第4話
お気に入りの雑貨屋で、ちょっとしたプレゼントを買うと、近くのファーストフード店で、しっかり昼食を摂った。
携帯で電車の乗り継ぎと駅からの道順をお浚いする。携帯のナビ機能を使うとすぐに充電が無くなるので、しっかり頭に叩き込んだ。
店を出ると青い電車の三田線に乗り換えた。最寄りに着くまで、落ち着かずに窓の外を不安げに見渡していた。
無事に最寄り駅に着くと自分で決めた目印を頼りに歩き出す。
勉強が嫌いなだけで、真奈美の記憶力は特化して、一度もナビを確認せずに一つ目の町工場にたどり着いた。
一見、車庫かと思わせる狭さの工場で、声をかけたら直ぐに油汚れが染み付いた作業服のおじさんが出てきた。
影山さんは居ますか?と尋ねたが、そんな名前の人はいないと言われて、すぐに引き上げると駅まで戻った。
次は紫の電車の半蔵門線に乗り換えて、二つ目の町工場に向かった。
蛇のように曲がりくねった住宅街を抜ける
と、先程より大きめな工場にたどり着いた。
外階段を上がって、プレハブ小屋の事務所を開けた。
すると六十代のおばさんが対応した。
先程と同様に尋ねるが、この工場にも影山はいなかった。
最後は赤紫の電車の大江戸線に乗って目的地に向かった。
こんなに電車に乗って移動する事も、歩く事もしていなかった真奈美は若干、足に疲れを感じた。
けど、何でも携帯で繋がる時代に、少しのヒントを頼りに連絡先を知らない人を探す新鮮さが楽しくなっていた。
最寄りに着くと空は薄暗く、ブレザーだけでは少し肌寒さを感じるようになっていた。
最後の工場は分かりやすい場所にあった為、予定の時刻より早めに到着した。
二つの工場と違って門の傍に警備室が完備されていた。なので、少し放れた場所から影山が出てくるのを待つことにした。
携帯で時間を潰しながら十五分程、待っていると、ちらほらと男性たちが建物から出てきた。
高ぶる気持ちを抑えながら影山を探していると、二人組の男性が真奈美に気付いた。
「なー、あの子、可愛いくね?」
「けど高校生だよな」
「何しているのか訊こうぜ」
二人は真奈美に近づいて声をかけた。
「ねー君、高校生だよね。こんな所で何しているの?」
「影山さんを待ってます」
「影山…えっ影山って、あのグロい顔の影山!」
その言い方にカチンときた真奈美は、二人を無視して影山を探した。するとパーカーのフ
ードを深く被って、俯きながら歩いてくる影山を発見した。
真奈美は大きく手を振って「影山さーん!」と叫んだ。
突然、自分の名前を呼ばれた影山は驚いて顔を上げる。
「なんで!」
今日の悩みの種だった真奈美が、教えてもいない職場にいるので、心臓が止まりそうになった。
真奈美は失礼な男性二人に対して「私の彼のことを、グロいだなんて言わないでくれる!」と、怒鳴りつけてから門に近づいていった。
「あいつが!」
「彼氏!」
二人とも眼球が飛び出しそうなくらい目を開いて驚いた。
影山も驚倒して、その場から動けないでいる。
「影山さん、早くこっち来てよ」と、手招きして呼んだ。
注目の的になってしまった影山は居た堪れず、急いで真奈美に駆け寄る。
「どっどっどうして、ここに居るの!」
「早く逢いたくって来ちゃった。怒らないでね」と、甘い声を出して影山の腕にくっついた。分からない事が多すぎて影山の思考は停止した。
真奈美は悪戯心を丸出しにして「お騒がせしましたー」と、飛び切りのスマイルを皆に披露して立ち去った。
汐留に新しく出来たパンケーキ屋でお祝いをしてあげようと、放心状態の影山を電車に乗せて、汐留駅に到着した。
だが衝撃から立ち直れずに、左側を覆隠したまま一言も喋ろうとしない。
見兼ねた真奈美は辺りを見回して、人の目がない場所を探した。
するとビルの三階から上がカラオケ店になっている所を発見した。
「とりあえず彼処に入ろう」と、影山を引っ張って入店する。
シックな造りの個室に入ると影山をソファーに座らせて、ドリンクを取りに出た。
真奈美はコーラと烏龍茶を持って部屋に戻ってきた。
「どっちがいい?」
と、訊いても影山は答えない。
善かれと思ってした事が、ここまで落ち込ませてしまう結果となり、真奈美は哀しくなった。
「…ごめんなさい」
悲しみの籠った謝罪が影山の心を動かした。
隣で稲穂の様に首を下げて座っていた真奈美を見て「こっちこそ、ごめん…」と、影山も謝る。
「もう頭の中がパニックになりすぎて、何も考えられなくって…」
「そんなに驚かすつもりはなかったんだけど……ここなら私しかいないから落ち着ける?」
「…うん」
暫くの間、廊下から漏れる音楽が沈黙する部屋を和ませていた。
影山は烏龍茶のグラスを手に取ると「こっち貰うね」と、言って一気に飲み干した。
「ハアーーー」
「落ち着いた?」
「なんとか。取り敢えず、君に訊きたいことがあるのだけど」
「君じゃなくて、真奈美だよ」
「……真奈美ちゃん、どうやって僕の職場が分かったの?」
真奈美は探偵気取りで、半日の行程を事細かに説明した。
自分を探す為に、そこまでやっていた真実を知って驚愕する。
「どうして、そんな事までして」
「それは影山さんとお友達になる為だよ」
「えっ!」
「私じゃ嫌?」
「嫌じゃなくて何故、僕なんかと友達になり…」
話の途中で真奈美はスクールバッグからプレゼントを取り出して渡した。
「これで私たちは友達だよ」
「…あ、ありがとう」
「開けてみて」
女性から初めて貰うプレゼントに影山の手が震える。
丁寧に袋を開けると青い狐の縫いぐるみが出てきた。
「ぬいぐるみ?」
「可愛いでしょー、これキーホルダーだから鞄に付けてね」と、言うと、スクールバッグに付いたピンクの狐を見せた。
「お揃いだよ。あと狐ちゃんの足の裏を見て」
真奈美に言われた通り、狐の足の裏を見た。するとイニシャルのTが縫い付けてあった。
「透だからTね。私は真奈美のMだよ。どう?気に入った?」
「ありがとう。すごく気に入ったよ」
嬉しすぎて影山の目頭が熱くなった。
「狐ちゃん貸して。リュックに付けてあげる」と、言って、黒いPCバッグに狐のキーホルダーを付けた。
「いいじゃんー、明日からこれで出勤してね」
影山は苦笑いをする。
「いやー嬉しいけど、二十五のおっさんが狐を付けて出勤するのは…」
「えー二十五で、おっさんって早過ぎでしょ」
「そうかな……そう言えば何故、制服なの?」
「高校生だから」
「えっ!コスプレじゃなくて?」
「本物の高校生、十七歳だよ」
今日だけで驚き疲れた影山は鯉のように口をパクパクさせていた。
「そんなに驚かなくても…」と、言ったものの昨夜はメイクもしていたし仕方がないかと、自分の中で納得した。
「あと私に訊きたい事は?」
と、訪ねたが、応答がないので、真奈美は立ち上がった。
「無いなら、行こう」
「何処に行くの?」
「新しく出来たリーブラカフェで誕生日のお祝いをしまーす」
「ちょ…ちょっと待って…カフェなんて行けないよ」
「なんで?」
「この顔でカフェなんて入ったら、若い子達が怖がるよ…」
と、哀しい表情を浮かべる。
「私も若い子だけど怖くないよ」
「昨夜は腰を抜かしていたじゃないか」と、悄然として俯いた。
「あっあれは、影山さんが睨むから…もうーやだなーあはは…」と、誤魔化したが失敗に終わった。
「じゃここで、お祝いするのは?パフェとかあるよ」
軽食メニューを開いて見せたが影山は見ようとしない。
真奈美はメニューを置くと、顔の傷を隠している髪を、かきあげて耳にかけた。
「なっなにをするんだよ!」
影山は急いで髪を下ろして顔を隠す。
「なんで隠すの?怖がられるのが嫌だから?奇異な目で見られるのが嫌だから?友達の私は何とも思っていないんだから隠す必要はないでしょ」
もう一度、影山の髪をかきあげて耳にかける。すると歪に突っ張った頬を涙が伝って膝に落ちた。
影山の涙は真奈美の胸を締め付ける。
そして大切な物を包み込むように、そっと影山を抱き寄せた。
影山は心を許せる人に出会えた事に安堵して、真奈美の腕の中で嗚咽した。
そんな影山を優しく抱き締めていると部屋の電話が鳴った。
真奈美が電話を取ると部屋の使用時間が終了を知らせる連絡だった。
延長を伝えると、パフェとアイスが乗ったハニートーストを注文して戻ってきた。
「真奈美ちゃん、友達になってくれてありがとう」
「お礼はいいから、何食べるか決めよう」と、メニューを広げて一緒に選んだ。
注文した料理が次々に運ばれると、テーブル
の上が料理で一杯になった。
「誕生日おめでとうー」
真奈美の掛け声で、楽しい会話をしながら食べ始めた。
ふっと訊きたいことを思い出した影山はハニートーストを頬張る真奈美に訪ねた。
「そういえば、なんで僕の自転車を蹴り倒していたの?」
突然の質問に、トーストが喉に詰まり咳き込む。
「大丈夫?口に入れすぎだよー」
と、笑顔で真奈美の背中をトントンとしてあげる。
「ありがとう、もう大丈夫……理由、知りたいよね」
「まぁ、そうだね」
真奈美は、パパ活をしている事だけ伏せて家の事情を洗いざらい話した。
「母親がホスト通いで父親は秘書と浮気…それは荒れるのも無理がないね」
「けど自転車を壊した事は反省しています」
「ちゃんと謝ってくれたから、もういいよ。それに自転車を蹴り倒してくれたお陰で、友達が出来たし、何処で何があるか分からないもんだね」と、笑い合った。
料理も殆んど食べ終わり、のんびりしていると、部屋の電話が鳴った。
「どうする?」と真奈美が訊くと「もう遅いから帰ろう」と、答えた。
帰る支度をしている真奈美に「本当に出さなくていいの?」と訪ねた。
「お祝いなんだから奢らせてよ。それにリーブラカフェを断ったじゃん。だから、めちゃ安く済んじゃうから気にしなくていいよー」と、ブランドの財布を振って見せた。
「それじゃ、遠慮なく。御馳走様です」
会計をして外に出ると、車の風圧で冷たい風が二人の体を突き抜けた。
「寒ーい」
真奈美は肩をすくめる。
「よかったら、使って」
と、影山は、マフラーを取って真奈美に巻いてあげた。
「ありがとう」
街の明かりを背にして、二人は汐留駅に向かった。影山は相変わらずフードを深く被って顔を隠していたが、二人の最寄り駅に着くまで、会話が途切れる事がなかった。
「もう二十二時過ぎているから、家の近くまで一緒に行くよ」
「大丈夫、馴れているから。それより影山さんこそ、明日、大丈夫?私が派手な事をしちゃったから、何か言われたりしないかな?」
「あはは、そうだね…何か言われたら、真奈美ちゃんの事を彼女だよ、とでも言っておくよ」
「うん、そうしてね。じゃおやすみー」
「おやすみ、気を付けてね」
影山が巻いてくれたマフラーを触りながら帰宅していると、携帯が鳴った。影山からだと思って直ぐに確認すると、松島からのメールだった。
(なんだパパか…)と、少し残念な気持ちでメールを開くと【明日、少しだけ会える?】と書いてあった。
【大丈夫、何時に何処へ居ればいい?】
と送った。
そのあと直ぐに返信が返ってきた。
少しだけって事は、ご飯は無しかな…と考えながら【分かったー】と送ってスマホを閉じた。
すると、またスマホが鳴る。
「しつこいなー」と呟きながら画面を見ると、今度は影山からだった。
【無事に着いた?】
たった一文が、とても嬉しかった。
【うん、もう着くよ。影山さんは?】
【僕は家に着いたよ】
【私も今、着いたー】
【良かった。今日はありがとう。おやすみ】
影山からのメールを何度も読みかえしては、笑みが溢れ出たまま帰宅した。
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