27 フラグと広告収入

 とか言いつつも結局掲示板を開くことはなく。


 せっかくの機会だしね、こんな状況二度とないだろう。あっても困るが。

 なら手探りと狭い交友関係からの伝聞だけで進めるのも悪くない。


 ゲームでも何でも個人的には手探りで恐る恐る進めている時が一番楽しいよ。初見の感動とでもいうのか。

 だから能動的に広範囲の情報を取得できる掲示板は見ない、そういうことにしておこう。


 という訳で、ケーニッヒ先生さっきのお話教えてくださいな。




 


 ◇






 南東と北西かぁ、イベントの兆候と考えるなら、乗り込めるようにマップは開けておきたいなぁ。

 ……でもまあ行くなら東かなぁ。ついでにE1でモブの出現パターンやら色々調べましょっか。動画撮影しながらでも。

 動画投げたら紹介とは別に報酬でくれたのが結構な額だったりしまして。

 マナポとか買い込んでると出費も大きいからつい。


 最近じゃ店頭価格が初日と比べて上がり続けてるし。

 需要が供給を超えて生産が流通に追いついていない。市場で取り合いになっている。

 システムから無限に引き出せるわけじゃない、あくまでもPCやNPCによる生産物だし。

 生産能力に限界があり直ちに向上させられるわけでもなし、素材のことも考えれば猶更。

 ってか割と生産職もっと手を入れてどうにかしたほうがよさそうだ。戦闘職の数と釣り合ってないでしょ。

 だからまぁ価格が高騰するのもやむなしだ。アダムスミスさんだって言ってるし。

 諸行無常の市場原理。


 という訳で、会長というカスタマーに需要がありそうな動画を供給することで、出費に耐えるだけの収入を発生させるわけですよ。

 市場をどうこうしようなんて自分には無理なのでね。


 マップ毎に何が出て来るか、種類を網羅し出現率をザックリと算出する。

 その上でそれらの感知方式と範囲を検証してエンカウントマップの完成。

 更に肉質と有効属性、各種物理耐性、あるのかは分からないけど全体防御率や部位破壊、部位欠損の有無と範囲にそれらの効果。この辺は何となくや感覚に依るところも大いにある。耐性なんかは大まかでいいだろう。有効か普通な効きにくいか。

 全体防御率なんかは自身のステータスの数値化とダメージ算出方法が確定してからでしか無理だろうね。

 最後に各種モーションと思考ルーチンを明らかに。

 どこまでなら戦うのか、逃げに移行するのはどのタイミングか、トリガーは、状況判断能力は。地形は、経過時間は。


 いつもよりちょっぴり詳しく調べて動画に収めるだけだ。

 という訳でお仕事の時間です。






 ◇






 半日ほど費やしてまとめ終わり。

 リンクを付けてメッセージをほいほいっと。E1、第一山域の地形情報と注意点に出現するモブの各種動画と補足説明を付けて送信。


 これで少しは東も人が増えるかな?ってか増えてくれ。イベント起きたとき一人だけとか無理ゲーだぞ。あと寂しい。


 って早速かい。


『今お忙しいですか?ヤギリさん』

『どうも、一段落付いたからまとめて送ったんですよ。それで本題は何です?』

『そんなに毎回何かしら企んでるように見えますか?今回はただの連絡ですよ。丁度タイミング的によかったので』

『ってことは良い人見つかった感じですかね?』

『それです、タイプの違う人を二人ですね』


それは重畳。参考は目移りして迷わない限りは多いほうがいい。


『場所と時間は?あと履歴書と志望動機、自己PRに自分がもしゲームに閉じ込められたらどうするかって答えを用意して服装自由でお越しください』

『途中から立場逆転してますよ。時間はヤギリさんさえ良ければ今からでも構いませんよ。丁度二人とも横にいますからね』

『じゃあ今からで』

『では南出て直ぐの所で待ち合わせとしましょう』


 ブツッと切り腰を上げる。東門を潜って直ぐの現在地からは幾分遠いな。

 行先が決まっていて人を待たせていると思えば、見飽きることのない街並みも距離も遠く感じる。

 まぁ、だからと言って別に急ぎませんけどね。ちょっと整理しときたい事とかありますし。


「のんびり行くかぁ」


 装備を叩き埃を落とす。意味があるのかと言われれば答えに詰まるしかないけれども。

 気分的にね、つい癖でやってしまう動作ってあるじゃん?

 忘れ物無し、確認ヨシ。


 さてさて、ちょっとばかし考えを整理しましょうか。イベント予告?もあったわけだしね。

 イベントフラグだったりゲームらしく流れが感じられるわけだが、こういうのはどういう意図で設定されてるのか、それを理解するのが重要かつ最短ルートを構築する為助けになると思ってる。

 だから運営の見る最終到達点を予想し、現状を正しく再認識し構成されている要素、核となるキーワードを理解する必要がある。


 この手の考え事は、個人的に歩きながら独り言を伴うのが一番考えがまとまる気がするな。

 散らかってるとやる事が分散して手に付かなくなるし、気の向くまま適当にやる為にも後顧の憂いは断っとくべき。


 実際このゲームじゃ迷って停滞した分だけ遅れが出る。

 課金もなく、解析情報もない、ツールも存在せずプレイ時間に差も出ない。

 人間としてのスペックは言い出したらキリがないので置いておきたいところではあるがそうも言ってられないか。

 要するにだ、全員が完全に同じスタートラインから同時にスタートする。

 そうした場合どこで差が付くのかって話。運と効率とリアルスペック。


 適性、言ってしまえばそれだけの事。しんどいなぁ現実。

 ゲームに費やした時間も金額も周辺機器も何もかもが言い訳に使えない。

 全てが自分に返ってくる、現実を突きつけられる。

 廃人に後ろ指を指し、廃課金を嘲笑う。同時にライト層を忌み嫌い、無課金を叩く。

 キノコ・タケノコ戦争張りの終わらない確執、隠れ蓑。それらが全て機能しない。

 マウント煽り合戦お疲れさまでした、またのご利用をお持ちしております。


 こうして平等な環境でスタートした結果たくさんのドロップアウトが発生しましたとさ。

 おしまい。


 幸いこのゲームは割と合ってたらしくて何だかんだでやれている。

 何より運が良かった、アドバンテージを生み出すものを早々に手に入れられた。だからやってこれた。


 もしそれが全部なかったら、教会で同じように腐ってたかもしれない。

 向ける先のない矛先、停滞している現状、不平不満は蓄積し爆発する。

 爆発ってのは解放された圧力による破壊現象だ、爆発すれば被害が出る。

 それがプレイヤー間での不和や暴力などによる他者への精神的圧力、そしてPK。


 なるべくしてなったようにも思えるが。セーフティの無い単独カテゴリの恐ろしさ。際限なく、奈落の底を掘るように落ち続ける。

 誰も助けてはくれないから。


 負のサイクルを煮詰めて煮詰めて濃縮するように、蟲毒のような社会を生み出してこのゲームは何がしたいのか。

 明らかに篩にかける最低レベルが高すぎる。上澄みを掬うというよりは沈殿物を効率よく集める為の様な。


 まるで……


「ヤギリさん?ヤギリさーん、聴こえてますか?ヤギリさん?」


 意識が戻る、思考の海の海棲生物から陸上生物へ。

 何時の間にやら南門を抜けて会長たちの目の前を通り過ぎていたようで。

 いつもの会長に黒いフルプレートアーマー、武器だらけ、槍持ちが。


「あぁ、すいません。ちょっとばかり考え事を。心は読まなくてもいいですよ」

「先に言われてしまいましたか。何にせよご依頼の先生方ですよ」

「二人って言ってませんでした?何人でもいいですけど。とりあえずヤギリです、初めまして、よろしくお願いします」


 軽く挨拶をしながら視線を動かし表情を伺う。

 初めて見るプレイヤーだ、万を超えるプレイヤーがいることを思えば知ってる人間のほうが少ないのは当たり前なんだけれども。


「―――ッ」


 不意に感じた警鐘の様な感覚に突き動かされるように腕で首を庇った。

 立てた左腕にガントレットを通し衝撃が伝わる、咄嗟に右手も添えて押し流されるようにグリーヴが土を削る。

 砂煙をあげて制止した、痺れるような感覚を味わいながら腕を視線の下におろせば、振り切られた大剣が見える。

 同時に、削られたHPバーが今の一撃を数字として証明する。


 我ながらよく反応できたと感心する、それ以上にあの得物であれ程の速度で振り抜かれたことに驚くが。


 追撃してくる様子もなく他の三人も手を出してくる様子もない。

 好意的に解釈して不意打ち腕試しだとでも思っておこう。あとで殴るけど。


「で、そろそろ紹介してもらってもいいですかね?PKに転職したわけじゃなさそう何で」

「コードだ、先程の攻撃は謝罪する。反応を含め動きを見たかった」

「ハハハ、相方が申し訳ない。僕はペインズだよ。主にコードと二人で組んでる。最近はPKKも嗜んでるね」


 暗黒騎士風の脳筋と武器塗れ爽やかイケメン、爆ぜろ。


 しかしPK狩りが出来る程度にはPKも増えてんのね。

 万単位で人間いれば幾らかはそういった方向選ぶとは思うけども。ただ状況は鑑みて欲しいが。

 楽しくPC同士でバトってる場合じゃないんだよなぁ。


 まぁそれは置いといて。

 チラリともう一人、槍持ちへ視線を送り促す。


「ラヴィーネ、よろしく」


 微動だにしねえ、あと主語って知ってます?

 どいつもこいつもキャラ濃いのばっか集めてきてからに。

 さっさと舵取ってくれませんかね?届け、我が抗議の視線。


「はい、自己紹介も終わったところで本題と行きましょうか。」

「構わん、問題ない」

「どこか探索へ行き共闘、キリのいいところで終わり希望によっては手合わせと言った流れでどうでしょうか?」

「それでいいです、ある程度引いた位置から見たいですし。見て真似して慣れるのが個人的には性に合ってるんで」

「ではどこに行きましょうか?希望ある方はいますかね?」

「特に希望がないようならE1とかどうかな?イベント示唆されてるのも南東みたいだし」

「了解、行こう」


 見通しあんまり良くないんだけどなぁ、まぁいいか。慣れてる分気を遣わなくてもいいのは楽だ。

 それに連戦やボスとの一騎打ちで回転の速い撃ち合いやるときに思ったことだ、丁度いい。

 会長の選んだ人間だ、期待しても罰は当たらんでしょう。そこそこ信用してますよ、今のとこはね。











 蹴る、飛び跳ねる鹿に合わせて蹴る。跳ねる跳ねる。まだ跳ねる。

 正直攻撃をかわすのは簡単だ、速度もそこまで早いわけではない。ただ当てにくい。

 速度に合わせ当てに行く、重さが乗らない。芯まで入らない。

 狙いがぶれる、インパクトの瞬間を逃す。嫌いだ、やり難い。


 それがさっきまで、スキルとステータスに頼りゲームならではで無理やり割り切って体を動かしていた。

 それを改めて理解した。


 ラヴィーネ、ペインズ、コード。流石選ばれて連れてこられただけのことはある。そう思えた。


 脚の置き方から始まり踏み込み、送り方、切り返しに方向転換。回避に移る運びも流れるように繋がっていた。

 重心の置き方と脚運び、武器の扱い方もどれもが見ていて面白い。

 色々と参考になる、いいお手本が目の前にある。真似しないわけがない、学習する。理解する。自分のものに。


 多数の武器を扱うペインズは一見すると滅茶苦茶に動いてるように見えた。

 違った、あれは武器に合わせていただけで、その切り替えが多い。

 対人ならばタイミングを外すとでも言うのだろうか、迎撃の体制を整えさせない。

 連撃、強襲、常に相手に特攻を取れるように、自身のリズムを押し付け上から叩き潰す。そんな印象。


 それでいて堅実、模範的、統制され、洗練され、迷いがない。


 呼吸にも意図を感じた、脱力し瞬間的に弾ける、その動きを行うまでの重心の移動と体幹。

 時々見受けられる一連の動きを繋ぐ動作の荒さとでも言うのだろうか。一連の流れと比べ一段落ちるのは彼のオリジナルとでも思えばいいんだろう。全てが型だけで構成されているとは思えないし。


 認識、分析、理解、導入、実践練習。反復練習、反復練習。

 齟齬を見つけ修正していく。お手本に、目の前のお手本に近づけていくように。


 コードの動きは最小限の移動で最大限の効果を得る立ち回りとでも言えばいいのか。

 安定感の塊、根でも生えてるのかと思うほどには。

 不動、そんな言葉が似合う。動いてるのにも関わらず。


 これもまた目に焼き付け、イメージし反芻する。体に投影し合わせて動いてみる。より鮮明にズレをなくすように。反復、反復。


「どうですか?ヤギリさん。彼らは貴方の御眼鏡に適いましたか?」

「適うも何も、学ばせてもらってる側ですから。自分にない技術を持ってる、お手本、見本、参考になります」

「それはよかった、コードさんとペインズさん、二人は私もよく知っていましたから問題ないと思ってはいました。ラヴィーネさんに関しては話を聞いた二人が急に連れてきたもので、正直私としても未知数だったのです」


 ラヴィーネ、彼の動きは参考になる。大別すれば長柄武器という同種カテゴリである槍。

 間合いの取り方、穂だけでなく柄での打撃、足の運び。どれをとっても自分とは雲泥の差だ。


 ただ、そう、惜しいのは自分が武器だけでなく殴って蹴るスタイルだという事。

 美しくも洗練された澱みなく繋がれた動きは、残念ながら槍という一つの武器そのもので自分には応用が効き辛いということか。

 武器の形状と重量に由来する壁だ。


 一番近く参考になるのに参考にならないとはこれ如何に。

 自分が下手なだけか。


 だからもっと、観測してトレースして学習しましょう。

 やれることはやっとかないとね。











「ヘヴィミスト」「シャドウフィールド」「フラッシュオーバー」「ヒートリテンション」「ダウンバースト」「浄化」


 加えて

 ───魔法制御


 先手必勝、ジャックさんの膝を壊しにかかる。

 突いて切って叩いて下がる。躱したらお返しで殴って蹴る、蹴る、蹴る。


 イメージする、次の動作に繋げるように。体の軸を意識して体重を動かす。

 速さで誤魔化すのではなく一つ一つの動作を正確に、体の動かし方を意識する。


 強かったジャックさん、貴方は今サンドバックだ。どうかどうか練習に付き合ってください。満足するまで死なないでくれ。


 そう願いたいけれどもPTがPTなだけに一方的だ。

 あぁ強いな、もうこれは只の作業だよ。











「E2に着いてしまいましたね、ヤギリさんの案内とコールがあったとはいえアッサリと」

「なかなかに悪くはなかったな」

「メンバーが良かったね、それに相性も良かった」

「よかった」

「ですねえ、ただまぁ歓談はこの辺でお開きにしましょう。長居しようとすると死にますし」


 何も対策しなければ死ぬ、それはもう死ぬ。何なら自分も死ぬ。効果期間内のマスクないし。

 という訳で帰りましょう。マスクが無ければ生きられないなんて、どこぞの腐った海かな。あながち遠くはないというか。


 そういえば世間はまだソーシャルディスタンスとか言いながらマスクをしているのだろうか。

 世間に疎すぎる生活は全てが遅れて知覚されてしまうから。ワンシーズン遅れてくるので季節感皆無です。


 お彼岸の季節でもないので大人しく帰りましょうね。


「なるほど、そういえば報告に上がっていましたね。無意味にデスペナを受ける必要もありませんし戻りましょうか。E1ポータルは解放されたわけですから」


 という訳で解散!

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