第2話 いざ異世界!
「かなり深いな」
階段は思ったより長く続いていた。
俺は慎重に時間をかけて降りていく。
やがて最深に到達すると、そこにはなんの変哲もない木製の扉が一枚あった。
「……開けていいんだよな?」
恐る恐るゆっくり開ける。
「……へ?」
そこは埃っぽい六畳程の空間だった。
正確に云えば正方形の部屋。
家具などは配置されておらず、人の気配も生活感もまるでない。
陽当りは最悪、というかこの部屋にはそもそも窓が存在しない。
今しがた潜ってきた扉と似たような扉が反対側の壁に設置されているだけの空間。
「ここは家か?」
しかし、誰の家だ?
勝手に入って不法侵入にならないのだろうか。職歴なしニートの空き巣とか、報道されたらマジで一生町内を歩けない。親からも流石に勘当を言い渡されるだろう。
「ま、異世界だから関係ないか」
とにかく此処を出ないことには状況が分からないので、俺は部屋を出ることにした。
「……なるほど、ここは二階か」
やはり此処は空き家のようだ。
理由は依然不明だが、俺の部屋の押し入れは異世界の空き家と繋がってしまったぽい。
やたらと軋む階段を降りて一階に行く。
狭くはないが、決して広い家というわけでもないようだ。それにやはり埃っぽいな。
部屋はリビングと居間。
それに台所があるだけ、しかも竈だ。
「流石に異世界にIHは無いらしい。おっと、風呂無しときたか」
ひょっとしたらこちらの世界には風呂に入る習慣がないのかもしれない。あるいはお屋敷とかにしかないのかも。トイレに至ってはおまるが一つ置かれているだけだった。
「あとはこの怪しさしかない宝箱か」
リビングの中央にこれ見よがしに置かれた木製の宝箱、どこからどう見ても怪しすぎる。これではまるで俺に取ってくださいと言っているようなものではないか。
「誰が置いたんだろ? 開けていいのかな?」
まさか開けた瞬間にモンスターでしたとかいうオチじゃないだろうな。とあるゲームでは宝箱型のモンスターは有名なのだ。
俺は盾(鍋の蓋)と包丁を構えながら息を止め、気配を押し殺すように差し足忍び足で宝箱へと歩み寄る。適度に距離を保ちながら、盾を突きだして蹴り上げるように宝箱を開ける。
「――――」
宝箱が開くと同時にタッ! と後方にジャンプ、素早く姿勢を低くして盾を前方に突きだす。
うむ、完璧だ。
もしも計算違いがあったとするならば、それは思ったよりも後ろに跳ばなかったということくらいだ。
「……」
どうやら宝箱がモンスターになることも、爆発することもなさそうだな。
「ふぅー」
難しい爆弾処理を終えた処理班のように額の汗を拭い、俺は宝箱の中を覗き込む。
「なんだこれ?」
宝箱の中には紙切れが一枚と、黒いナイフが一本だけ入っていた。
【大空蒼炎様へ。お詫びとご報告。親を強制的に異世界に持って行くことは不可能でしたので、今回は二世帯住宅という方法を取らせて頂きました。お詫びにこちらのアイテムをお受け取りください】
「……は?」
誰が用意したものかは不明だが、メモには刃渡り30cm程の黒いナイフが入っていた。
俺へのお詫びだそうだ。
「つーか二世帯住宅ってなんだよ! まさかとは思うけど押し入れの階段のことじゃねぇだろうな」
いや、もしかしなくても絶対にそうだ。
「はぁ……マジかよ」
まぁもうこの際なんでもいいのだが、貰えるものは貰っておこうと俺は包丁とナイフを交換する。
んっで試しにその場で振ってみる。
「おっ! なんか意外としっくりくるな、これ」
黒いナイフは思った以上に手に馴染んでいる。それに心做しか体が軽い。
「うわぁ!? マジかよ!」
調子に乗ってアクション俳優の真似事をしながら後方にジャンプすると、先程とは比べものにならないくらいに跳んだ。まるで見えない羽でふわっと飛んだみたいに。
「ひょっとしてこのナイフって結構なお宝なんじゃないのか!」
こちらの世界の武器を装備することにより、パラメータのようなものが上昇するのかもしれない。
ゲームなどでは武器によってキャラクターのパラメータが大きく変動することは常識だ。
もちろんこれはゲームではなくリアルなのだけれど、異世界なのだからそういうことは十二分に考えられる。
「ステータスオープン!」
しーん……。
もしかしたらと思ったのだが、ステータスが表示されることはなかった。
ちょっと恥ずかしい。
誰にも見られていなくて良かったと、俺は心から安堵した。
「にしても騒がしいな」
祭りでもやっているのだろうか?
先程から賑やかな声が外から響いてくるのだ。
「異世界にもだんじり祭があるのか?」
俺は慎重に玄関扉を開けて外の様子をうかがう。
「誰もいない」
俺の部屋の押し入れに繋がるこの空き家は、ゲームなどでは始まりの村、そう呼ばれそうなほど質素な村の外れに位置してある。
村から程近い場所には森も確認できる。
「昼間か」
真上には太陽が昇っており、日本時間とそれほど時差はないと思われる。
あくまでこちらの時間が俺の世界と同じく、一日が24時間だったらの話なのだが。
場合によっては一日の日照時間が異なる可能性もあるため断定はできない。
「やはりだんじりか?」
村外れに位置しているであろう空き家にまで、住民達の賑やかな声が響いてくる。
「言葉が通じればいいんだけど」
言語の問題に不安を覚えながらも、俺は賑やかな声の方に向かって歩きはじめた。
「げっ!?」
俺は咄嗟に近くの物陰に身を隠した。
「いきなり大ピンチじゃねぇかよ!」
金魚のように口をパクパクさせながら、俺は心のなかで落ち着けと唱える。
手のひらに「人」という字を書いて呑んでみたけれど、急激に上昇した心拍数が元に戻ることはない。
なぜなら村は祭りごとで賑わっていたのではなく、野盗の襲撃を受けていたのだ。
「通りでうるさかったわけだ」
ここは一旦空き家まで引き返し、一度元の世界に戻ろう。命あっての物種なのだ。
せっかく異世界に来たのだから、そう思って踵を返した俺の視界に人影が映り込む。
おさげ髪の女の子だ。
年は多分十代後半くらい。
俺の世界で云えば高校生くらいだと思う。
少女の前方には悪漢の男が刃物を振り上げている。このままでは間違いなく少女は殺されてしまうだろう。
でも、だからって俺に何ができるというのだ。
「――――ッ!」
ほっときゃいい。
糞ニートの俺が飛び出したところでどうにもならんのだから。
分かっているのになぜ、俺は悪漢の男に向かって駆け出しているのだろう。
んっなもんは決まってる。
俺はあの時と同じ過ちを、後悔をもう二度としたくなかったのだ。
思い出すのは血の海と化した教室で、自作の拳銃とサバイバルナイフを手にする友人。辺りには手足を放りだしたまま動かなくなってしまったクラスメイト達が横たわり、眼前にはずっと好きだった女の子が泣きながら俺に手を伸ばしていた。
――助けて……蒼炎!
彼女の顔を、声を思い出した瞬間、全身にカッと熱がほとばしる。
俺の魂に刻まれた呪いのようなそれが、俺に逃げるなと言っている。
――助けてよ、蒼炎くん……。
「やめろぉおおおおおおおおおおおッ!!」
気付いた時には俺は大砲をぶっ放したような大声を張り上げながら、悪漢の男に向かって走り出していた。
「!?」
「――――ゔぅっ!?」
黒いナイフの効果は思ったよりもずっと凄くて、10m以上あった男との距離が一瞬で埋まる。気がつくと俺は体当たりする形で男に突っ込んでいた。
「いってぇー。ん、なんだこのヌルヌル……ってこれ血じゃねぇか!?」
ぶつかった拍子に男の下腹部に黒いナイフが深々と突き刺さっていた。
俺は慌ててナイフを引き抜き、急いで男から距離を取る。のたうち回る男を横目に、俺はすぐに女の子に声をかけた。
「大丈夫か?」
「あっ、はい。助けて頂いて――」
一瞬安堵の表情を見せた少女だったが、またすぐに顔面蒼白となる。
「うそだろ」
男の仲間らしき野盗がニ名、蛮声を響かせながらこちらに突貫してくるのだ。
俺は少女に少し下がっているよう言い、二人の悪漢に視線を走らせる。
「……」
俺は今とても不思議な気分に包まれている。
普段の俺なら間違いなくビビり散らかしているはずの場面なのだが、なぜか今は不思議と怖くない。それどころか妙に落ち着いていた。
あんなに暴れていた鼓動も、今ではすっかり明鏡止水の如しであった。
事故だったとはいえ、人を刺した直後なのにだ。
「やっぱりこのナイフの力なのかな?」
もしかしたらこのナイフには特殊効果として、装備した人物の精神を落ち着かせる効果が備わっているのかもしれない。
身体能力向上に加えて精神強化は非常にありがたい。
「おっと」
学生時代から運動神経はあまり良い方ではなかったけれど、この通り男達の攻撃を簡単に躱すことができる。
男達の動きはスローモーションとまではいかないが、かなりゆっくりに見えていた。
身体能力が上がったことにより、動体視力も上がっているのだろう。
「す、すごい」
攻撃を避けつつ、俺は男の首元にナイフを走らせた。
頸動脈を斬られた男の首筋からは大量の血飛沫が噴き上がっていく。
もう一人も倒してやろうと思ったのだが、仲間が殺られたのを間近で見て怖気付いたのだろう、顔色を変えた男が背を向けて逃走。
どうやら今倒した男が野盗のリーダーだったようだ。リーダーが殺されたことを知った野盗達は、慌てた様子で次々と村から逃げていく。
「勝ったのか……」
人を殺めたというのに何とも思わない。
この黒いナイフが少しだけおっかなく思えた。
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