!馬鹿じゃねえのか、クソよっ子!」


 二人は目を剥き出しにして睨み合ってる。


「お前ら口喧嘩ばっかしてんじゃねえよ」


 丈治が事務所に戻ってきた。


「あっ!丈治さん、お疲れ様です!」


 龍也は素早く姿勢を正して頭を下げた。


「おかえりなさい」


 丈治は迷彩色のミリタリージャケットを脱いで自分の椅子の背もたれにかけた。


「龍也!もう終わったのか」


「今から、畳間を掃除します」


 龍也は急いで畳部屋に入って行った。


「よっ子はどこまで済んだ」


「後は畳間だけです。六階は隅々まで終わりました」


「哲さんは?」


 一輝は身体を起こして座り直しソファの上に胡座あぐらを組んだ。


「社長宅、忘新年会の打ち合わせ」


「ふーん、いつもの如く、美雨さんと三人でやってんのか」


「姐さんところの、あの背の高い姉ちゃんも今回から幹事メンバーになったみたいだぞ」


「明那先輩が幹事メンバー?ってなんのことですか」


「よっ子お前、一輝からなにも訊いてないのか」


 丈治は一輝をみやる。


「お前、なにも言ってねえのか」


「忘れてた」


「あのよう、お前な哲さんに言われた事はちゃんと伝えねえか、舎弟頭の耳に入ってみろ、どやされるぞ」


 一輝はよっ子を見てナハハと笑った。


「すまんよっ子、すっかり忘れてたわ」


「忘れてたんですか?大事な事なのに!」


「すまんって言ってんだろうが!うちな、忘新年会を毎年社長宅でやるんだ。つまりだな。忘年会しつつ新年を共に迎えて新年会というわけだ。問題ねえだろ」


「はい、問題はないですけど」


「どうしたんだ?よっ子」


 丈治が心配気に訊きかえした。


「大した事じゃないんです。母の所で新年迎える予定だったので、明日顔出して話してきます。丈治さんが戻って来なかったら、私、知らないまま欠席になってた」


 よっ子は頬を膨らませて一輝に雑巾を投げつけた。


「お前、なんだよ!」


「先輩!最低!」


 丈治は整頓されていない斜めのままのソファに腰掛けた。


「珈琲飲みますか?」


「おお」


 丈治が右手を軽く上げた。よっ子は畳間をのぞいて、


「龍也も珈琲飲む?」


 と声をかけると、


「俺、レモンティー」


「レモンティーって顔してない」


「顔なんて関係ねえだろ!」


 よっ子は笑いながら給湯室に入って行った。


「あれから、ずっとあの二人はあんな感じだな」


「あん、ああ、そうだな」


 返事が上の空で気持ちがこもってない一輝のすさみかけたまなこをみて丈治は眉を寄せた。


「どうした」


「どうもな、ここに引っかかってんだ」


 とこめかみを人差し指で差し示した。


「特攻隊長、早乙女様がか?」


「ああ、もやもやしてんの」


「まあ、わからんでもねえけど、組長宅で暴れんなよ」


「ああ、わかってる。しかし、ムカつくな。舎弟頭が我慢しろつうから黙って引き下がってやったけどよ。どうもスッキリしねえ。あの野郎、くそムカつく」


 一輝は口をへの字に曲げて天井を見上げた。煮えくりかえる腹を抑え込んでいるせいか、いつ爆発を起こすかわからない状態の顔つきの一輝を見ながら丈治は、


「舎弟頭も腹の中で消化させたんだからよ。お前、絶対忘年会で暴れんな、他所者とやり合うんならそりゃそれでありだけどよ身内でおっぱじめでもしたら、笑い話にもなりゃしねえ、どうにもならねえんだから」


「ああ、わかってるって」


 清水一家は年末年始、社長宅で過ごすという事を知ってよっ子は浮き足立つ、気振るいしながら珈琲とレモンティーを淹れてローテーブルに置いた。


 珈琲を飲みながら昨年の年越しの話をして盛り上がる三人、よっ子は話を聞いているだけでわくわくしてきた。


 朝まで寝てはいけないというルールがあって、必死に睡魔と闘って目を開けようと白目を向いている金太郎の動画を見せられて爆笑した。


 そこには明那が勤務する弁護士事務所のメンバーや真由子が勤めるペットショップびれんのメンバーも集まるいとう。

 初めて次郎丸時貞の自宅に招かれる喜び、どんなお屋敷なんだろうと期待に胸を膨らませていた。


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