第十四話 戦場での日常・その三



 そしてその日の夕暮れ時。


「あっ! デズモンド伍長!」


 聞き覚えのある明るい声が響いた。

 リナだった。

 屋外のテントに設置された調理場で、大きな鍋が何度も湯気を立てていた。


「あれ、リナ」

「喜んでください! 今日は私も炊事班の手伝いなので、めっちゃ美味しい料理が食べられますよ!」


 リナはフフンと鼻を鳴らし、これでもかというほどのドヤ顔を見せつけた。


「リナって料理できるのか」

「そうですよ! 弟たちがたくさんいるから、炊事家事は私もたくさんやってたんです」

「そうか…楽しみにしてるよ」


 母親以外の異性の料理など、レイはついぞ口にした事はなかった。それだけに胸は高なった。

 ふと横を見ると、大量の骨が積み重なっていることに気がついた。


「この骨は?」

「ああ、お肉をとった後だから、もう捨てる予定ですよ」

「そうか……待てよ」


 ふとレイは、ある一つのことを思い出した。


(これって確か…)


「リナ、何か一つ空いてる鍋ってあるか?」

「ありますよ。でもなんで?」

「知っているレシピが一個あるんだ。試させてくれ」


 レイは空いている鍋に骨を全て放り込むと、水を流し込んでガスコンロの上に置いた。

 強火で湯を沸かすと、レイはある術式を鍋の周りに展開した。


(確かこうすれば…)


 そうしてしばらくすると、プシューと大きな音を立てて鍋から水蒸気が出た。

 中を開けてみると、湯気がモクモクと上がっていた。


「ちょっと試しに、これを料理に混ぜてみてくれないか?」

「え…ほ、骨のダシですか?」

「ああ。俺の故郷で伝わってた料理なんだ。試してみてくれ」


 訝しげな表情で、リナは既に料理が出来上がった鍋にガラスープを入れ、かき混ぜた。

 そしてそれを小皿にとり、一口啜ると、突然彼女が目を見開いた!


「う…うっまー! 嘘でしょ⁉︎」

「多分骨も柔らかくなってるから、食べれるはずだぞ」

「え! 本当ですか⁉︎」


 箸で器用に骨を一つ摘み上げると、リナは素早く齧り付いた。



「〜〜〜〜〜〜!」



 瞳の色が輝くようだった。

 恐らくはアズリエルの人間にとって馴染みがないものなのだろう。









 その日の夕食は全員に大好評だった。

 皆が口を揃えて”柔らかい骨など食べたことがない”と言っていた。


「伍長、本当に凄いです! どうやって作ったんですか⁉︎」

「まぁ、水蒸気を逃さないようにしただけだよ」


 確か水蒸気を逃さず圧縮して高温を保つというのが、レイの知っている圧力鍋の原理である。

 これを魔法で代用し、骨が柔らかくなるまで煮立たせたというわけである。


「伍長のお嫁さんになったら、毎日美味しいご飯が食べられそうですね!」

「お、お嫁さんって…」


 おバカキャラ故の素直さと天然具合は恐ろしい、とレイは肌で感じた。



「戦場から帰ったら、伍長の料理が食べたいなぁ〜」



 ニコニコと満面の笑みでリナは言った。


 その顔を正面から見ることが、赤面したレイはできなかった。







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