19 ヨシッ!

あの後何を話していたか全然覚えてない。

すぐに話が終わった気もするし、しばらくの間話をしていたような気もする。


E1のフィールドとモブ情報は渡したんだと思う。SS送信履歴があるから。


「ショックでかすぎかぁ?」


人気の無い広場のベンチに腰掛ければ独り言が零れる。

背もたれに体重を預け切れば視界には空しか映らない。

茜色に空を染める夕日と藍色に空を飲み込む夜との対比が美しい。美しいが気分じゃないな。


「首いてぇ」


随分と長い間空を見上げていた。

VRなのだから痛むことはないはずなのに。


「わっけわかんねえ」


ここでこうしていたって何も変わらない、それは分かってはいるんだがどうにも動く気になれない。


「覚醒系主人公なら頭痛と共に記憶の断片でも思い出すのになぁ」


ぐあぁ…とか言っちゃってさ、実際何にもなかったわけだけど。


結局自分が特別なわけでもなくよくわからんだけ。

入院してた覚えはあるな、ゲームの記憶に埋もれてるけど。やっぱり事故かなんかの後遺症なのか。

でもそれなら普通そうなったの知ってるよな?


…やめよっかこれ、ドツボにはまる。わっけわかんねえ。

何かもうどうでもいいわ、どうせゲームの中だしさ。後で考えればいいや。

疲れた。











「いや、それでいいのかよ。笑うわ」

「だって何かもう考えるの疲れたし分からんわけで、もうどうでもいいわってなるじゃんアゼルバイジャン」

「カスピ海ってさ文字で見るとカル〇ス思い出さない?」

「わかる、炭酸で割りたい。氷は要らんで最後薄くなる」

「鉄足りてんね。あっ、血の気多かったか」


誰か鉄分不足の氷食症だ。


「俺によるPK被害者第一号の誕生だな?ほら祝えよ」

「祝いと呪いって似てるよな。まぁそんだけ元気ならいいや、周りがとやかく言うことじゃないし」

「どっちもまじない要素だしね、対象の違いだけだ。まぁそういうこと、自分から言っといてなんだけど気にするだけ無駄だ」


聴いて欲しいが気にして欲しくない、めんどくさい自分。


「ほんで何しに来たん?暇なの?友達いないの?行くとこないの?」

「下請け業者が工程表通りに進めてるかチェックしに来たんだよ、不安全行動見つけたら是正勧告出すわ」

「指摘項目ないからって無理やりひねり出すの良くない、とてもよくない。まるで意味のない無駄な仕事が増えるぅ」

「上は見回りして指摘したっていうことが重要だからさ。そんで本題なんだけど次何しよっかなって、何か面白そうなのない?」


だらだらと息抜きというか話を聞いて茶化して貰いたかったのはある。それに加えて目的を見失ったというか手詰まりというか。


ネトゲとかでよくある状態だ。ログインしてるのにチャットでやる事がないとか言ってる状態。やることはあるんだ、アプデで追加されたストーリーだったり金策だったりレベリングだったり。でも何かやる気にならない、やりたくない。やりたいことがないってやつ。


今もレベリング、装備更新、マップ開拓、情報収集といくらだってやることはある。

自分なりのチャートが出来てないせいで目的が散らばり方向を見失ってるんだ。


「もうちょいしたらE2用の装備出来るから適当に買い物してきたら?どうせ装備新しくなったら殴りに行くでしょ脳筋だから」

「ここで装備の試運転してやろうか」

「鍛冶師が神父に勝てるわけないだろ!あ、何か勝てそうな気がしてきた」

「ハンマーで殴れば勝てそうよな、やっぱ物理って偉大だわ」

「物理演算おかしくないだけで何かもう神ゲー感ある」

「床だけ移動してキャラ落ちそう」

「まさに全てを破壊する最後の剣だったなぁ。そういやスレのアレ見た?都市の位置と近況報告」


周辺都市か。工業都市以外全く情報持ってないね。

山の先のアレは廃墟だからノーカンだろう。


「そんな攻略進んでんの?まじかー情弱じゃん俺」

「攻略サイトも何もないのに掲示板見ない時点で敗北者じゃん」

「乗らねえよ、目ぼしいのは?」

「西の王都がW3辺りじゃないかって予想、あと北西の城塞都市、北東の山岳都市、死に戻りの旧鉱山都市かな、これはどっかの誰かが凸ったせいで名前判明したけど」

「無難に行けば西攻めだよなぁ、東行くけど」


新しいところも楽しいけど、目の前に見えてる場所のほうを先に攻略したかったり。

何て言っても東の最前線だからね。

しかし、旧鉱山都市か。やっぱりもう都市機能は消失しててフィールドってことなんだろうな。


「知ってた。おっ、防毒装備出来たってさ。今から持ってくるってよ」

「いいタイミングじゃん、日ごろの行いがいいからなぁ。ところで旧鉱山都市ってか祈還の鉱墓の情報ってなんかないの?」

「ついさっきスレに上がってたね。フィールドに侵入することで情報がアンロックされるっぽい。ほれ、ここだ。S2ポータル出て直ぐ東にある薬品扱ってる店の爺ちゃんが語ってくれるらしい」

「へー、後で行ってこよっかな。ちょっと気になるし」


何となく、本当に何となくなんだけれども雰囲気が違う感じがして。

S1とS3にE1とマップを3つほど巡ってきたわけなんですけど、分かりやすく言えばイベント発生地点?そんな電波を受信してたり。


どんなゲームでもあるじゃんね?不自然に広くなってたりオブジェクトが鎮座してたり。

明らかにそうですって主張ではないんだけどもね。

無意識的に差を感じ取って言語化できない形で勘として処理されているみたいな?


「やっほー!持ってきたよー!レイズちゃんはおるかー!」


ドア壊す気かよって程の勢いと共に入ってきた一人の女性。

おそらくユニオンの別部門の人間なんだろう、顔合わせ模したことないし分からんけど。


「おー、君が噂の!色々話は聞いてるよー?顔色悪くなぁい?大丈夫?元気な誘う。あっ、そうだこれ、素材ありがとね、いい経験値入ったー!トレードでほいっ!」

「あ、はい」


押しが強い、話を聞かない、テンポがはやい。周りが落ち着いた人ばっかだから余計に感じる。

グイグイ来すぎだ、ちょっと引け、近いわ。


「大気中の有毒ガスを一定時間分解して無害化するマスクだよ!着けてから2時間くらいは効果あるんでよろしくー!それフィルターが例の植物繊維で作ってあるんだけどさー耐久とか訳アリでマスク毎使い捨てなるからね?おk?理解?把握?あんだーすたん?」

「了解、3セットで6時間程度って覚えておきます」

「よしよし!じゃあそういうことでヨロシクねー!バーイ」


ピューンとかいう効果音でも付きそうな勢いで帰って行ったな。

横目で見ながら顎でしゃくりエルフに説明を要求するぞよ。


「あれウチの細工のトップだよ、エリシアエルエムってPNね。物はきっちり作るしセンスもいいから安心してよ。そんでほい、ガントレットとグリーヴ」


トレード画面で受け取りそのまま装備する。

いいね、これ。その場でジャンプし腕を振り空を蹴る。


光沢のないマットな質感で光を吸い込むような色合いが美しい。

竜種の手足を思わせるガントレットは、指先まで完全に覆われており関節部の尖り具合がまた趣味がいい。厨二デザイン大好きだ。

グリーヴもまた防具と蹴りを両立するかのように尖り存分に効果を発揮してくれそうだ。

四肢の先端に心地よい重さを感じながら感触を確かめる。


現状では武器としての質量以上に重さを負荷として感じるが、それもまたいい。

この装備を生かすも殺すも自分次第で、負荷を感じなくなるころには成長してるってことだ。


ついでにマスクも装着し感触を確かめる。

システム的なアシストもあるのか結構な速さで首を振ってもずれる感じがしない。

しっかりと固定されている、それでいて息苦しさは感じない。

いい仕事してるよほんと。


確認し終えたらインベントリに戻し使用時可能時間の節約を。

では行きますか。やる気があって気が向いてる間に行動しとこう。


「じゃあまた後で」

「これが最後の言葉だった…」

「X年後…とかの字幕と主に口元だけ見えるカメラ割で映る方でよろしく」

「完全に悪ルート入ってんじゃん、元からか」

「人を見かけで判断するなって言われなかった?」

「ガスマスクに肘近くまである真っ黒なガントレットにひざ下グリーヴで真っ暗闇の中ポールアックス担いで襲い掛かってくるんでしょ?敵じゃん」

「敵だわそれ、しかもストーリーで結構な回数戦う奴じゃん絶対」

「後はマントと仮面か眼帯すれば完璧だな?完成したら香ばしいポーズ決めてよSS撮るからさ」

「ヴィランらしく一般市民ぽい鍛冶屋さん狩りますね。今度こそ行ってくる」

「いってらっさい、お土産よろしくー」


軽く手を上げながら工房を出てポータルへ。

工業都市へ向かい噂の爺さんに話を聞きに行きましょう。











祈還の鉱墓、旧鉱山都市。以前はキャベンディッシュ領と呼ばれていた。

かつては豊富な鉱物資源を算出する街として栄えており、工業都市など各種都市と交易路が整備されていた。


聡明な領主の元で街は発展を続け活気に満ち溢れていた。誰も終わりなど考えることもなく。

だが突如として幸福な時間は終わりを迎える。

今に思えばそれは破滅の足音であり終末の呼び声だったのだろう。


それはいつもと変わらない何の変哲もない一日。採掘の為に坑道で働いていた者が倒れた。それを見て助けに近寄った者も倒れた。

運び出された者達は目を覚ますこともなく。


幸いにも坑道で働く労働者や管理者には経験からもたらされた知識があり、早急に領主へと報告が挙げられることとなった。

鉱山都市の主要産業の要所で起きた事件だけに領主の対応は早く、すぐさま該当坑道及び内部で合流している関連坑道も封鎖される運びとなる。


事態を重く見た領主は該当坑道を含め全ての調査を命じ原因が特定されたのである。

王都から学者も呼ばれ様々な観点から精査した結果、無色無臭の非常に毒性の高いガが噴出しており、街の東にある死火山が未だ活動していることも判明することとなる。


事故のあった坑道は埋め立てられ各ルート毎に風魔法及び土魔法を使用可能な者が配備されることとなる。

鉱山都市という算出資源に依存する形態から様々な対策が取られたうえで採掘は再開した。

この時に山を離れていればと思うことになるとは露も思わず。


ある夜、街は終わることのない静寂に包まれる。

一条の光が空を流れた。それは赤く、朱く、紅く、黄色く、眩いほどの白き光。蒼き燐光を纏った光。

光に焼かれるような灼熱感と共に気温は上昇し真夏のような茹だる様な熱波に襲われる。


そして夜の闇を塗り潰した光は雲を突き抜け東へと走り…


―――世界は咆哮する。


衝撃、地を揺らし、空が撓み、赤に全てが染め上げられる。

山が震え紅く煮え滾り今にも零れだしそうな熱源が今か今かと号令を待つ。

そして遂には地上へと紅き神の怒りを顕現させ周囲一帯を飲み込んでいく。

暴れ狂う大地と天を叩く衝撃は人々に地を踏み締め立つことすらも許さずに。


空は赤く照らされ夜の闇に白い煙が立ち昇る。それは遠く王都からも見えたらしく様々な都市から調査団が派遣される運びとなった。


端的に言って街は滅びた。石造りの家々は崩れ住んでいた人間が口を開くことはない。

煙とガスに巻かれたのだろう、火の気はなかった。ポツリポツリと熱を帯びた噴石による焦げ跡が残る程度で。


神の怒りを買い滅んだ街、資源を盗み取った天罰。そのように囁かれ街へ近づく者はなし。

そうして人々の記憶から一つの街は消えていった。











やっぱり毒ガスじゃねえか!


話聞いた一発目の感想がこれだよ。悪質な初見殺しじゃねえか。しかもこれ住人の死体野晒じゃねえのか。そりゃアンデットだって山盛り発生するわ。


目的の店で適当にお買い上げしつつ爺さんに話を聞いたわけだが、これボス情報?

規模的に明らかに大規模レイドだよな。


爺さんに礼を言いながら店を出てポータル経由でE2手前へ。


流れ星?隕石モチーフのボスか?何にせよ絶対属性的に火だよなぁ、熱いの嫌い。


ともあれ今は目先の問題を。


フィールドは街跡地で市街地戦が予想される、遭遇戦かな。毒ガスが充満しているため対策がなければゲームオーバー一直線。

敵はアンデット、他は知らん。もしかしたら火に関するのも出てくるかもしれない。


マスクよし!、防具よし!武器よし!アイテムよし!


というわけでノープランで突っ込め。

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