6 一匹だからそういう

 風が肌を撫でるのが前よりもはっきりと分かる気がする。


 形……ではないな、流れか。そうだ流れだな、吹き抜けていく経路がとても繊細で澱みなく感じられる。


 同時にそれが吹き動かす草が擦れ合う音も、自分の呼吸音や皮鎧の音さえも大きく意識に流れ込んでくる。


 野性味あふれる香りは看破よりも先に存在を主張し――




野犬Lv4/動物

フィールドモンスター/アクティブ

適性:地上/属性:なし




 これはこれは識別さん早速仕事をしてくれているようで。

 いや、でも話では識別先生は姿見えないと使えないと聞いたが。


 ……まあいいか見えてるし、場所の目安になるし。それに感覚強化で前よりもっとわかる気がする。えぇ気がするだけですがね。


 では、いつも通り走りこんで蹴りこむように飛び込む。


 足にしっかりとした皮と筋肉と骨の感触、確かめるように調整するように、勢いのまま押し切る。


 そのまま槍を勘で突き出し刺さればもう見失うことはない。

 昨日までならこのまま捕まえて締めながら泥仕合コースだったが


「アクアバレット」


 水魔法の初期呪文で水の弾丸を生成し射出する。なかなかの勢いがあるのか大きな破裂音を伴い水のはじける音が複数回響く。合間に野犬の唸り声がいいアクセントに。


「ダークブラスト」「ウィンドニードル」


 静かな爆発音という奇妙でいてしっかりと耳に残る音、研ぎ澄ませるかのような音の流れ。

 それらも闇と風の初期呪文。



 見えないのが非常に残念です。こういうのはエフェクトも含めて楽しむものだしね。

 夜に戦ってる自分が悪いんだけどさ。


 逸れかけた思考を槍から伝わる抵抗が引き戻す。

 伝わる感触がこちらに肉薄しようと暴れる姿をありありと伝えてくる。



「HAHAHA悪いね、こういうのも用意してきたんだ」



 蹴る。スキルによってサポートされた脚力で肉を骨を蹴りぬく。それでいて槍が抜けないように。

 刃をねじ込みながら蹴って魔法蹴って魔法魔法蹴って蹴って魔法魔法魔法蹴って蹴って蹴って蹴って蹴り倒す。



「ノーダメージクリア!完全勝利だ!」



 この戦法いいと思います。ではでは先へ進みましょう。明日のご飯のためにも。


 









 野犬先生のレベルがどんどん上がってきております。さっき倒したのに至ってはLv9という高レベル。素晴らしく格上です、本当にありがとうございます。


 経験値がとてもおいしい。ずっとこの調子なら今晩でレベルも二桁行けそうな勢いだ。


 上手くいってる時程人は違和感を覚えない物で、マップを見ればえらく遠いところまで来ております。足から伝わる感触も草の茂りが深くなっていることを伝えてくる。


「もしかして迷い込んじゃったかな?」


 低い唸り声の方へ視線を向ければこの通り



 一匹狼Lv10/動物

 フィールドモンスター/アクティブ

 適性:地上/属性:なし



 犬と狼って大して違わないっていうけど文字の迫力が違うんだよなあ。あとレベル。


 逃げられ…はしないだろうな、めちゃくちゃ唸ってますがな。HPは満タン、MPとスタミナゲージは7割程。


「突撃」


 考えてもわかりません、真っ暗な中で何をどうしろというんだ。

 

 槍をグサッと突き刺さ…らない!


 一拍置いて衝撃、地面に引き倒される。

 クッソ痛いな、左脇腹に突っ込まれたか。


 とっさに頭と首を庇う様に腕を上げれば左腕に噛みつかれる。


「よーしよし捕まえたぞもう逃がさねえからな」


 予定とは変わってしまったがこの距離なら外さない。HPも3割程持っていかれたが必要経費だ。


 足で胴体を挟み込み首へ槍を突き込む。

 刺さったのを確認すれば槍を手放して鼻先を殴る。打撃先生の出番です。


 合間に


「アクアオーラ」


 と水魔法のLv2呪文を唱えればステータスにアイコンが表示されHotが乗る。


「悪いね、泥仕合は得意なんだわ。落とされる前に落としきってやるからな」


 バリバリと爪を立て牙で持って抵抗を示してくるが回復量とMP消費量、削られるHPを見れば思わずにやけてしまう。野犬の鎧結構いい仕事してくれんじゃん。


「ダークオーラ」「ウィンドオーラ」


 重ねて闇と風のLv2で取得した回復呪文。単体回復と回復+Hotと属性によって差が出ているな。


 突き刺さった槍と顔面殴打、HPに余裕ができれば魔法も攻撃に回せる。


 さあ、削り合いしようぜ。




ヤギリ

人間・男 Lv9/侍祭 Lv9

スキル

『浄化Lv1』『槍Lv7』『打撃Lv5』『腕力強化Lv7』『脚力強化Lv5』『感覚強化Lv5』『マッピングLv4』『看破Lv4』『識別Lv3』

魔法

『水魔法Lv3』『風魔法Lv3』『闇魔法Lv3』




 狼おいしすぎか?昼間にスキル買い漁って以来の確認だがここまで上昇してるとは。やはり夜間での格上連戦は相当に経験値効率がいいようで。


 現在でスキル総数12個。単純に考えれば初期の半分以下の成長スピードになっているはずなのだが、それだけ効率がいいと思うことにしよう。


 浄化だけ一切上がってないのは一回も使ってないからかな?でも出番ないんだよなぁ。簡易説明文的にもさ。


 それよりも調子よくやってる時程都合よく考えてしまいがちだ。ちょっと冷静になることを心掛けて狼狩り続けましょうか。


 誰も助けてくれる人なんていないしね。寂しくなんかない。






《称号【暗闇に潜む者】を所得しました》


《取得可能スキルに『暗視』が追加されました》


《取得可能スキルに『潜伏』が追加されました》


《取得可能スキルに『ハイドアタック』が追加されました》


 アナウンス多いね。一気に来すぎてちょっとびびる。流石に順番に確認しましょうか。


【暗闇に潜む者】は一定照度以下での行動時に補正がかかる。


『暗視』はそのまんま、取得したらようやく見えるようになりましたっと。


『潜伏』は敵に発見されにくくなる。存在感を消すものらしい。


『ハイドアタック』補足されていない状態でのみ有効、所謂奇襲。


 全部取得しちゃいましょう。どれも有能そうだしね。


 特に暗視は皆が待ち望んでいたスキル。いつまでたっても取得可能にならないからそういうものかと思ってたけど称号に紐づけだったとは。


 ようやく視界が効くようになったところで周囲を見渡してみる。

 それに伴い今までは現在地すらも怪しかったマップが一気に更新されていく。

 どうやら現在地、フィールド奥近くまで来たみたいです。


 感覚強化と夜間行動による補正に暗視で結構遠くまで見える。なんでそんな言うかと言えば前方、狼の群れです。見える感じ5匹。うん、無理げー。

ってか一匹狼とは。複数いたらそれはもうただの狼の群れじゃないの。


 撤収!潜伏も使うよ!さあ走れ走れ静かに走れ、見つかったら終わりだぜ?











 教会広場なう。デスペナなう。囲まれてぼっこぼこ、狼怖い。


 まさか嗅覚で既に補足されてるとはね、そこまでリアルに作らんでもいいでしょうに。潜伏不発で普通に走って追いつかれました。


 よってたかっていじめられてる時に思ったのが槍以外にも武器欲しいなって。

 正確に言えば重くて一撃で頭カチ割れるような奴。


 …手斧とか鎚とかかな?近距離で取り回しよさそうなのは。


 槍も悪くないし上手く扱えれば近距離でも対応できるんだろうが今の自分では無理だ。棒術とか杖術みたいなの取得すればもうちょっと補正で扱えるのかな。


 とりあえず出来ることやりましょうか、素材渡したりポーション買ったりいろいろと。











「ハハハハハ、そんでいじめられて帰ってきたのかアンタは」

「本気で怖かったんだけどな?格上に囲まれて食われるんだからさ。見えないのも見えない恐怖があったが見えるとそれはそれで怖いっていうね」

「それだよそれ、暗視。ちゃんと存在するなら攻略組も取得に躍起になるだろうな。なんせ今まで活動は昼間限定だったんだぜ?単純計算で活動可能時間が倍になるわけだ。取りに行かない理由はないだろ」


 暗視なぁ、おそらくは称号を取得したことで取得可能になったんだろう。称号も御誂え向けに【暗闇に潜む者】だもんな。


 ただ取得条件がはっきりしない。ずっと暗闇状態で戦っていたのとLv10なことくらいか。


 戦闘数なのか戦闘時間なのか到達レベルなのか戦闘方法なのか戦闘状況なのか。


 思い当たる条件はいくつかあれどどれもが確信を持てる内容ではない。


「称号の取得条件がはっきりしないんだよ。それにさ今まで夜しか戦闘してこなかったんだそれが条件だって言われても今からじゃほとんどの人間が無理だろ?絶対荒れるぜ」


 そう荒れる。こんな自分でもわかってしまうほどに暗視は可能性を秘めている。ログアウト不可能で端すらつかませないクリア条件。


 それでもレベルを上げて強くなるのが必須なのは誰だってわかるだろう。


 そのための必須に近いスキルがlv1から夜間戦闘のみでレベリングするとかだったらもう大半は取れないのだ。


「それがわかってるから相談しに来たんだろ?俺としては存在だけでも公開して思いつく限りの前提条件あげて終わりでいいと思うけどな。まあ多少は夜に張り込んだり特定しようとするやつ出てくるだろうけどさ。内部掲示板ででも流せばいいんじゃないか?検証スレッド立ってたはずだしさ」


 掲示板あるのは知ってる。見たことない書きこんだことない。


 外部との接続が立たれている以上この狭い世界で生きるためには確かに必要になるんだろうけど。


 あんまりいいイメージないよなあ、ゲーム関連じゃ特にさ。


 ともかく情報すべてをレイズから入手するってのは無理なわけでどこかで自分も網を作らないといけないわけだ。


 ならいっそ飛び込んでみるのも一興か。


「夜でも戦う方法あるってのだけは書いとこうかな。うん、そうする。それでこの話題は終わりにしよう。これとは別に相談と注文があってね聞いてくれるかな」

「おk、なんでも言ってみなよ、これでも生産関係じゃ結構先頭のほう走ってる自信はあるんだ」

「懐に入られたとき用に取り回しやすくて重量のある簡単な武器がほしい。あと槍見たいな長物の武器を扱うのに補正がかかりそうなスキルが知りたい」

「長物スキルなら無難に杖術、棒術、鎌があるね、どれもこの町で買えたはずだよ。それ以外で使えそうなのは精密動作、触覚強化、把持、身体強化かな?」


 なるほど、似たような物や動作に関係するものは補正が乗るのか。


 補正が乗るならできうる限りスキルは取得したいな。武器なんて振り回したことないんだからシステムがアシストしてくれるなら使わない手はないだろう。


 懸念は経験値分配。


 今のところはまだいい感じでレベルは上がり続けているがこれ以上スキル数増やすとレベリング速度が低下しそうだな。


「お、あったあった。さっき言ってた前線組の前衛スキル構成とかだけど。大体はメイン武器1に関連補助技能3つ前後それ以外の識別だとか跳躍とかの補助技能も3つくらい」

「…案外少ないんね」

「そこからは結構ばらけるけどサブで武器やら格闘スキルやら魔法って感じだね。人によったら連戦性能上げるために生産技能とか入れてる人もいるよ」

「生産技能か、耐久回復させたりか、PTなら一人いれば便利そうだね」

「そうそう。そんで総数で言えば10個位って感じだね。β版では種族と職業レベルを上げてステータスを上げる方式がよかったみたいだからそれを引き継いでる感じかな」

「もう既に10個余裕で超えちゃってるんだけどスキル数。それでも結構上がるよ?テーブルゆるくなった?」

「はっはっはっ言いよるは此奴、あんたソロで夜に格上相手に連戦し続けてんだそりゃ美味いに決まってんでしょ。テーブル以前の話だよ」

「スキル増やそうっかな。話聞いたら欲しいスキル増えちゃった」

「今いくつよ」

「15、内魔法3」

「スキル取得しすぎ問題」

「なおまだまだ増える模様」

「経験値分配に真っ向から喧嘩打っていくスタイル嫌いじゃない」

「目指せコンプリート、憧れのスキルマスターに絶対なってやる」

「戦わせるより戦ったほうが強いんだよなあ、あいつ」

「そんで近接おすすめは?」

「メイス、手斧、ダガーとかどうよ」

「手斧とメイスで迷うね」

「…ならいっそ全部くっつけちゃうか?」

「槍も?」

「槍も」

「どうなんよそれ」

「いわゆるハルバードやポールアックスってやつだな、漢字で書くなら長柄武器ってやつ。対応スキルは今のところ無いから、最大限に補正がかからないいだけで武器としては使えるはずだぞ」

「欲張りセットかよ、全部くっつけましたとか劇場版かな?」

「リーチは力、重さも力、突斬打を選べるのも力、力こそパワーなわけでそうなるのは当然QED」

「でもいいじゃんねそれ、作ってよ頑張って練習するからさ」

「おっけー承りーとりあえず作ってみるからさ、素材置いてけ」

「妖怪素材置いてけ」

「金を要求しない優しさなんだよなあ」

「んじゃあよろしく、スキル買ってくんね」

「じゃあまたあとでな」

「あとで」




 スキル増えすぎて見にくくなってきたな。これ何とかならないの?

 種類毎に分割とかさ…あ、できた。




ヤギリ

人間・男 Lv10/侍祭 Lv10

戦闘スキル

『槍Lv8』『斧Lv1』『メイスLv1』『棒Lv1』『打撃Lv7』『ハイドアタックLv2』

補助スキル

『腕力強化Lv8』『脚力強化Lv6』『身体強化Lv1』『視覚強化Lv1』『聴覚強化Lv1』『触覚強化Lv1』『感覚強化Lv6』『精密動作Lv1』『把持lv1』『潜伏Lv2』

汎用スキル

『浄化Lv1』『『マッピングLv6』『看破Lv5』『識別Lv4』『暗視Lv2』

魔法

『火魔法Lv1』『水魔法Lv4』『風魔法Lv4』『闇魔法Lv4』




 スキル総数25個。平均の訳2.5倍の取得数。

 行動可能時間は睡眠を計算に入れなければ約2倍。足し引きちょっとマイナス。


 さあ外付け強化パーツ祭りと行こうじゃないの。










 斧とメイス買うの忘れてました。てへっ。


 門の外にはぎりぎり出てないからセーフ。ついでにお金もちょっと足りなかったけど不要な素材売ったら足りた。I get KOTONAKI!

 どうせレイズが全部乗せ作ってくれてるし初心者装備でいいのです。耐久値無限だしさ。


 そして朝です。新しい朝です。ええそうですね明るい状態で街の外とか初めて出ますよ。

 あー青空が眩しい、遮るものが何もない。見渡す限りの青、いいと思います。

 今まで夜専門だったもんでね。



 ワイルドラビットLv2/動物

 フィールドモンスター/戦闘態勢

 適性:地上/属性:なし



 一歩外に踏み出した瞬間ノンアクティブだったのが一斉にこっち向きましたよ。

 なんだこれ、怖い怖い。赤い瞳がこちらを見つめている。眼幕だ。

 え、ほんとどうなってんだこれ。ウサギってこうなの?怖すぎない?


 タンタンとスタンピングが伝播していく。喉を鳴らすような鳴き声が合唱となり明確な敵意となり圧を持って襲ってくる。


 走り込み接近したところで歯をむき出しにし飛び掛かってくる。それを一歩後ろに下がりながら半身になって躱す。

 って速いな。ウサギ舐めてました。Lv2なのも舐めてました。


ちゃんと動きに注意してみてれば防御でも回避でも迎撃でも出来るだろう。なんというか流石初心者用というのか。


 そんな風に思考で意識が内に向くがウサギには関係なく次々に飛び掛かってくる。


 補助スキル結構効果あんね、リアルじゃ絶対こんなの躱せないもん。レベル低くても数ありゃ変わるか。


 スキルの恩恵を感じつつふらふらと場当たり的に躱しつつ武器を出す。

 ジャーン初心者の片手斧 with 初心者のメイスです。それをウサちゃんが飛んでくるタイミングに合わせて…振り下ろすッ!


「結構難しいねこれ、コンパクトだけどそれなりに重いからワンテンポ遅れるじゃん」


 きれいな素振りを披露したところで構え直す。


 まあ二刀流とかアホなことしてる以上誰にも文句は言えないわな。とりあえず今は数練習しましょ。


 斧振り下ろしてメイス振り回しー振り上げてー振り回しー得物の重さに引っ張られるように遠心力を感じ流れに任せる。動きを止めてしまうとダメだなこれは、次が続けられねえ。


 運動エネルギーを殺さずベクトルを少しだけ変えてやる、速さを威力に変換するように叩きつける。


 ちょっとだけ楽しくなってきたぞ。


 手からすっぽ抜けそうになるのを堪えギアを上げるように叩きつけるまでの時間を詰めていく。

 動きを止めず回転数を上げ衝動にに身を任せ流されていけば


「ウサギの屠殺場の完成だ」


 重量に任せてぶん殴る武器楽しいです。


《取得可能スキルに『二刀流』が追加されました》


 キラキラと青白いエフェクトをまき散らしながらポリゴンへと変化し消失していく経験値たち。


 まるで祝ってくれてるみたいだな。壮観壮観。


 肉を打ち骨を砕く感触残る腕でウィンドウを開き『二刀流』を取得する。


 えーっと、武器の取り回しと姿勢制御に補正、複数武器度維持使用時の与ダメ減少ペナの解除。


 ダメージ減少なんてあったのかよ。レベル差ありすぎて全くわかんなかったし。

 2発当たれば確定、頭とか急所扱いになるところにうまく当てれば確1。

 そんなのでなにがわかるっての。

 

 しかしやっぱりスキル増やしすぎたかね。ウサギの山作っても種族と職業微動だにしてないし。


「またエリア奥行ってみっか」


 ちょっと上手くいくとすぐに調子に乗る。少し前に痛い目を見たのにも拘らずだ。自分でもわかってはいるがどうにもこればっかりは抑えられない。


 でも楽しいじゃん?仕方ねえよなあ?

 

 ウキウキで視線を上げれば遮蔽物の無い遥か先まで見えるフィールド。

 基本的に街の南門を出てひたすらに踏み固められたむき出しの土の街道が続いている。

 今だってそこを進みながら脇に逸れウサギと戯れていたし。


 今更ながらこのフィールドはとても広い。VRで大人数が暴れまわることを考えれば1kmや2kmじゃ足りないのは明白だが、目測でも既に街まで10km以上あるように思う。


 そんな距離を歩いたつもりはなかったが没頭していると分からないもんだなって。


 視界を遮るものなんてほとんどなく土と背丈の低い草があたり一面を覆いつくしている。


 ちらほらと木が生えているのは見受けられるが数は少なく狩りをしているプレイヤーの数十分の一もないだろう。


 なんせプレイヤーは南門からでたフィールドしか出入りできない。

 聞いた話に加え自分で確かめたから間違いはないだろう。


 門を出て進もうとすれば不可視の壁のような物に接触し戻される。

 まるでここから先はまだ未開放だと言わんばかりにシステム的に阻まれる。


 南門から出た先、街道平原のボスを倒すことが東西北エリアのアンロック条件だと思われる。いや案外トリガー見逃してシナリオ進めてないだけの可能性もあるな。


 とにかく今は皆ここに来ているわkッ


 「いってぇええっ」


 後頭部に強烈な衝撃を受けぶれる視界の中でたたらを踏む。ふらつく意識を繋ぎ留めながら強化された五感達で原因を探す。


 振り返ったそこには何もおらず代わりに一枚の大きな羽が


「上かッ」


 アサルトカイトLv5/動物

 フィールドモンスター/交戦中

 適性:空中/属性:なし

 スキル:飛行/強襲/???


 見える情報増えてんじゃん。


 いや今はそれはいい、翼を広げて空を飛ぶ姿は猛々しく洗練されたデザインと相まって美しくすらある。

 

 「でっけえな1.5mくらいあんじゃん。何であんなのに気が付かなかったんだ」


 しかしこれどっかの空の王者を彷彿とさせ降りてくるまで見ているだけしかできないな。


 遠距離攻撃といっても魔法じゃ届かない高さだ。

 あぁ空から攻撃してくる奴は嫌いだ、どいつもこいつも。


 あ、でもこれいけんじゃね?物は試しで上手くいけば儲けもの。


「ダウンバースト」


 風のLv3魔法、強烈な下降気流を生み出し大地に吹き付ける魔法。


 範囲は狭くても魔法の仕様上縦には結構な判定があるようで鳶もいい感じに飲まれて落ちてきましたね。


 「同時アタックとカウンターで4倍攻撃だ」


 身体ごと回転させ斧とメイスを勢いのままタイミングよく鳶にぶつけてやれば一撃でポリゴンと化す。


 あ、厳密には二撃だわ。


 しかしLv3魔法結構いいね。濃霧、薄闇、下降気流、熱空間、どれも使いこなせればいい手札になりそうだ。

 ちょっと色々使い勝手確かめねえとなあ。


 何考えてたんだっけ?あぁそうだフィールドの話。

 エリア奥にって話だな。行けるとこまでまっすぐ行きましょうかね。


 街道平原街近くはウサギ、少し離れると鳶と犬。あと数は少ないが馬。


 馬は強い、魔法よく効く、俺殴る。

 両手に武器で魔法が4種、手数は槍の6倍だぜHAHAHA。


 頭悪いことしながら進むと大きな蟻やら牛も出てきましたね。それ以外にはMob見ないしいてもレアかトリガー付きか。

 

 まあいいや殴ろう殴れば倒せるスキルが上がってレベルが上がる。


 だいぶ慣れてきたなこのスタイルにもさ、上がらない種族職業レベルを見ながらスキル上げ。

 これはこれで楽しいな?


 そんなこんなで進んでいけば


 Q.目の前に狼っぽい感じのマークが表示されております。これなーんだ?


 A.ボスエリア


 テローンっと軽いキャッチ―な音が鳴る。

 ん?なんだこれ電話か?着信元がレイズ。


『あー着信に気を取られて死んだわーつれ―わー』

『クソ雑魚かな?あ、夜行性の引きこもりだから日光弱点だったかすまん』

『吸血鬼かな?残念ながらデイウォーカーですわ』

『銀の杭用意して待ってるわ。今取り込み中?』

『いんや、野生動物撲殺しながら散歩してるだけよ』

『愛護団体から抗議の電話来そうだな。今から戻ってきたり出来る?』

『なんかあんの?急ぎならプチっとつぶされてくるけど』

『急ぎってほどではないけど早いほうがいいかな?簡単に言うと攻略のお誘いってやつだ』

『――ほぅ、面白そうだけどなんでまた俺に?ソロだしもっと強いやついっぱいいるだろ?』

『夜にソロ狩りレベリングしてるアホだから声かけてんの。戻れるならよろしく』

『あいよ戻んね。尋問でもされんのかねえ』


 おっし行きますか。ボス戦。


 攻略会議なんだからさ、ボスくらい見てから行かないと話噛み合わないだろうからね。

 雑魚に無抵抗で殴られるよりは早そうだ。


 レッツゴージャ〇ティーン!!



 フィールド境界線を超え、インスタンスエリアへと足を踏み入れる。

 独特の不安定感を与える堺を抜ければ、そこは一回り広くなった街道だ。


 脇に多少気が生えてる程度で、地形的な差はほとんどなく、中央に人の背丈ほどの岩があるのみ。


 そして黒く黒くどこまでも深く、星彩のような瞳以外夜に溶けてしまいそうな彼がいた。

 岩の上から見下ろしてくる姿はなるほど、この平原の王者と言っても差し支えないだろう。


 太く大地を掴み駆ける四肢は現時点でのプレイヤーなど一撃で斬り裂く確信を与えてくる。


「もし、もしボスが弱いやつで死に戻るのに時間かかりそうだったらって心配してたんだよ。これは心配いらねえな?」


 あぁ未知との遭遇は楽しい。心が躍る。


 もっとじっくり見ていたいが今はお暇しよう。仕掛ければ向こうも戦闘状態へ移行するだろう。


 死にさらせコラァッ!


 飛び掛かり見え見えの噛みつきを避けずに斧を叩きつけ、る前に首をかみちぎられ地に落ちる。

 リスポーンまでの僅かな時間、どうでもいいことがふと頭を過る。


 ……そういや集合場所聞いてねえわ。


 そんな思考と共に暗転する視界の端、捉えた姿を強く記憶に焼き付ける。

 次は絶対狩り潰してやる。











 あの後場所聞き直して指定されたお店まで来ましたよっと。

 扉を開け取り付けられたベルが鳴れば、渋い男性が声をかけてくる。


 「いらっしゃい。一人かい?」


 落ち着いた雰囲気の店内を見渡しても誰もいない。並べられたテーブルとイスだけだ。

 ここまで人がいないとやっていけるのか心配になってしまう。


 「いや、待ち合わせなんですけどね。レイズってひげもじゃ着てません?」

 「アンタ名前は?」

 「ヤギリ」

 「こっちの部屋だよ」


 目線で促され歩き出した店長っぽい人の後ろへ続く。入り口からは四角になってるところに扉があんのね。


 年季の入った扉を無遠慮に拳でノックし開け放てば、小さめの会議室のような雰囲気で見知った顔がちらほらと。


 店長っぽい、いやもう店長でいいや俺の中では店長だ決定。店長は俺関さずとカウンターの内側に戻っていく。


 「悪いね呼び出しちゃってとりあえず空いてるとこ座ってよ」


 レイズに促されて円卓の席へ腰かける。

 1,2,3…自分含めて13人か。裏切者でそうな数字だなおい。


 「では揃ったようなので始めさせてもらいますね。まずは軽く自己紹介ということで如何でしょう?私はLR解放機関、相互協力会の会長です。プレイヤーネームが会長です。どうぞよろしく」

 「同じく協力会の八重です。よろしくお願いします」


 ニコニコと柔らかい表情を浮かべた人のよさそうな会長と真面目そうな黒髪エルフ八重。


 というか俺何でこんなとこ呼ばれてんの?一介のライトちゃんだぞ。βすら参加してないし攻略サイトだのも見たことなく、適当に気分で進めているだけ。


 「CUの鍛冶部門レイズだよ。よろしくー」

 「同じくCUの皮。エルドル」

 「CU木工のニガキでっす。よろしくね」


 状況わかってないの俺だけっぽいねえ。頭の上にクエスチョンマーク並べてる中どんどん進んでいきやがる畜生。誰か説明してくれよまじでさあ。


 あとCUって何?組織名かなんかなのはわかるよ。はしょるなよわからねえ奴いるんだよここに。


 C…クラフターでUってなんだ。部門で別れてるから…ははーんピーンと来ましたわよ?ユニオンとかユナイテッドとかだろ。天才かな?名探偵もびっくりですわ。


 「アーカイヴのカタリナよ。βとやってることは変わらないわ。出られるまではよろしくお願いするわ」

 「アーカイヴの戦闘系シェヴァだ。情報よろしくな」

 「あ、私か。生産系のつくもですよ。何卒御贔屓に」

 「設定考察のケーニッヒじゃ。仲良くやろうじゃないか]


 金髪ロングのかっこいいお姉さま系の人間、強面の巨漢はグレーがかってるし人間ではないな。それからちっこいライトグリーンなエルフとRPはいったドワーフじいちゃん。


 うーんそろそろ名前が覚えきれなくなってきたぞ?既に生産職組忘れたし。


 攻略組?生産組合と来て検証班か。こんな状況じゃ出来ることは限られそうだが大切だよな。情報の恩恵にあずかる事とかなさそうだけどさ。ボッチだしー掲示板見ないしー。


 そんなこと考えてたら自分の番かよ。何人か聞き逃したわ。いつの間にそこの人達終わったんだよ、大トリじゃねえか。


 何しゃべればいいんだこれは。どこにも所属してねええし…もう適当でいっか。


 「ソロで夜にぶらついてます。ヤギリです。そこの偽ドワーフに呼ばれてきました。どういう集まりなのかすらわかってませんがよろしく」


 皆からの困惑の入り混じった視線が突き刺さるな?やだ、おにいさんゾクゾクしちゃう。冷や汗的な意味でな?


 もうどうするんだよこの空気。


 中には勝手に理解して勝手に納得した奴もいるみたいだけどさ。


 「ヤギリさん、アンタ今Lvいくつだ?」


 レイズの助け舟が来たな。助かる、とても助かる。このままいい感じに目的の話題まで乗せて行ってくれ。


 「今10でゲージ@1割で11なる」


 何やら俺のレベルが想像以上に高くて驚いてらっしゃるようで。聞いてた話じゃ夜ソロは相当に効率がいいらしい。おそらくまだ二桁に到達してないんだろう。

 ちょっと優越感。


 「狼系Mobとの戦闘経験は?」

 「そこそこ、メイン武器さえあれば対1なら負けない」

 「ボスと戦ったことは?」

 「ついさっきだね、死に戻るために首食いちぎられてきた」

 「笑うわそんなん」


 レイズ大爆笑である。


 「ヤギリさんは単独で夜間に行動し狼の相手が出来るんですね?」

 「雑魚ならば、ボスは厳しいですね。動き自体よく見てないもので判断のつけようがないです」

 「では話は決まりです。ヤギリさんボス攻略しませんか?合計4PTによるレイドPTです」

 「へぇ……面白そうですね?それ」

 「ふふふ。興味持ってもらえたようで幸いですよ」


 わかりやすく笑う会長。なかなかどうして面白い。

 真剣な表情で真剣な声で笑う。妙にチグハグだな?それがまた面白い。


 「協力会さんとそちらのお二方のPTとアーカイヴさんとこで4PTって認識でいいんですかねこれ?で、自分がどっかに入る感じかな」

 「近いですね。私達で1PT。御二人…LoFLと朱界の2PTに加えアーカイブ2人とヤギリさんにカササギさんと今回は出席していない2人を加えたPTで合計4PTです」

 「それはまた寄せ集めたような。でも正直レベルは飾りじゃないですか?なんで呼ばれたんですか?」

 「決まってますよ、夜に戦えて一人でも戦える人が欲しかったからです」


 やっぱりそうなのか、ボス戦は強制的に夜に固定される。

 夕方に突入して夜になってたのには驚いたもんな。


 「ってことはみなさんボス戦経験済みで?」

 「はい、私達……CUとアーカイヴの生産系以外の人間はボスに挑み敗北しています」


 ひゅー苦虫噛みつぶしたような顔になってんねみんな。


 「単純な話で夜間戦闘でも灯りさえあればボス単体なら勝てます。しかし夜間戦闘かつ雑魚という形に現状対処ができません。おそらくレベリングで対処しようとするなら推奨はLv15~20程度かと。あくまでβでの感覚を元にしたものですが。なので今回レイドチームでさらに遊撃として声をかけさせていただきました。」


 雑魚沸きさせんのかよあいつ。


 「本来ならば焦らずゲームデザインに沿っていけばいいだけです。しかしプレイ環境という前提が崩れている現状です。悪趣味なデスゲームにしても人の体が飲まず食わずでどこまで持つかという問題もあります。ならばギリギリ間に合いそな範囲のコンテンツで節目となるならボスの撃破ではないか、そう考え一縷の望みに縋る訳です」

 「私たちは無事に帰りたいんですよ現実に。どうか力を貸してください」











 結局そのまま話は進んで、全体の役割分担だとかPTの構成だとかを摺合せを行い、明日の9時に街を出てボスエリアへ向かうこととなった。


 「最後完全に面食らってたね?あの顔どうやってんの?思わず笑いかけた」

 「エルフでひげもじゃ再現のほうがどうやてんだよ。そっちのほうが理解に苦しむわ」


 解散後レイズと街を歩きながら会議での話を交わす。


 「それよりさ俺そんな変な表情してた?自分じゃわからないからさ」


 自分のことって自分じゃ結構わからないもんだしね。人から観測されて初めて判明するくらいには。


 「してたねえ、見たことないくらい変な顔してたよ。…もしかしてさアンタ帰りたくない?」

 「そう、かもしれない」

 「煮え切らんね?」

 「自分でもわかんねえんだ。けどわかることもある。別に現実が嫌なわけじゃない。ただずっとゲームの中で過ごせたらとか一度は誰でも思うだろ?それにさ俺は特別でもなんでもない。でもこうして何らかのトラブルに巻き込まれゲームに幽閉されている。そこに普通との違いを見出して優越感や特別勘といった欲求に浸かっているのかもしれない。この機を逃せばまたいつも通りのありふれた生活だ。だからかなこの状況から帰りたくない。あぁそういうことかこれは、話してたら考えがまとまってきた。何物にも成れない俺が受動的とはいえその他大勢がいるとはいえ前代未聞のトラブルに巻き込まれ当事者となった。この状況に期待してるんだ俺は」

 「……アンタ今めっちゃいい笑顔してるよ」


 夜が明ける。ボス攻略までもう少し。

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