35 時間が足りなければ寝なければいいじゃない

 かなり日が傾いてきた。

 白から薄紅へ。影が伸び世界が黒く染まっていく。塗り替えられていく。

 世界から少しずつ色が失われて一つに同化していく。


 あと一時間もすれば日が暮れてしまう。

 そうなれば『暗視』なしじゃ行動に大幅な制限も入る、戦闘なんてやってられないだろう。多分。

 それにそもそも夜間は硬質化してまともにダメが通らないから時間の無駄なんじゃないかと思ったり。

 ただ、検証したのが自分一人で殴った範囲も自分の届く範囲だけって所が確証の持てない理由だったりして。


「とりあえず引き上げません?足元の残骸回収して日が暮れる前に」

「夜になるとカッチコチで全然ダメ入らなくなるんでしたっけぇ?」

「多分、おそらく、めいびー?」

「じゃあ後よろしくってことで、ヴァーミリオンはクールに去る」

「死に戻りが一番早そうですけどデスペナとかがねえ。とりあえずE2行きますか?案内しますし一時間くらいあればエリアポータル更新できますよ」

「あーじゃあそれで行くか。ツアーガイドに付いて行くわ」

「こっちも合わせますねえ。連絡がてら足回り回収してきますかぁ」

「おう、こっちも回収後に合流する形で」


 なら自分もぼちぼち回収しながら引く準備しましょうか。

 集団で戦線離脱するところを狙われたら死人出かねないし。


「ヘヴィミスト」「シャドウフィールド」


『魔法制御』と『ポルターガイスト』を併用し形を整えるように圧縮し密度を高めていく。

 同時に追加でMPを流し霧と薄闇を展開し続ける。

 あぁ、頭が痛くなってきた。やっぱり人間に備わってない機能だよこれ。


「こっちは粗方回収完了だ!いつでも引けるぞ!」

「こっちもおkですよーヤギリさーん。ナビお願いしますねえ」

「了解ですっと。それでは皆さん逸れない様に集団行動を守って付いてきてくださいね。それから制御解除と」「ソニックブーム」


 いいタイミングだ、これ以上はちょっときつかったし。


 渦を巻き一点に圧縮されていた球体が指向性を持って解放される。

 その瞬間に合わせて風魔法で追撃させ拡散方向を誘導。

 本来の効果範囲を大きく超えて広がる霧と闇のカーテンが、紅い光量の落ちた光を浴びて地に影を落とす。


「最速で離脱しますよ、最下位だった人の奢りで装備更新とかどうです?」


 背後から聞こえる叫喚を流しながらチェルノボーグも気に掛ける。

 見当違いな場所に突き立てられた触腕を見れば幾らか効果はあったようで。

 しかしながら、サイズが大きいということはかき乱される空気の量も半端なく。



「今のだけで結構薄くなっちゃいましたねえ。まだ100m位しか離れてませんよ?」

「確かに、あんまり持ちそうもないね。でもまぁそもそもが迎撃攻撃の間隔自体がそんな早くないから。何とかなるんじゃない?」

「その適当な希望的観測好きですよ。まぁ何とかなるでしょー」


 そんな話をしていれば、E2方面へと繋がる山の麓へ。斜面に足を掛け、踏み外し滑らないように駆け上る。

 森林限界線を越えたような斜面は身を隠す障害物もなく、今後ろから焼却されたら一撃だなって思ってしまったり。フラグにならないことを祈るしかない。


 そもそも何で麓が荒れ地で中腹以上に樹木が多いのよ。

 いやまぁ、そもそもそんなものが形成されるほどの高度も気象状況もあるとは思えないからアレなんですけども。


 チラリと後ろ振り返れば視界に映るのは黒いモヤを纏った黒神チェルノボーグとその破壊痕。

 何時ぞやのアナウンスでもあったように正に不毛の地。草一つ残らない踏み荒らされた荒野の道。


「状況的にはやっぱりアレが原因ぽいよなあ。時系列おかしくなりそうだけども」

「チェルノボーグが光を吸収するから一定範囲内は照度が足りないんじゃねえか?太陽光で活動してんなら地中から出てきたときの分とかどうなってんだって話だしよ」

「ナシではないんちゃうか?せやけどもイマイチしっくりはこんなぁ」

「今は撤収、考えるのは後回し。置いて行くよ」


 まぁこの景色も含め動画データを流しとけばアーカイヴ辺りが考えてくれるでしょ。

 幸いチェルノボーグ先生も感知範囲から出たら追いかえるほどじゃないみたいだし。

 まあそんな簡単にレイドボスを誘導出来たらダメだよなって。幾らでも悪いことが出来そうだ。

 ここまで簡単に迎撃範囲から離脱できるのもどうかと思うけどさ。


 極論、リソース持つなら対象への迎撃を選択する距離の外から撃ち続ければ倒せるじゃん。所謂ハメってやつで。

 何かこうAIに違和感を感じるというか、パターンが一昔前の携帯ゲーム機レベルなんだよなぁ。

 ラインで切り分けたみたいに、一定の範囲や基準を超えると問答無用でそれまでの行動を考慮せず、いきなり行動が上書きされて移行する感じ。


 考えるのは後でいいか、良い調子だしこのままさっさとE2まで突っ切っちゃいましょ。

 ポータルさえ更新しとけば次からは先導も必要なくなるし。











「さて、では度々時間をいただき申し訳ないのですが、今後の方針の為に対策会議を行いたいと思います。皆さんよろしくお願いします。なお、情報伝達の手間や齟齬を防ぐ意味合いを兼ねて、各グループやギルドの代表の方などに参加いただいています。人数がかなり多くなっていますので、意見のある方は連絡及び発言者の意見が完了後に挙手を持ってお願いします。」


 会長の仕切りで始まる夜の定例会議とでもいえばいいのか、それが始まったところで正直ここに自分がいる意味あんまりないでは?とか思ってたり。

 まあ個人事業主みたいなもんだから代理を建てる事もできませんし。自分が出るしかないのだが。


 自分の集めた情報やなんかはとっくに送り付け終わってるし、ヴァーミリオン達やアヤカチームもそれぞれが報告しに行ってるしで。余計とそう思う。

 だって自分の知ってる範囲の話されたって何も面白くもないし。


 聖都まではおそらくあと2日。

 殴って素材集めて防御壁設置。並行でスタンピード処理と消耗品の増産。ついでに動員可能なリソースの増加。

 人員の増加については統括管理会との話が付いて、自警団との共同戦線が張れるようにはなったみたいだけども。

 あの聞く耳持たない彼らをどうやって説得したのやら。むしろそっちが気になる。


 そんなこんなで話半分に適当に聞き流していたところで本題に。

 結局はどうやってダメージを通して削り切るのかって話になる。


「私にいい考えがある」


 はい、そこ、レイズ君。フラグを立てないように。ってかなんならそもそも場の空気よ。

 ぶっ壊して欲しいのは空気じゃなくて、現状のままじゃ倒せないって状況だよ。

 そげぶ。


「昔っから決まってるというか、結局は経験とゲームデザインの関係だと思うけども。硬くてダメージが通らない、与ダメを回復量が超えてそれを崩せない。そういった時の対処法。」


 レベルを上げて物理で殴ればいい。普通のRPGなら実際それで大体は解決できるんだけども。

 まぁフラグ管理や特殊装備が必要になるパターンもあるけども。


「レベル上げは時間がないから論外として、結局は火力が装甲を抜ければいいわけだ。そしてこのゲームでは検証結果で証明されている通り加算ではなく乗算の各属性のLv8魔法。これの超多重掛け」


 乗算はゲームブレイカーになりかねない。調整がきっちり行われないとまじで壊れる。

 それこそ5%のバフだって100も重ねれば100倍を超えるし。

 個人的に調整がきっち行われてるゲームのバフって大体一桁かよくて10%くらいじゃないか。まぁ数%も幾つも重ねれば馬鹿にならないし。

 ただこの方法は無理だろう。


「これもまぁ出来なくはないけどやっぱり人数がね。そしてレベリングへと話が戻って却下される。そうなれば出来ることは一つじゃないか?」


 悪い顔してる。ヒゲもじゃのちんちくりんエルフが悪い顔してる。

 何なら出席してる生産組も悪い顔してる。会長も悪い顔……いや、この人いっつもこんな顔だったわ。あ、眼が合った。こわっ。


「固定ダメの物量でぶっ殺す爆弾祭りと洒落込もうじゃないか」


 あぁ、最高だねえ。ハイタッチして抱きしめたいくらいだよ。クソ野郎。

 誰がそれ設置しに行くんだって話。


 でも人に迷惑の掛からない悪ノリなんて、こんなのやるしかないでしょ。

 むしろゲームでの爆弾が嫌いな人がいるのか聞いてみたいくらいだ。

 

 爆発は最高のカタルシス。故に正義、慈悲はない。











 爆弾祭りはっじまるよーと言いたいところでそのための準備から。

 夜は短し働け奴隷、社畜に定時などはない。そして今日中という話は日が変わるまで有効。なんなら今回は日が変わっても有効かも。生産職には夜も休憩も与えられないのだ。

 パンが無いならお菓子を食べろ。時間が無いなら寝なければいい。故マジー・シャチクデスワット妃(4879~4879)

 社畜だったために短命だったとか。……冗談はこれくらいにしようか。


 目の前で行われてる作業、それ以上に強く主張する山積みの素材。

 寝る気にならなくて、そもそも眠気がこれっぽっちもなく、寝れそうにないから見に来てみれば壁のようになっていた。

 木炭に硫黄にKNO3……硝酸カリウムかこれ。別名硝石。


 長机を幾つも並べ、乳鉢で木炭をすりつぶす。硫黄と硝石を混ぜ込んでのオール人力生産ライン。

 電気代は0円でも人件費が。あとランプのオイルや蠟燭代。魔道具照明は数が追い付いてない。


「へいへいそこのヴィランさん、目の前で堂々とサボリかな?皆さーんここにサボリがいまーす」

「むしろサボらないか監視する看守役だよ、当社調べでさぼりそうな人間No1はお前だよ」

「いやーこんな面白いもんサボるわけないでしょ。せっかく大手を振って大金掛けて遊べんだから。準備はしっかりしてこそ楽しいんだよ」

「まぁ確かに。そういや今回は作れるのって黒色だけ?ってかよくこんだけ材料集められたね」


いや、ホントに。素材の木箱積み過ぎて壁になってるし。


「いんや、あっちで水素爆鳴気とダイナマイトも作ってる。まぁ材料に関しては工業都市からも緊急ってことで倉庫一部開放してもらってるしね」

「段階を幾つか間飛ばしてる気がするんだが?そんだけ助けてもらってるなら、とりあえず財団作って表彰でもする?」

「爆発したら段階なんて何でもよくない?楽しくない?結局は燃焼反応による速度が音速超えて爆轟の域になれば全部爆薬なんだから。そっちの財団よりも今の状況を何とかできそうな財団作ってよ」

「確保して徹底破壊するけどいいか?」

「それ財団じゃなくて連合じゃん」


 取り留めのない話をしながらも手は止まらずインベントリにスタックされていく火薬たち。


 向こうでは紫電が舞い、雷魔法で食塩水を電気分解しているようで。

 ……雷魔法?


「工業都市に売ってたよ。行商らしく先着10名で。取得条件に風魔法の取得があるみたいだけど」

「雷魔法って何か強そうじゃない?大体応用性も高くて火力も高いイメージある」

「今のとこは使い勝手微妙みたいだけどね、そのうち化けるかも。あれだって炭化水素ガスなり圧縮機や熱交があればもっと効率よく大量生産だって出来るし。あとガスはネジの規格何とかして。ついでにインチは滅んでいい。」

「熱交があったところで深冷分離できるほど冷やせんでしょ。氷魔法も見つかってんの?あとインチもポンドも尺も分も滅んでいいよ。全て規格を統一しよう」

「そっちはなかったっぽい。スレでも出てたけど王都や魔道都市まで行く必要あるね。規格は統一したら事故多発しそう、でもストレスは減りそう。いや結局増えるか」


 回り回って仕事が増えるんだよそれ。知らんけども。


 まぁ氷も何なら水魔法の派生で取得できそうではあるけども。

 ってかスキルと魔法はレベルで進化したりするのか。これも分からないけども。


 ダイナマイト班はそっちはそっちで珪藻土か何か知らないが、おそらく多孔質の何かに、グリセリンに硝酸と硫酸を混ぜ混ぜしたものでエステル化した奴を吸わせてる。


 正直なところ、この大量に作られた爆発物達を設置する役が回ってきたら気が滅入りそうではある。

 こういうもんは現実ではまず使うことがないものを気兼ねなく使いまくれるのが楽しいのであって。

 最後にパーっとやるための地道な作業ってやつ。背に腹は代えられないけども、あまり好きではない。やりますけどね。

 長年のネトゲ生活で上の口では嫌がっていても、両の手は勝手に作業を繰り返してしまう。やらないと終わらないから。


 ではでは敷設作業?埋設作業?の開始ってことで、無料開放中のE1S1へ。


 5km/dayという素晴らしい移動速度のおかげで、現在は丁度マップ境界線を僅かに越えた辺り。

 簡易ケースで指向性を持たせた爆薬の上には、剥離装甲から突貫で作った遮熱遮光板。

 昨日?昨日か。時間感覚がおかしくなっているが、昨日の朝を思い出せば特大モーニングコールで始まる可能性もあるわけで。


 出来ればキッチリと身体の真下で爆発させたい。だから極光の余波を超えて任意でいいタイミングに起爆したいわけだが。これ普通に熱で反応しそうじゃないか。


『ヤギリさん、おそらく一番先行していると思いますので連絡しておきます。どこでもいいので兎に角足元に設置してください』

『唐突なエスパー的連絡ですね、人の頭の中モニタリングしてません?』

『いいですねそれ、便利そうです。朝日と共に軟化し始めた瞬間に起爆させダウンを狙います。残機を減らさないでいいならそちらのほうが良いですから』

『てっきり思い込みで一発耐えてから吹っ飛ばすものかと。剝離装甲のカバーも付いてましたし。でもよくよく考えればその必要ないですね』

『あれはクレイモア地雷みたいなものですよ。散弾代わりに同硬度の破片をまき散らす狙いです。爆発でダウンが取れれば良し、破片で追加ダメージ狙えれれば更に良しです。あわよくばダウン後の攻撃の為にも表面装甲をはがしておきたいなと』


 会話しつつ淡々と指定された範囲に設置を進めればいつしか終わりが見えてくる。

 まぁそれだけ時間も経過しているということで、既に時間的にもそろそろタイムリミットなんじゃないだろうか。


 光量と範囲を最小限に留めた灯りを持ったプレイヤーや自警団の人々が爆発に巻き込まれないように範囲外へと非難していく姿も見える。


 そのあとに残るのは漆黒の巨体と足元一面に広がる黒い絨毯。発破技師でもいるのか意図を持って設置されたかのようにも見え得る其れは、よくもまぁ一晩でここまで用意できたと感心するほどで。


 しかしこれだけ設置できる所まで接近されちゃってるってことなんだよな。

 これまでと稼働時間が同じなら今日一日で都市の中まで突っ込まれることはないだろうが。

 それでも収束ビーム擬きなんかが届く範囲になるのは明らかなわけで。


 聖女ちゃん結界は残数1。白み始めた空を背景に黒く見える剥離装甲の防壁は見た感じ進捗60%前後。実際問題どの程度防げるのやら。素材はよくてもそれを支える基礎や骨が負けそうな気がしてしまったり。

 まぁその辺りはぶっつけ本番というやつかな。


 陽光が空を走る。暁の空に浮かぶ雲が照らされ光を散らす。

 モノクロの世界に色が戻ってくる。

 早朝の澄んだ空気を伝わり音が聞こえる。

 光を浴び活動を開始した黒神が地を揺らす。

 黒い靄を纏い伸びをするかの如く体を広げ唸りを上げる。


「爆弾祭りはっじまーるよってな」


『発破』


 衝撃波となって空気の壁が全身を叩き遅れて轟音が鼓膜を震わせる。

 巻きあがる土煙と黒煙が巨体を飲み込み、飛び散る破片が澄んだ甲高い音を鳴り響かせる。

 続けて地震。体が跳ねる様な振動は、散らされた煙の中から現れた光景が教えてくれる。


『ターゲットダウン確認、各自総攻撃を』


 HAHAHA楽しくなってきた。


 壁殴りDPSチェックの始まりじゃん?

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