僕と野犬と追求と



「うーん」


 私はあやしんでいる。

 喜志高校へ入学してから一ヶ月と少し。五月も終わりに近づき、梅雨に突入しようとするこの時期に私、千影ちかげ初夏ういかはあやしんでいた。

 この一週間で明らかにやつれた友達――道見ゆきとのことを。


「ゆき君、日に日にげっそりしてるんだよねー」


 彼に目を向ける。


「………」


 まず目の下くま、遠目から見ても分かるぐらいにはっきりとできている。次にため息の回数、数えてはいないが確実に回数が増加している。

 反応はさらにおかしい。私がいつものように柱の影から飛び出してゆき君を脅かそうとしたときだ。


『わっ!!』


『――ッ!!』


『ゆ、ゆき君?』


 いつもなら「もう脅かさないでくださいよ」と笑顔になってくれるのに……最近は私が飛び出した瞬間、後ろに跳び、何かを構えたような体勢を取るようになった。


(声をかけるといつもの反応をしてくれるんだけど……)


 下校のお誘いも4日連続で断られている。


『ゆき君! なんで最近一緒に帰ってくれないの?』


『えっ……いや……』


『私に何か隠してな――』


『て、手品! 見せて欲しいなぁーー』


『ゆき君………………いいよっ!!!』


 理由を聞いてもいつの間にか巧みな話術で問いを逸らされる。

 埒が明かないので、昨日私はゆき君の後をつけた。する驚愕、ゆき君は怖そうな雰囲気の女の人と待ち合わせをしていた。初めは彼女が出来ただけと考えたが、数分一緒にいるのを見てみてもそういった空気にならない。

 さらに様子を見るために追跡したのだが、道の駅に着いたところで、突然姿が消えてしまった。一瞬目を話しただけで周囲から忽然といなくなってしまった。

 私は人の感情を揺さぶれる手品が大好きで、その練習も毎日欠かすことなく行っているが、こんな種も仕掛けも全く分からない芸当をされたのは初めてだ。

 手札が一つも通用せず、八方塞がりになった私は今日、最終手段に出ることにした。


「先生!」


「ん? どうしました、千影さん」


 私は中肉中背といった見た目の古典教師に向かって、手を大きく挙げた。


「頭痛いです!」


「そ、そうなんですか? 元気そうに見えますが……」


「頭すごく痛いです!」


「ですが……」


「頭とても痛いです!」


「はぁー……分かりました。では保健室に――」


 その言葉が出るより速く、私はターゲットの腕を掴んでいた。


「痛すぎて一人では行けないので、ゆき君と行ってきます!」


「え? えぇええええええーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」






 自分が前に進んでいるかはあまり実感できない。

 この一週間、喜羽さんの特訓を受けているが、防御や回避で手一杯……僕の攻撃が当たったことはただの1度もない。


「はぁー」


 しかし変化が無いわけじゃない。

 痛みを恐れなくなった。何度も何度も攻撃を受けている内に体が痛みを覚え、耐えられるようになったのかもしれない。

 あと反射神経も向上した。喜羽さんは一つの攻撃の強さや速さを変えたりはしない代わりに、攻撃の手をよく増やしてくる。初日は剣の腹による攻撃と蹴りだけだったが、三日目になると剣を手放してからの素手が追加された。昨日は短剣を弾く、武器狙いの攻撃をされた。

 変化する攻撃に対応するため、神経が敏感になっているのかもしれない。


(少しだけでも前に進んでると嬉しい。魔法使いに近くためにも……)


 意識は二人の出会いまで遡る。





「私は魔法使いじゃないけど魔法使いと呼ばれる人たちは知ってる」


 突発的に放たれた喜羽さんの言葉に僕は思わず食いついた。


「ほ、ほ、ほほほ本当ですか!!!」


「あ、あぁ……」


 興奮した僕は恥も感じず、彼女の顔に迫る。彼女はそんな僕の肩を持ち、入れ替わる形で僕をベンチに座らせた。


「結界が持たないから手短に話す。まずは協会のことから――」


 始まった講習は任務や規則、協会の成り立ちなどの話ばかり……さらにそれを短時間で話しているから、僕の頭はパンク寸前まで追い込まれた。


「最後に階級の話。協会では個々の実力によって、大きく四つの階級に分けられる。

 魔術が発現していない魔力使い、スカウトの性質上人数が一番多い魔術使い、彼らを束ねる魔術師。そして最後が……」


「魔法使い」


「そう。協会内で絶大な権限を持つ者にして、最強の称号でもある。

 現在その称号を持つのは二人存在していることから、魔術協会の双頭……双頭の魔法使いと呼ばれてる」


(双頭の魔法使い……)


「僕が今、会うことは出来ますか」


「無理」


「………」


 無言で俯く僕に呆れたような表情を浮かべる彼女は淡白に話を続ける


「階級を上げて、実力が認められたら半年に一回行われる会議に参加出来る。その席には二人がいることもある」


「――!! 階級を上げるにはどうすれば!?」


「単純。魔族の撃破数や魔性事件の解決数、結果が階級を上げる……だから強くなって」


 この時、行き先の見えなかった僕に一つの確かな道が出来た。







「さあ、ゆき君! 話してもらうよ!」


 僕は初夏さんに連れ去られ、保健室……ではなく屋上で壁に追い詰められていた。


「初夏さん、頭痛はどうしたの」


「あれはねっ! 演技だったの!

 どう? 上手だったでしょう!」


「う、うん」


 澄んだ瞳を前に僕は「NO」とは言えなかった。


「えへへっ……じゃなくて!! ゆき君、今日こそ吐いてもらうよ」


「な、何を?」


「最近できたゆき君の|隠し事(・・・)」


「ぐっ……」


 意識的に遠ざけていた質問に僕の表情は硬くなる。


(何度かそれっぽいことを聞かれてたから予想外ってわけじゃない。

 初夏さんは魔法使い探しを唯一真剣に聞いてくれた友達、正直話したい気持ちの方が強い。でも……)


『聞くことは知ること』


 再生される喜羽さんの声。

 知れば彼女もこっち側、知らなくていい苦痛と恐怖を知ることになる。


(僕はいい、僕にはあれらに立ち向かう動機がある。けど初夏さんにはそれがない。なのに僕の勝手で彼女を巻き込むのは惨すぎる……)


 僕の心は決まった。


「最近、バイトを始めたんだ」


 僕は友達に嘘をつく。


「嘘」


「―――」


 僕の決心は一瞬もなく、灰へとなりました。


「な、なんで嘘じゃないよ?」


「ダウトだねー。だってゆき君、放課後は金髪の綺麗な人と一緒にどこかに消えていってたもん」


「――っ!?」


「もうネタ切れかな?」


 気づかぬうちに滲んでいた汗が頬を伝い、拭う間もなく地面へ落ちる。肯定も否定もできない状況に、心身ともに壁に追い込まれる。もはや動揺は隠せておらず、目は泳ぎ、顔は青くなっている。


「ゆき君、どうして――」


「うるせぇなぁー」


 授業から抜け出しやってきた屋上、僕だけでなく初夏さんも二人きりの空間だと思っていた。だから突然投下された第三者の声に互いの状況も忘れ、反応した。

 僕は追いやられていた壁から少し離れ、その上を見上げる。するとそこには晴天の空を背景にし、朱色に染まり、後ろでまとめてある髪と着崩した制服をなびかせ、鬱陶しそうな表情で立つ男がいた。彼の眼光は野犬のように鋭く僕たちを睨みつけている。


「人が寝てるってのにピーチクパーチク……鳥か? てめぇらは」


 荒い言葉は彼の機嫌の悪さを見事に反映している。


「痴話喧嘩は他所でやれ」


「ち、違います!!」


「えっ……違うの? 痴話喧嘩って仲の良い二人がする喧嘩のことでしょ?」


「間違っ……ではないけどちょっと違う」


「どう違うの?」


「それは……」


「痴話喧嘩は他所でやれって言ったよなぁ?」


 会話の流れを断つように彼は上から落下してきた。見下げていた時よりも眼光は鋭い。どうやら僕達は野犬の尾を踏んでしまったようだ。


「待って!」


 怒る彼に待ったをかけたのは横にいた初夏さんだ。


「君の話は後で聞くからちょっと黙ってて!」


「あぁ?」


 野犬に気づかないで遊ぶ子犬、僕にはこの光景がそう映った。だが僕の心境なんてものはもちろんお構い無しで、初夏さんは僕の手を取り、先程と同様僕を壁に追いやった。


「さっきの続きからやろう!」


「えぇえええ……」


 困惑した僕を不思議そうに見つめる初夏さん。彼女のこれを度胸と呼んではいけないと思うが、この大胆な何かは少し見習いたいものだ。


「おい……女」


 俯いているから表情は分からないが、当然彼は呑気に思考を巡らす時間なんて与えてくれなかった。

 彼は一歩前進すると初夏さんの肩を掴んだ。しかし彼の手がそこから何かをすることはなかった。


「いきなり肩を掴むのはちょっと……」


 僕が彼の腕を掴んだから。


「なんだ……やる気か?」


「──ッ!?」


 言葉が放たれたと共に僕は後ろに飛んだ。消して彼の言葉に臆したからではない。

 彼から──魔力を感じたからだ。


(喜羽さんみたいに感知は出来ないけど、直接触れて魔力を流した瞬間なら僕にも分かった)


「お前──こっち側か?」


(こっち側……協会のこと?)


「ゆき君どうしたの?」


 思考の海に溺れた僕を初夏さんが引き上げた。その顔には困惑が分かりやすく写っている。


(さっきの僕、こんな顔してたのかな)


 彼女から目線を外し、彼に目を向ける。すると彼は親指に顎を置き、立ち止まっていた。


「ゆき、君……お前フルネームは?」


「道見ゆきと……ですけど」


「そうか……てめぇがお気に入りの」


「えっ……?」


 先程までの怒る様子も見えず、彼は屋上の端まで無言で歩いた。そして何を思ったのか落下防止用の柵を登り始めた。


「な、な、な、何やってるんですか!!」


「そうだよ。何やってるの?」


 必死な僕と意外と落ち着いている初夏さんの静止も聞くことなく柵を超え、向こう側に立ってようやく彼はこちらを向いた。


「道見ゆきと……足引っ張ったら殺す。じゃあな」


「は……」


 意味も意図も分からないことを僕に言った後、彼はそこから落下した。


「ちょっと!!」


 この事態には初夏さんも災厄の事態を想像したのだろうか動揺し、僕と一緒に柵の内から下の様子を恐る恐る確認する。だがその用心も無駄に終わる。


「うそー」


「………」


(こんなことが出来るのってやっぱり魔術ぐらいだよね。それとお気に入りって……)


 覗いた下には落下した生徒の遺体どころか人っ子一人いなかった。

 野犬の彼はこの一瞬で姿を消した。


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魔術師は魔法を使えない。 くもりぞら @danmachi1023

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