いつか君と 〜この想いがあなたに届くとき 心が繋がる その日まで〜                

久路市恵

第1話  大人への第一歩 

 慣れ親しんだこの学舎まなびやと別れを惜しむ哀愁漂うよっ子の背中、進学校のこの高校へ希望を持って入学した。友達もできたし恋も


「よっ子ぉぉ!どうしようぅぅ」


 と、校舎中に轟くような声が聞こえてきたかと思ったら、教室を勢いよく駆け抜けて窓から息をきらした香菜かなが顔を覗かせた。


「どうかしたの?」


 よっ子は振り返って教室の中に入ると香菜に歩み寄った。


「藤井君、いいよって」


 肩で息をする香菜は犬のように全身を震わせた。


「えっ?」


 高揚している香菜は目を大きく見開いてキラキラと輝かせる。


「付き合ってもいいよって、言ってくれたの」


 満面の笑みでよっ子の両腕を掴んだ。


「付き合う……って」


 よっ子と香菜の目の高さは同じ位置にある。2人は背丈も体格も一緒で、まるで双子の姉妹のようだ。互いに微笑んで抱きしめ合った。


「藤井君、付き合ってくれるって、信じられない!ずっと想い続けてきてよかった」


「これで……晴れて、両思いってわけだね」


「うん、よっ子、ありがとう」


「私、なんにもしてないよ。でもよかったね」


 と言いながらも本心は複雑だった。喜んでいながらも心はきゅっと痛くなる。


 5歳の時からずっと涼平の事を想い続けている香菜、けれど、よっ子にとっても心を支えてくれた初恋の相手である。


 香菜の告白回数は数え切れないほどで一体これが何度目の告白だったのかよっ子にはわからない。


 でも一途な想いが涼平の心に届いた。想い続けることで恋は結実できる。


 同時によっ子の恋は終わりを告げた。


 この先もずっと二人は一緒にいられると思っていたけれど別々の道へと歩んで行く。


 就職したよっ子は慣れない仕事に追われる毎日、一方、香菜は大学へと進学し、自由気ままな学生生活を満喫していた。


 そんな2人は次第に疎遠になっていく。




 時が過ぎ、


 薄明かりの部屋の真ん中に、二つの炎がゆらゆらと揺らめいている。


「誕生日おめでとう」


「よっ子ちゃん。おめでとう」


「ありがとう」


 居間のテーブルには母、真紀子の手料理の唐揚げ、ポテトグラタン、ピザが並んでいる。どれもよっ子の好物ばかりだ。


 イチゴのホールケーキに刺さっている26のローソクに灯された炎を一気に吹き消した。


「電気つけるよ」


 幸二が蛍光灯の紐を引っ張ると、電気がカチカチと小さな音をたてる。よっ子のための苺がいっぱい詰まったバースデーケーキがテーブルを彩っている。


 母と2人の住むアパートから10分ほど歩いた商店街にある洋菓子屋のオーナーの幸二こうじは真紀子より8歳下の36歳で5年前に真紀子と出会って一目惚れをし、猛烈にアタックし続けて真紀子は根負けし付き合うようになった。


 そして5ヶ月前に入籍をした。


 そんな2人を穏やかな笑みでよっ子は見つめる。


「よっ子も、もう26歳だなんて、あっという間ね」


 真紀子はそんな言葉をかけながらいろんな事を思い出していた。


 よっ子を身籠った当時、真紀子は高校を卒業したばかりの18歳、

 真紀子にとっての家族は父方の祖母だけだった。年老いた祖母に支えられながら、よっ子を出産、よっ子との対面は言葉にできないほど感動した事を思い出す。


 それから間もなく祖母は病気で亡くなった。その後はひとりでよっ子を育て、今までずっと2人で生きてきた。


 よっ子が真新しいランドセルを背負って入学した日から六年という年月は瞬く間に過ぎていく、中学に入学すれば、高校入試が控え、高校へ進学すると毎日のお弁当が必要になり、働き詰めの真紀子に代わってお弁当はよっ子が二つ分作った。そんな我が子の成長と思い出の詰まったアパートでの最後の誕生日を迎える。


「本当、早かったね。だって就職してからもう八年も経ったんだもんね」


「よっ子ちゃん、本当にひとり暮らしするの」


 よっ子は姿勢を正して幸二を真剣な眼差しで見た。


「幸二さん、母さんの事、お願いします」


 と頭を下げる。


「なに改まってんの、幸二さんだなんて、そんなに堅苦しい挨拶なんてしないでよ。真紀ちゃんの事は大事にする。それでね。よっ子ちゃんやっぱり一緒暮らそうよ。お店の上で一緒に暮らそう」


 独立する事を告げた日からずっと繰り返し共に暮らす事を懇願されている。幸二は父親らしい事をしようと必死なのだ。


 真紀子のお腹には幸二の子がいる。


 妊娠をきっかけに2人は入籍し、真紀子は早乙女の苗字になり、それを機によっ子は真紀子の戸籍から独立し、いままでの橘を継承した。


「幸ちゃんって、父さんって言うより、お兄ちゃんだもん」


 よっ子は大きく口を開けてケラケラと笑う。


「たしかに、お兄ちゃんね」


 真紀子も暢気に笑っていると、


「真紀ちゃん、お兄ちゃんってのはないんじゃない、俺はよっ子ちゃんの、よっ子ちゃんの父さんなのだ!」


「バカボンのパパなのだ!みたいに言わないでよ!」


 よっ子は本当に嬉しかった。幸二は真紀子を愛してくれている。真紀子もとても穏やかな表情で幸せそうで、それが嬉しかった。


 娘が見ている前でも仲睦まじくみていられないほどだ。


 よっ子のことを一番に考えてくれていた真紀子には幸せになってもらいたい。それがよっ子の願いだ。


 今のこの瞬間、とても幸せで、楽しくて、お腹の底から笑える。


「これからなのよ。幸ちゃん、もうすぐお父さんになるんだから、赤ちゃんが産まれてくるまでの間、少しだけど、新婚生活を2人で楽しまなきゃ」


「僕はとっくに父さんだけどね。よっ子ちゃんは僕のこと父さんって思ってくれていないの?」


「うん、お兄ちゃん!」


「幸二、さっきから言ってるでしょ。お兄ちゃんだって」


 真紀子とよっ子は顔を見合って笑った。

真紀子は26年ぶりの懐妊で大きくなりつつあるお腹を幸せそうにさする。


 高齢ということもあって環境の変化がお腹の子に影響を及ばないようにと今日まで2人

でこのアパートに住んでいたけれど安定期を迎えた真紀子は昨日から幸二のマンションで生活を始めた。

 

 


 




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