第25話  よっ子の部屋にて

 サイレンスマンションに着くと、よっ子の部屋の番号の駐車場に車を置いて、三人はエレベーターの前に立った。よっ子は袋の中に手を突っ込んで管理人の岡部に買ってきた物を小窓の前に置いた。


「岡部さん。ただいま帰りました」


「おかえり。よっ子ちゃん」


 小窓を開けると優しい声だけ聞こえる。よっ子は発泡スチロールに四個並んでいる大福餅を小窓の奥に突っ込んだ。岡部はそれを受け取り顔を見て、


「よっ子ちゃん、今日は早いんだね。いつもご馳走さん。ん?今日は川越も一緒か」


「よっ子を送ってきたんですわ。こいつ、龍也」


「龍也です。よろしくお願いします」


「初めてだな。みた事ねえ顔だ」


「また、よっ子んちに遊びにくるんでよろしくお願いします。兄貴と一緒すけど」 


「大声、出すんじゃねえぞ」


 よっ子に声をかける時とは全くちがう凄みのある声だ。


「はい!」


 龍也は背筋を伸ばして、きっちりとお辞儀をした。三人はエレベーターに乗り込みボタンを押すとあっという間に三階に着いて、よっ子の部屋の鍵を開けて中に入った途端に龍也が感嘆の声を上げた。


「うわっ!すげー豪華すね。入った瞬間にわかる〜」


「声大きいから」


「すいません。だけどあの管理人の岡部さんだっけ?超怖ぇ〜感じ、俺とよっ子に対しての声全然違うし、差別じゃあねえの」


 とぶつぶつといいながら手を合わせ靴を脱いで中に入っていく、


「部屋は豪華なのに置いてるものがしょぼ」


「うるさい!」


 遠慮のない龍也は早速買ってきたプレイヤーを段ボール箱から取り出して取扱説明書を出してじっくりと読んでいる。一輝はキッチンに入りよっ子と一緒にビールや酎ハイを冷蔵庫に仕舞っていると、


「こうして見ると」


 とカウンターの向こうから龍也の声がして二人は同時に振り向いた。


「夫婦に見えっすよ」


 指をさしてナイロン袋の中の配線類を取り出しながら、ニヤニヤと笑っている。


「お前さっき店で夫婦には見えないって言っただろうが」


「店ではね。店では見えなかったけど、そのなんつうの?共同作業してるの見てたら夫婦に見えなくもねえって感じっす」


 よっ子と一輝は何気に見合って少しばかり意識をしてしまった。マンションの一室でそれもキッチンで冷蔵庫の前に寄り添うように立って身体の一部は触れ合っている。思わず互いに一歩ずつ下がって、


「夫婦ってあり得ない!」


「それはこっちの台詞だ。お前みたいなちっぱいはお断りだし」


「そうですよね。弥生さんのおっぱい好みだし!」


「お前に弥生のおっぱいついてたらまた別だけどな!」


「いりません!私この身体で満足してますから」


 二人揃って息を呑み龍也に目線を向けると、龍也は歯牙しがにもかけない様子で取扱説明書と配線と格闘中で二人の事など構っていない。よっ子はそそくさと野菜を袋から取り出し、流しの上に並べて、一輝はビールと酎ハイを持って龍也の前に酎ハイを置いて、そばに腰を下ろした。


「あざーっす」


 一輝はビールの栓を開けてぐいっとひと口飲んだ。よっ子はキッチンで鍋を洗って準備を始める。


「よっ子よ」


 一輝は部屋を見渡して、


「なんですか?」


「少しは家具揃えたらどうだ。そのカウンターに椅子あれば便利だろ」


 よっ子は野菜を切る手を止めて一輝を見た。


「揃えたい気持ちはあるんですけど、買うべきか買わなくてもいいかって考えてたら、こんなに月日が経っちゃって、本当はベッドがすごく欲しいんですけど、なんとなく、あのまんま布団敷いて寝てますね」


「本も山積みじゃあねえか」


「そうなんです。本棚、欲しいんですけど、なかなか見に行けなくて、ほら!持って帰るの大変だし、そんなこと考えてたら、なんだか面倒になっちゃって、あっ!」


 よっ子は面倒って言った事に気づいた。


「今度、連れて行ってやろうか」


「ほ、本当ですか!ぜひお願いします。車あると便利ですよね」


「その時は俺も誘ってくださいよ。二人だけつうのはなしっす。その日また鍋しましょうよ」


「そうだな。よっ子、それでいいか」


「はい!全然大丈夫です。休日は一緒ですもんね」


「それよか、お前、岡部さんに饅頭差し入れてんのか」


「饅頭じゃないですよ。大福餅」


「一緒だろ」


「違います。饅頭は生地で餡を包んだ後に蒸すか焼くんです。大福は蒸したもち米をついて作った餅で餡を包めばいいの、饅頭と大福餅は違うのです。岡部さんって大福餅好きなんですって、お休みの日にケーキ買ってきて、管理室で一緒に食べてたんですけど、ケーキより大福の方が好きだって言ったので、大福餅を買って来るようになって」


「わざわざ、毎回か」


「はい、岡部さんの食事、見たことありますか?」


「ねえけど、どうした」


「ご飯と缶詰めなの」


「缶詰め?」


「そう、お昼、マンションに誰もいない間に買い物に行くんですって、それで一週間分の買い物してくるみたいなんですけど全部缶詰めみたいで、例えば、秋刀魚とか鰤フレークとか鯖缶とか」


「マジか」


「だから、時々おかずお裾分けしてるの、多めに作る方が美味しいでしょ。タッパーに入れてあの窓から入れると受け取ってくれるんです。前に直接手渡そうとした時、こんなことしないでくれって押し返されて、でも私の分あるし冷凍できるものでもなかったからあの小窓から入れて置いたら、次の日空のタッパーがそこに置いてあって、ご馳走さん、美味しかったってメモが置いてあったの、だから小窓からそっと入れておくんです」


「あの小窓からか」


「そう、でないと受け取ってくれなくて」


「ポストっすね。食いもんポスト」


 訊いていないようで訊いている龍也は顔をあげ酎ハイを開けて飲んだ。


「あの小窓は許してくれるんじゃねえすかね。物を受け取っても構わねえって、自尊心つうか、それを許可する窓みたいな」


「なんだそれ!」


「プライドっすよ。物乞いみたいなのって嫌じゃないすか、何でもかんでも貰うの、俺は兄貴とか組の人なら全然平気っすけど他所の者からは絶対貰えねえもん」


「当たり前だろ!そんな事」


「そうなんすか?」

 

 一輝とよっ子は顔を見合わせて首を横に二、三度、振った。


「馬鹿なので」


 とよっ子小声で呟くと、


「確かにな」


 と一輝が応えた。


「よっ子なんか言ったか?」


 龍也な目を細めて見ている


「何も言ってない」


 とよっ子は手元に目を向けた。一輝はビール片手に持って立ち上がって、掃き出し窓から外を眺める。よっ子は鍋の具材切り分け準備を進め、龍也は早速テレビのスイッチをオンにした。それは家族のようで、雰囲気は仲の良い三人兄弟にも見えなくもない。

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