第6話

次の日、学校が終わると真奈美は馬車馬のように帰宅した。今日も母は、お友達と食事と言って、早々に出掛けていった。

普段なら(またホスト通いだろう)と、呆れるところだが、影山と会う日なので、真奈美は上機嫌で夕飯代を財布に仕舞い、軽快な足取りで階段を上がって行った。

制服から私服に着替えるとメイクを始める。昨夜、里香と一緒に買ったパックの効果で肌艶が増していた。

「このパック高いだけあるなー」

真奈美は鏡の中の自分に魅入っている。

いつも以上に気合いを入れてメイクをすると、バタフライミュウルのバッグに影山のマフラーを入れて待ち合わせ場所の井の頭公園に向かった。

気持ちが高ぶって、知らず知らず早歩きになっていた。

なので、十五分前に到着した。

(早く着いちゃった…)と、思っていると、奥まったベンチに座っている男性を見つけた。

その男性はキャップの上に黒いフードを被った影山だった。

真奈美は子供のように駆け出す。

「影山さんー早いね。もしかして会うの楽しみにしていた?」と、意地悪ぽく訊く。

「あはは、そうだね。楽しみだったよ」

「ほんとに?」

真奈美の声がワントーンあがった。

「本当だよ。楽しみで急いで仕事から帰ってきたよ」

と、照れ笑いを見せた。

真奈美は嬉しくなり「私も!」と元気よく手を上げた。

真奈美の声は思った以上に大きかった為、散歩をしている人たちが一斉に二人を見た。

「ごめん…またやっちゃった」

「大丈夫だよ…」と、言いつつも顔を伏せている。

そんな影山の両頬に、夜風で冷えた手をペタりと付けた。

「っ、冷た」

「冷たいでしょ。何か温かい物でも食べようよ」と、バッグから紙を取り出す。

「何処が良い?青い文字が個室の店で、緑の文字はキッチンカーだよ」

昨日の授業中に影山さんが行けそうなお店と外でも食べられるキッチンカー販売場所を調べていた。

「これ…僕の為に?」

「そう、一緒に楽しく食べたいじゃん」

「ありがとう」

「お礼はまだ早いよ」と、異様な笑いをする。

「午後の授業を潰して調べたんだから、奢って貰わないとね」

「えっ、授業中に?」

「そうだよ。午後はいつもお昼寝タイムだけど、寝ずに頑張った」

と、誇らしげな顔を見せた。

清々しいほど、偉そうにしている真奈美を見て、影山は吹き出して笑った。

「しっかりと奢らせてもらいます」

「やったー」

二人は個室がある店に電話をして、空きの確認をしたが、今日は金曜日だった為、どこも空いていなかった。

「金曜日って、混むんだね」

と、真奈美は、少しガッカリしながら言った。

「…ごめんね」

「なんで謝るの?キッチンカーがあるじゃん。タコスとインドカレーとケバブとクレープ屋があるけど…クレープは最後にして、この三つなら何処がいい?」

「辛いのが苦手だから、あまり辛くない方がいいな」

「ならタコスかな」

「じゃそこに…」と、言いかけた影山は、寒さから、くしゃみをした。

「大丈夫?あっそうそう」

と、影山から借りていたマフラーを取り出した。

「マフラーありがとう。今度は、私が付けてあげるね」

と、言うと、フードとキャップを外してマフラーを巻いてあげた。

そして顔が見えるように髪を軽く整えてからキャップを被せた。

「こっちの方が、もっとかっこいいよ」

「……」

影山は無言で髪を戻そうとする。

「隠さないで」と、頼んだ。だが、悲しい顔をするので仕方なく少しだけ髪を戻した。

「暗いし、この位なら見せてもいいでしょ?」

「……分かった」

「良かった。よーし、タコスを買いに行こう」

二人は野外ステージのある方へ歩き出す。

影山は渋々、承諾したが、行き交う人の目が、どうしても気になってしまい髪を触ろうとした。すると真奈美は影山の手を取った。

「こうしたら髪は触れないよね」と、言うと、繋いだ手を影山のコートのポケットに、ねじ込んだ。

手を繋いで密着された事で、顔の傷より緊張の方が上回り、髪を直すどころではなくなっていた。

「ねー訊いてる?」

「んっ、ごめんなに?」

と、言うが、目は前を向いたまま直視できないでいる。

「やっぱり訊いてなかった。明日は学校が休みだから、一緒に映画でも観に行かない?って訊いてるのにー」

「う…うん、いいよ。行こう」

「影山さんはどんな映画が好き?恋愛系?それともアクション?ホラー?」

「僕は…」

急に真奈美が立ち止まった。

「どうしたの?」

と、真奈美を見ると、真っ青な顔をして一点を見つめていた。

真奈美の目線の先に居たのは松島だった。

松島は携帯を持って近づいてきた。

「なんで…ここに居るの…」

「さあ、なんでだろうね?」と、言いながら携帯のGPSを見せる。

「あれ?そいつはカラオケ店から一緒に出てきた奴だな。なんで、仲睦ましく一緒に居るんだろうね。おかしいなー、そいつとは会わない代わりに、そのGPS発信器を付けたバッグをあげたのに、なぜ一緒にいるのかな?」

「はっ発信器!」

固まる真奈美に影山は「どういうこと?」と訊く。

「お前には関係ない!さっさと消えろ!」

松島は、影山の肩を押した。

その反動でキャップが脱げると、隠していた顔の傷が露になった。

「うわあ、ひでえ顔!」と、顔をしかめた。

影山は真奈美から手を離して顔を隠す。

「あんたの事、友達って言ってたけど、そんな醜い顔をしたやつが友達のわけないな。あんたもパパなんだろう。悪いが、こいつのパパは俺だから、あんたは違う娘を探せ。まあ、その顔じゃ大金だしても寝てくれる娘はいないだろうけどな」と、鼻で笑った。

「いいかげんにして!私の大切な人を侮辱するなんて、許さない!!」

「は?大切な人?このフランケンが?笑わせるなよ」と、高笑いする。

「最低!金輪際、私に関わらないで!これも返す!」

真奈美はバッグを逆さまにして、荷物を振り出すと空になったバッグを松島に投げつけた。

「おい!調子にのるなよ、親と学校に、お前が売春していることバラすからな!」

「勝手にすれば!私は何度も性的暴行をうけたって被害届けをだすわよ!証拠だってあるからね。あんたに犯された日は全て手帳に書いてあるのよ!」

真奈美は、はったりを言って松島を脅す。

「このガキ!」

と、真奈美の胸ぐらを掴んだ。

「殴りたいなら殴れば!目撃者も居るし、手を出した瞬間、あんたもあんたの病院も終わるわよ」

と、松島の背後に目線を送った。

すると会社帰りの女性が警察に電話している所だった。

「はい、はい、そうです、女の子が中年男性に襲われそうなんです!早く来てください」と、言っていた。

「くそっ!」

松島は、真奈美を突き飛ばして奥の暗闇に逃げていった。

松島の姿が見えなくなると、真奈美は急いで女性に駆け寄った。

「お姉さん、ご免なさい。私たち劇団に所属していて、今度やる舞台の練習をしていたんです」

「えっ、そうなの?」

「まだ電話、繋がってますか?」

「ええ」

「ちょっと貸してください。私からちゃんと説明します」

と言うと、また出鱈目な説明をして電話を切った。

女性に謝罪をしてから、影山の所に戻った。

真奈美の荷物が散乱している横で影山は、ぐったりと項垂れている。

真奈美は、なんて声をかけたらいいのか分からず、影山の隣に座り込んだ。

「影山さん……パパ活していたこと、言い出せなくて、ごめんなさい。人にどう思われようと気にしないけど、影山さんだけには、嫌われたくなかったの…私の大切な人だから…失いたくなかった……けど、私のせいで酷い思いをさせてしまって、自分が許せない……」

真奈美の想いを静かに訊いていた影山は、ゆっくり立ち上がると無言で立ち去っていった。

仕方ない事だと分かっていても、影山が居なくなった悲しみが心を苦しめる。

心の痛みに耐えきれず、真奈美は頭を抱えて泣き崩れた。

何度も何度も「ごめんなさい、ごめんさい」と、もう傍に居ない影山に謝り続けた。

すると「もう、いいよ」と優しい声が聞こえた。幻聴かと思ったが、その声は幻聴ではなかった。

手に一枚の紙袋を持って影山が戻ってきた。

「影山さん!」

影山は散乱した真奈美の荷物を一つ一つ拾って紙袋に入れた。

「全部あるか確認して」と真奈美に手渡した。

「ごめんなさい」

「もう、いいよ。大丈夫だから心配しないで。こんな僕を大切な人と言ってくれて嬉しかったよ。僕にとっても真奈美ちゃんは大切な人だから、何処にもいかないでくれる?」

「いかない!放れない!」

と、影山に抱きついた。

影山も力強く抱き締める。

「影山さん、受け取って」

と、言うと影山の唇にキスをした。

「私のファーストキス」

「えっ!」

「体は売ってたけど誰にもキスはさせなかった……誓いのキスは愛する人としたいから汚したくなかったの」

「ありがとう、じゃ僕も」

と、言うと真奈美の唇にキスをした。

優しいキスに真奈美は、うっとりした。

「ねえ影山さん。私が卒業したら結婚しよう」

「はっはは、また強引な事を言い出した」

「えっ駄目なの?」

「駄目じゃないけど、約束してくれる?」

「どんな?」

「もうパパ活はしない。隠し事はしない。授業中に昼寝はしない。どう?約束できる?」

「最後の約束は難しいけど、頑張る!」

「よし、約束したからね」

と、言うと影山は、もう一度、真奈美にキスをした。

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美しい傷 葵染 理恵 @ALUCAD_Aozome

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