第十二話 戦場での日常・その一
最初の1週間ほどは、平和な日々が続いた。
体力や技術を落とさないための基礎訓練以外は、かなり自由な時間もあった。
皆がカードゲームに興じたり、雑談したりと平和な光景が其処彼処で見えた。
レイ・デズモンドといえば、まさしく異世界チーレムを満喫していた。
基礎訓練では他を寄せ付けないほどのフィジカルを見せつけ、魔法においては異常なほど規模の大きいものを生み出した。
発火魔法では他の5倍以上の大きさの火の玉を作り、氷結魔法では辺り一帯が氷点下を超え、あわや凍死者がでる寸前までいった。
特に戸惑ったのが雷撃魔法だった。
レイの魔力係数では雷の威力が強くなり過ぎ、直径10m以上の雷撃を起こしたこともあった。
行きすぎたケースとして、本営の一部を破損させると言う失態を犯し、マリアから叱責を受けた。
「全く…桁違いとは聞いていたが、ここまでとは」
「申し訳ありません」
チート能力ならではの贅沢な悩みというのも確かにあった。
物理的にも魔法的にも、エンジンの出力が高すぎるゆえにコントロールが難しいという弱点を抱えていた。
新兵訓練所時代からの欠点でもあり、レイ自身も頭を悩ませていたことだった。
「以後気をつけるのだぞ」
少々呆れたような顔をして、マリアが言った。
(…やっぱ、かわいいなぁ)
責めを受けている時でさえ、レイはマリアの美貌に見惚れていた。
長く艶やな金色の髪、白い肌、グラマラスながらも細く長い体躯。
それでいて何処と無く少女の面影を残しており、絶妙なバランスを誇っていた。
(こんな綺麗で可愛い上司なら、叱られるってのもいいなぁ)
現世でのコンビニバイト時代に想いを馳せた。
その時は半分頭の禿げ上がった、背の低い中年男性が上司であった。
口臭がキツく、鼻毛が伸びきっていたので、不快感しかなかった事はよく覚えている。
(マジで天国だぜ…)
「?? 何を見ている」
「申し訳ありません、大佐殿! あまりにも大佐が可愛いやら綺麗やらで夢中になってしまったのであります」
その瞬間、一気にマリアの顔が真っ赤に染まった。
恐らくアニメなどでは、頭から湯気が出たりヤカンのわく音が出たりする演出が付くところだろう。
「ば、ば、ば、馬鹿か貴様っ‼︎ 血迷ったか⁈」
「いいえ、大佐殿! 大佐ほどお美しい女性であれば、世の男は大体が夢中になると思われます‼︎」
「キーッ‼︎」
半狂乱でレイの膝にローキックを食らわした。
全くと言っていいほど痛くなく、ただ初心なマリアを堪能するだけだった。
「さっさと失せろ! つ、次に無礼な事を抜かしたら、降格も覚悟しておけ‼︎」
「失礼いたします!」
そのままレイは出ていった。
顔を真っ赤にしたマリアだけが取り残された。
(なんなんだ、あいつはっ…!)
「にしても、マジでどーなってんだ? 人間のレベル超えてんじゃねぇか?」
「話しには聞いてはいたけど、ここまでとはね」
「本当に驚きました…」
「すごいです、伍長殿! どうやったらあんな炎が出せるんですか⁉︎」
仮設兵舎に戻ると、仲間たちとレイの能力について盛り上がった。
実のところ、この小隊以外の兵は皆震え上がるか、嫉妬から陰口を叩くかだった。
レイの存在はそれだけ異質なのだろう。
自らの物差しで測れない異常なものを見た時、大体の人間はこういったリアクションをとる。
現世にいた頃からわかっていた事だし、転生してからはそうした目に対する耐性もついた。
ジャマールは付き合いの長さや被差別者としての経験から、自分に対しても優しい。
ライリーやエレナは事前に情報を得ているので、特に異常さを感じる必要もない。
だがリナだけはどうやら事情が違うように思えた。
「私も頑張れば、いつかは伍長みたいになれますか⁈」
「え、えーっと…」
なんとも言い難い。
努力次第で埋められるほど大きな差ではないことは、ここにいる全員が理解しているはずだった。
しかし彼女は違う様子だった。
「きっと大丈夫ですよ」
「やったー!」
エレナはリナの肩に手を置き、微笑んだ。
リナは喜んで両手を上げていた。
(この子、おバカキャラだ)
全員がそう認識した。
ハイテンションで世間知らず、無邪気。
大体において好かれるタイプだ。
「そんなに魔法が使えるなら、もっと術式の種類を増やした方がいいんじゃない?」
「あるなら使いたいけど…そんなに実戦で使えるのがあるのか?」
「あるわよ。ちょっと待っててね」
横に置いていたカバンから、ライリーは一冊の本を取り出した。
表紙には【上級魔法指南書】とある。
「士官学校時代の物だけど、これをマスターしておけば大分違うはずよ」
「え、でもこれ…」
エレナが戸惑った様子を見せた。
「それは魔戦兵専用の教本だから、かなり難しい部類なんじゃ…」
「総魔力値がこれだけ桁違いなら、習得自体は出来るはずよ。
その本、レイにあげるわ。大体必要なものは覚えたしね」
「え…結構大事なものなんじゃ…」
「そういうのは、貴方みたいに才能のある人が持ってた方が有効活用されるわよ」
ライリーが微笑むと、レイは何とも申し訳ない気分になった。
普通だったら妬まれるなり何なりが普通なのだ。
実際にこの小隊のメンバーが異常なのであって、他の面子はレイを異端視し、毛嫌いするか恐れている。
「ありがとう…」
「気にしないで。そうだ! 今度稽古をつけてあげるわ。そのほうがいいでしょ?」
「いいのか?」
「もちろん。それでみんな生き残る可能性が上がるわけだしね」
レイは心から感服した。
士官学校に通うほどの強い意志と、貴族出身という地位をもっている。
大体そうした自立心の強い女性は、妙なプライドや偏見を持つ場合もあるが、彼女は違った。
(チーレム最高…)
現実において彼女のように出来た人間と接する時間は皆無に等しく、やたら刺々しい女から攻めを受けるのがせいぜいだった。
「ありがとう。よろしく頼むよ」
そうやって素直に礼を言えるような健全な人間関係からも、レイはずいぶん遠ざかっていた。
そうしてしばらくの間、仲間との団欒を楽しんでいた。
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