第23話 初めての口喧嘩
結局、カセットコンロとパナソニック全自動ディーガを一輝はカード一括支払いで買ったよっ子はその様子を見て落胆した。
買ってくれるのは嬉しいけれど来月のこと考えて計画的にカード払いをしないと、とんでもないことになる。レジを済ませて駐車場に向かう途中、よっ子は一輝の袖口を摘んだ。
「先輩、六万円も使っちゃった。来月どうするんですか」
「あん?どうにかなるだろう。心配すんな」
「心配します。一括払いは三万円くらいしかできないんでしょ。後でコンロのお金払いますから」
一輝は「はいはい、わかったわかった」とつぶやきながら助手席のドアを開けてよっ子の肩を押して乗せた。龍也は荷物を後部座席に押し込んで自分も乗り込んだ。
「よっ子さん、大丈夫すよ。俺、兄貴に二万払うんで。心配しなくても大丈夫っす。本当に心配性すね。もしやばかったら兄貴が舎弟頭に相談してくれるからなんにも心配しなくてもいいんすよ」
呑気な口調によっ子は何も言えず窓から景色を眺めていた。どうしてお金の事なのに、こんなに無頓着なのだろう、自分の生真面目さはこの人たちに通用しない。誰かにお金を借りたりする事も貸したりする事も好きではないし1円たりとも貸し借りしないと決めている。
明那と真由子と三人で食事に行った時でも、細かく割って計算して精算している。三人共にきっちり割り勘するタイプだから付き合いも長く続けることができているのだと思う。
相手が男性だからと甘えるとかそんな思いもなくて、よっ子は平等でありたいと思う。けれど一輝はそんなよっ子の思いを受け入れてはくれない。
「お前、何怒ってんの」
「別に怒ってません」
無骨でとげとげしい言い方をしていて誰が聞いても不機嫌なのはあからさまである。
「よっ子さん何怒ってんすか」
「怒ってないってば」
「どう見ても怒ってっけどな」
「怒ってないってば!龍也君、うちに入れてあげない!」
「うちに入れてあげないってなんすか!どうして!いきなり俺に八つ当たりするんすか!わかった。兄貴と夫婦って言われてのが気に食わないんだ!あれは、あのおっさんが勝手に勘違いしただけっしょ!それをどうして、俺に八つ当たり!信じられねえ」
「違うもん!」
「何が違うんすか!こういう女をわがまま女っていうんすよ!わがまま女!兄貴よくこんなわがまま女なんかと一緒に仕事できますね」
「わがままってなによ!もう、絶対に!龍也は部屋に入れてあげないから!」
「なんでだよ。俺に八つ当たりすんなよ」
「八つ当たりじゃないわよ!あんたにムカつくからよ」
「俺がなにしたんだよ。ムカつくって!なんだよ。あのおっさんに言ってこいよ。あんた!勝手に夫婦にすんなってよ」
「だから!違うって言ってるでしょ」
「じゃあなんだよ!わがまま女!」
「わがまま女じゃない!」
「うるせぇな!声でかいんだよ」
龍也も声がおおきくなる。
「声は大きくなんかありません!」
「その声のどこが小さいんだよ!うるせえんだって」
「うるさい!うるさい!うるさい!ってうるさくない!」
「うるせえつってんだよ。ムカつく!よっ子!お前めちゃくちゃムカつく!」
一輝は何も言わずに二人の口喧嘩を半ば面白がっりながら運転している。
「ムカつくしか言えないガキ!」
「なんなんだよ!このわがまま女」
「わがままじゃないって!ガキ!」
「ガキじゃねえし!わがままだから、わがままって言ってんだよ。わがまま女」
「いい加減にしねえか、龍也もやめろ。よっ子、何が気に食わねえんだ。オーブンレンジが欲しかったのか」
よっ子は一輝を無視して外を眺めている。
「おい!よっ子!兄貴が話してんだぞ!無視すんな」
一輝には何が原因で機嫌が悪くなったのかわからない。『まさか、よっ子が嫁というのがショックって言った事が気に食わなかったのか、まさかな、女はこれだからめんどくせぇ』と頭の中で思いながら運転していると、食材を買いに寄るはずだったスーパーを通り過ぎてしまった。
「おい!通り過ぎたじゃねえか!よっ子、おめえのせいだぞ」
よっ子はスーパーの方に顔を向け、
「戻ればいいじゃないですか!」と、まるで駄々っ子のように頬をふくらませて、一輝を睨みつける。その顔を見て呆れながら車をUターンさせてスーパーの駐車場に入った。
「よっ子!兄貴になんて口の聞き方すんだよ」
「うるさい!ガキ!」
「ガキじゃねえつんだよ!男だったら殴ってるぞ!」
「暴力反対!」
顔を歪めて意地悪く言った。
「すげえームカつくその顔!兄貴!なんとかしてくれ〜」
「本当にガキね!何かあれば、すぐ、兄貴!兄貴!兄貴!ガキ」
「よっ子!お前!本当ムカつく!」
車のエンジンを止めるとよっ子は先に降りて一人走ってスーパーに入って行った。
「なんすか!あれ、本当にムカつくんすけど」
「女のイラつく時じゃあねえのか」
「イラつく時ってなんすか」
一輝の顔を見上げて問う龍也の無知さに呆れ、
「疲れるな〜」とぼやいて「なにが気に食わなかったんだ」と曇った空を見上げた。どんよりした空はまさに今の一輝の気持ちと同じだった。
「だから、兄貴の嫁に間違われたことじゃあないんすか」
「あん?なっして間違われた事にキレるんだ。俺様の嫁だろ。喜べばいいだろうが」
「うっいす。喜ぶべきだと思います」
二人はへらへらと笑いながら車の鍵を閉めて外気の冷たさに二人揃って身震いした。
「寒っ!早く鍋く食いたいすっ!」
二人はポケットに手を突っ込み背中を丸くして店の中に入って行った。
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