第16話 果し状
ドンドンドンドン、ドンドンドンドン
と引き戸を叩く音が激しい。訪問者は焦りもあるのか必死で叩いている。
「しゅみません……開けて……くだしゃい。自分……清水学園……生徒会長の……丸岡省吾と……いいましゅ」
途切れ途切れの息遣いに丈治は大介を見た。大介はコクンと頷くと丈治は鍵を開けて引き戸を開けると丸岡省吾と名乗る男はそのまま床に倒れ込んだ。省吾の顔はぱんぱんに殴れ腫れ上がり出血もひどく制服のカッターシャツも真っ赤に染まっている。
一輝は控え室のドアを開けて
「よっ子、出てきていいぞ」と声をかけた。よっ子はそっとドアから顔を出して歩きかけると一輝の背中に寄りかかり額をぶつけた。
「痛っ!」
「おっと!お前なに!」
一輝は背中に寄りかかるよっ子に振り返た。
「すみません自分の足につまづいた」
「とろい奴だな」
「とろいって」
頬を膨らませ床に視線を向けると倒れる少年が目に入った。
「ぎゃー!その子!顔が腫れてる!死んでるのー!いやー!」
よっ子は一輝の服を掴んで顔を埋めた。
「おめえ、いい加減にしろよ。上着引っ張るな」
一輝は引っ張ってずれたスーツを直した。
「よっ子」
「はい……なんでしゅか……大介しゃん」
よっ子は半泣き状態で一輝の背中に顔を埋めたままだ。
「手当してやってくれ」
「手当?この顔、手当って、無理です。病院へ行かなくていいんですか!」
一輝の背中に顔を埋めたままで怖がるよっ子に、
「これくらい、どうてことねえ」と平然と大介は言った。しかしよっ子にしてみれば、血だらけの上、顔が腫れ上がっていて、触れるのさえ怖い。
「どうてことねえって、どこがですかー」
よっ子は顔をくしゃくしゃにしながら棚の上の救急箱を取ってローテーブルに置いて、給湯室に駆け込んでタオルを濡らし絞ってる間に丈治は省吾をソファに座らせた。
省吾が手に持っていた用紙を取り上げて大介に渡すと丈治は事務机の椅子を引っ張ってまたがるように座った。
よっ子は顔を歪めながら濡れたタオルで省吾の顔に付いている土や砂を落として、コットンに消毒液を湿らし傷口に塗ってやる。
「痛っ!姐さん!痛いっしゅよ。しゅみる」
「我慢してください。どうしてこんなになるまで喧嘩なんかするんですか!それに姐さんじゃないから」
大介は書かれている文章を読み終わると哲也にそれを渡した。哲也が用紙を両手で持って読んでいると一輝と龍也が覗き込む。
「どうして、お前がやられたんだ」
よっ子はバンドエイドをあっちこっち貼りつけて箱の中に薬を戻すと蓋をして立った。
「姐さん、ありがとうございましゅ」
と省吾は腫れぼったい顔をしてニヤリと笑う
「だから、姐さんじゃないんです」
と怪我をしている真っ赤な鼻を摘んだ。
「痛っ!なにしゃるんでしゅか!痛ぇーよ」
省吾は鼻を押さえて、ソファに突っ伏した。
「いてぇよ〜」
足をバタバタさせて両手で顔を覆う省吾、
「おい!」
大介の声に省吾は顔を上げて痛む身体を無理やり起こし姿勢を直した。
「はい!総長」
「生徒会長って言ったらお前、学校で
大介は腕を組んで、長い脚も組んだ。
「はい、相手が5人くらいなら、結構へっちゃらなんでしゅけど、何人居たかな、10人以上いたかと思いましゅ、ある程度やられた時、気を失った振りしゅて、そしゅたら、まだ何人集められるんだとか、もっと増やせ!って言ってたんでしゅけど、抗争ですか?俺たちに加勢させてくだしゃい。自分、やられっぱなしゅじゃ、納得いかないんでしゅ」
「相手はどんな奴らだった」
「チンピラでしゅた。高校生はいなかったと思いましゅ。ただ半グレでも無いような。この辺じゃ見ない顔でしゅ、大体、みんな自分らみたいなのは清水学園の生徒なんでしゅから、これを登板に渡せとか総長を呼びしゅてなんかにしないでしゅ。てことは」
「お前たちは首を突っ込むな、相手は解散した組の残党だから、関わり合うな」
「でしゅけど、最近、学園の生徒もやられてるんでしゅ。そいつら怒りたってて、自分どこまで抑えられるかもう限界なんでしゅ」
一輝が省吾の横に腰を下ろした。
「おめえさっきからよ。でしゅ、でしゅってなんだよ!その舌足らずな話し方、それでお前、頭やってんのか」
「口の中が切れてんしゅよ。きじゅが治れば普通にしゃべれましゅんで」
「本当かよ!」
社長室のドアが静かに開いた。大介と一輝はソファから立ち上がる。省吾も立ちあがろうとするがうまく立てない。
「おめえは座ってろ」
「しゅみません、園長しぇんしぇ、俺、勝てませんでしゅた」
「どうせ、相手は素手じゃねえだろ」
次郎丸は用紙を渡され目を通しながら、
「はい、あいつらバットとか木刀持ってて」
「バッドや木刀で殴られたの」
よっ子は顔面蒼白で両手で口を覆った。
「バッドなんて当たり前っすよ」
龍也が言うと丈治は椅子をゴロゴロ転がして龍也のそばまで行くと頭をパシッと弾いた。
「すみません」
龍也はペコリと頭を下げた。
「まるで果し状みてぇだな。今どき、こんな事する若けぇもんがいるんだな」
よっ子は組長の座るソファの傍らに駆け寄って座わると果し状を覗き込んだ。次郎丸時貞はよっ子にそれを渡した。
「読ませていただきます『二ヶ月後、お前たちを
よっ子の声が大きく響いた。時貞は顎をぽりぽり掻いてニヤリと笑い、大介は苦虫を潰した様な顔をした「声でけぇつうの」とぼやくがよっ子はお構い無しに、
「ちゃんとした果し状も書けないような人がどうして偉そうにできるんですか!意味わかんない。こんな子供に暴力振って、二ヶ月後って今来ればいいじゃない!大介さん!そんなの待っていないで、こちらから出向いて仕掛けるのって駄目なのですか?さっさと肩をつけてしまえば、みんな身体が楽になりませんか、ねっ、組長!」
一輝が口元に手を当て笑いを堪えている。
「なに?先輩、どうして笑ってるんですか!この字、見てくださいよ。ミミズがはったようなヒョロヒョロの字よ。その上、ろくすっぽ漢字も書けなくて、組長の名前も間違えていて、私すごく腹が立ちます」
「よっ子!」
「なんですか!大介さん!」
「声でけえっつうの!馬鹿だから仕方ねえだろ。馬鹿はな死ななきゃ治らねえんだ」
「馬鹿だからって、だけど、いつ襲ってくるかわからないのを黙って待ってる方が怖くないですか」
「おめえも女の癖におっかねえこと言うんだな」
「だって、組長、仇を討たなきゃ」
「仇?」
時貞はよっ子の瞳をじっと見た。よっ子は時貞から目を逸らさずその瞳を見返す。
「よっ子」
「はい!」
「わしはなあ、こいつらに犯罪者になって貰いたくねえんだよ」
よっ子は下唇を噛んだ。陽輔から聞いた三年前の事件よっ子はその話を聞いた日の夜、眠る事ができなかった。
「わたし、許せないんです」
「よっ子、言っとくがな、おめえは女の子だな。それに堅気だ。堅気ってわかるか?わしらとは住む世界が違うって事だからな」
よっ子は手をギュッと握りしめて黙って床を見つめた。
「なあ、よっ子、おめえはここにいるけど、単なる事務員だからな。それを忘れるな」
時貞はよっ子の頭に手をのせ、ぽんぽんと優しく叩いた。
「大介、全員に招集をかけろ!」
「はい!」
緊急連絡網が発令された。
哲也がパソコンの前に座ると素早く集会場所と日時が送信する。とすぐに既読された。
あの事件は誰よりも次郎丸時貞本人が一番思い悩んできた事だ。取り返しのつかないあの出来事をどう償えば良いのか、息子たちに顔負けができないその苦しみは消える事はない、いつもそばで、その心の内を見てきた大介も共に苦しんできた。
よっ子は、ただひとり蚊帳の外にいるようで納得できない気持ちでいた。
『私にもできる事があるはず』
よっ子の浅はかな考えがこの後大きな事件に繋がろうとは、この時、誰も予測だにしなかった。
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