第2話 夜の川口 SIDE B
「駅遠いなぁ。ここどこや、全然タクシー走っとらんやないか」
どこかわからない暗い国道沿いを冴木はさっきからずっと歩いている。子供の頃住んでたらしいが、町の景色に全く覚えがない。
午前中に新大阪を出て新幹線で東京に来た。そこからスマホの乗り換え案内でこの町にたどり着いた。
思った以上に仕事は面倒くさく、待たされ、何度もキレたが、さっきようやくすべてが終わった。
冴木礼二(26)がこんな暗い場所を歩いているのは、子供の頃に会ったきりの親爺のような男の死体を引き取る為。
その男は埼玉のアパートで野たれ死んだそうだ。
元ヤクザで若い頃は組でも武闘派だったらしいが、冴木が物心ついたときには刑務所に行っていた。
いい思い出はその前も後もひとつもない。
そいつは出所してからは何をやってもうまくいかず、なにか大きな失敗をして組からは破門された。
クーラーのない暑いアパートの部屋で、母や冴木に毎日暴力を振るった。
自らの不始末は棚上げにして、抵抗できない者にだけ攻撃する人間のクズのような男だった。
やがて母と冴木は、大阪の親戚を頼って夜逃げした。それが二十年前。
どういう因果か、冴木も大阪でヤクザになったが、でもあの男とは違う人間になりたいと常に考えてきた。
ヤンキー時代に助けてくれたのが「共和会今宮組」の組長。以来、組の為、オヤジの為に、冴木は大阪のミナミで暴れまくり、詐欺やら恐喝やらで荒稼ぎした。一度目をつけたら最後までしゃぶり尽くす男『死神レイジ』と恐れられ22才で幹部、24のとき頭にしてもらった。最近では100人をこえる組員まとめる幹部としての貫禄も付き始めた。
やがて、大所帯を食わせるために大阪のキタに進出し、対抗する組「丸尾会」の連中を相手に抗争を仕掛けた。
緊張感のある、忙しくも充実した毎日だ。
そんな時に突然、知らない番号から電話がかかってきた。
「冴木礼二さんでまちがいないですか?」東京弁のムカつく言い方だ。
「そうや、俺が今宮組の冴木じゃ、誰じゃお前」
「はい、埼玉県川口市役所の職員です。あのぉ、冴木さんは、木村嘉男さんの息子さんで間違いないですね」
「・・・・・・」
蓋をした暗い記憶が溢れ出るようで一気に気持ちが悪くなった。
母親の性を学校でもずっと名乗って来たが、母親の強い想いで離婚はしていなかった。
「実は当市にお住まいの木村嘉男さんが、昨日亡くなられたんです。ご愁傷さまでございます。一人暮らしで近くに親戚の方などもお住まいでないのもので、警察の方の検視も終わり、病死という報告でした。なので、あのぉ、取り決めにより、明日ご遺体のお引取りにお越し頂きたいのですが……」
「行くかボケ」
しかし、入院中の母親に懇願され、冴木は一人でここ川口に来ることになった。
クズのような男だったのに母親もボケ始めたようだ。
もちろん葬式なんかするつもりはなかったから、火葬場で焼いて終わりと思ったが、焼くだけでも気が狂いそうにややこしい手続きが必要だった。役所に行ってたくさんの書類に名前と住所を書かされた。手間取っているうちに時間がたち、火葬場に行ったときには受付時間を過ぎていた。そこは何とか軽くゴネて、特別に焼いてもらった。
「お骨はどうされますか」と聞かれたので、「その辺に捨ててくれ」と言いたかったが、母親に骨壷もってこいと言われている以上、これも極道ができる少ない親孝行と思って余計に金を払った。
「今から東京駅に急いだら、なんとか終電には乗れるやろ」
舎弟のマサに電話を入れた。抗争中の組を冴木は何日も留守には出来ない。
「兄貴、無理せんと温泉でもいって休んで下さい。こっちは俺らで持ちこたえますから」
「あほ、東京に温泉ないわ。まぁあるかもしれんけど、もし終電間に合わんかったら、銀座の兄弟の店行って朝まで飲んだるわ」
携帯を切ると、不意に後ろから車の気配を感じて冴木は路肩に避けた。
黒塗りの大型車はゆっくりと冴木を追い抜き少し先で止まった。
突然、車の助手席から降りた男が素早く後部ドアを開けた。身のこなしは間違いなく筋モンだ。
冴木は思わず身構えた。
「もしかして共和会の冴木か?」
聞き覚えのない枯れた声。
「そうや、お前は誰や」
男は無言で冴木に近づいて来た。冴木の体が一気に戦闘モードに入る。
持っていた骨壷を相手に投げつけると、前蹴りを食らわせようとフォームを整えた。その時背後からゴツンと重いものがぶつかってきた。
他にもいたのだ。
振り返って殴りかかろうとするが激痛がする、背骨が動かない。下半身にお湯がかかったような感覚がする。手で触るとぬりぬるする。見ると血だらけになっている。
刺された。
すぐに正面から別の男がドスを持って近づいてきた。渾身の力でそいつの顔をついたが、異様に身のこなしが軽く、逆に下から腹を突き刺してきた。その間も後ろの男は刃物をねじりながら抜き、今度は冴木のクビを狙って切り込んで来る。
骨にあたる鈍い音と共に、全身の力が抜け倒れ込んだ。
顔にアスファルトの感触がした。
黒塗りの大型車のテールランプが霞んで目に写った。
「どこのやつじゃ、ぶち殺してやる」
声を出したはずだが、怒りの思考も少しづつ薄れていく。
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