第8話

 昼食を食べ終えると、真由が「ちょっと電話してくる~」と言って、わたしと隆子から離れた。


「誰と電話するのかな?」

「昴大でしょ。多分、三十分くらい戻ってこないよ」

「えっ、そんなに」


 わたしは真由のマイペースっぷりに少し呆れた。隆子は慣れているのか、特に驚かず、スマホをいじっていた。

 真由がいないと、積極的に話す人がおらず、少し気まずい。


「どっか、行こうか?」

「ん」


 ずっと立ちっぱなしは気まずいので、わたしは隆子と一緒に近くを歩いた。

 映画館とゲームセンターくらいしか、周囲に入れそうなスポットはなかった。パチンコ屋もあったが、入るわけにはいかない。


「ゲームセンター、入ってみる?」

「んー。お金もったいないかな」


 映画館は時間がかかるので、消去法でゲームセンターを提案したが、隆子は乗り気ではなかった。わたしも遊び方はよく知らないので、ある意味助かった。


「……とりあえず、そのへん歩いてみる? タカシはあんまり来たことないんでしょう、ここ」

「ん。それでいいよ」


 二人で、海沿いの通りを歩いた。店はなかったが、柵のすぐ向こうは海、というきれいな遊歩道だった。もっとも工業地帯なので、見晴らしはあまり良くなかったけど。

 隆子と話すことが思いつかず、わたしはふと足を止めて、海面を見た。

 大きな魚が、群れになって泳いでいた。かなり大きな群れで、足元の海全体がその群れで埋まっていた。


「えっ、何あれ、すごい。なんの魚かな?」

「んー、ボラじゃない?」

「ぼら……?」

「河口近くによくいる魚だよ。けっこうでかいし、群れで泳ぐんだよ」

「よく知ってるのね」

「まあ、家から海近いし、昔おばあちゃんに教えてもらった」

「木更津、だっけ? わたし、行ったことないな」

「何もないよ。ここより田舎だし」

「そ、そっか」


 柵から身を乗り出し、ボラの群れがぐるぐると移動するのを眺めている時、ふと、自分の右手に温かい感触が乗ってきた。

 見てみると、隆子の手がわたしの手に重なっていた。


「どうしたの?」

「……」


 隆子は、少し照れくさそうに目をそらした。


「海に落ちちゃうかな、と思って」

「大丈夫よ、さすがにそこまで夢中じゃないって」

「そうだよね」


 わたしが身体を戻すと、隆子も手を離した。そして隆子は、名残惜しそうにわたしとつながっていた手の平をながめ、両手でこすっていた。


「おーい!」


 遠くから、真由が走ってくる。わたしたちに気づいたらしい。そういえば、最後に真由と別れた場所からだいぶ離れていた。


「置いていかないでよ、もう!」

「先にぼくらを置いていったのは真由の方だろ」

「昴大と話してたんだから仕方ないじゃん! もう! 迷子になるかと思ったぞ!」


 真由は隆子に抱きつこうとしたが、両肩を押さえられ、止められた。


「あうー。じゃあみゆきちに抱きついとくか」


 そう言って今度はわたしに向かってきたが、隆子が真由を羽交い締めにして、またも阻止された。真由は両足が浮いて、ばたばたと暴れている。


「はなせー!」

「おさわり禁止。わかった?」

「わかったから! はなせー!」


 やはり、真由がいた方が、話題に困らなくて楽だ。わたしは隆子と二人の時間から解放された事にほっとして、また三人で歩きはじめた。

 その後はバスで巨大ショッピングモールのアリオ蘇我に言った。真由が彼氏とデート用の服を少し見ただけで、特に何も買わず、この日は解散になった。

 

* * *


 翌週の月曜日。

 慣れない友人との外出をしたせいで疲れたのか、それとも元からそういう体質なのかはわからないが、また朝ギリギリの時間で学校へ行った。

 昼休みのことだった。わたしは用事がないかぎり教室からほとんど出ないのだけど、ふと廊下を見たら隆子がいた。

 隆子は一瞬わたしと目が会い、そのまま歩いてどこかへ消えようとしていた。

 わたしは、隆子の少し寂しそうな仕草が気になったので、一人で教室を出た。真由は、他の友達と話をしていて、気づいていないようだった。


「ねえ、タカシ」

「ん」


 追いかけてくると思わなかったのか、隆子は不思議そうな顔をしていた。


「さっき、目が合ったよね。用事でもあったの?」

「いや……」


 隆子は頬を人差し指でぽりぽりと触りながら、わたしの目は見ずに話していた。


「今週の土曜、暇?」

「わたし? 特に予定はないけど」

「じゃあ、二人でどっか行こう」

「二人で? 真由はいいの?」

「二人がいいかな。真由はほっといても昴大とデートしてるし」


 少し意外だった。わたしたちは真由が間を取り持ってくれているから仲良しでいられるのだと思っていた。隆子と二人で遊びに行くイメージはなかった。

 うまくやれるか不安だったので、迷いはあった。でも正直この学校の勉強には飽きていたし、他に大きなイベントがあるとも思えなかった。それに――隆子からわたしを誘ってくれたことは、純粋に嬉しかった。こんなわたしにも、遊びに誘ってくれる友達がいる、そう思うと前世よりはずっとましな高校時代に違いなかった。


「どこに行くの?」

「適当でいいよ。あんまりお金かからないところがいいかな。蘇我って何かあるっけ?」

「この前はタカシに蘇我へ来てもらったから、今度はわたしがタカシの家の近くに行こうか?」

「ボクの家、木更津だよ。みゆきちは定期持ってないからお金かかっちゃうじゃん」

「大丈夫。わたし、木更津って行ったことないから、一回行ってみたいかも」

「ふうん。みゆきちがいいなら、いいけどさ」


 こうして、わたしは真由に内緒で、隆子と遊ぶ約束をした。

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