第21話 シルヴィア
エイルのためにグランドイーターの牙から削り出した剣は、予想以上に彼女に好評だった。
それはもう、昼食の時も肌身離さず椅子に立てかけるほど。
その光景、誕生日に野球バットを買ってもらった子どもみたいで微笑ましかった。
まあ、ヴィーの「マナーがなっていません」の一言で自室に運ばれていったが。
俺的には丹精込めて作ったものが喜ばれて悪い気はしない。
昼食を食べ終え、午後。
午前はエイルの剣に使ったので、今からの時間は畑の様子を見ないとな。
「どちらに行かれるのですか?」
後ろから声をかけられる。
振り返ってみるとシルヴィアがいた。
「畑の様子を確認してくる」
「それでしたら私も手伝います」
いや、手伝いますと言われても。
シルヴィアは見た目、深窓の令嬢みたいな感じなんだが?
「大丈夫か?」
「任せて下さい。教会の活動では作物を育てることもしますから」
それは頼もしい。
俺はシルヴィアと一緒に畑へ向かう。
「あの、畑……ですよね?」
「ああ、畑だ」
「農園の間違えでは?」
俺も薄々そう思っていた。
俺たちの目の前に広がるのは耕された土壌。
正確に測った訳じゃないが、広さを求めようとすればヘクタール単位で計算することになると思う。
始めは10メートル四方の畑サイズを計画していた。
ただ、土を耕したり畝を作っているうちに楽しくなってきて、気が付いたらここまでの広さになっていた。
お陰で、耕した面積の100分の1くらいしか使う予定がない。
「それじゃあ、種を植えるのを手伝ってくれ」
「わかりました」
町に行ったときに買った植物の種の内、今回植えるのはトマトっぽい野菜の種。
他にもダイコンやハクサイ、ジャガイモ、ナスみたいな野菜の種も植える。
こっちの野菜、基本的に旬がないんだよな。
農業にそれほど詳しくない俺でも、野菜の旬くらいは知っている。
だから討伐者ギルドのアーロンから、ダイコンとトマトが同時期に生長するって説明されたときは驚いた。
やっぱり、魔物のひしめく異世界で時代を残すためか?
聞くところによると、年に何度か収穫できるらしいし。
「あれ? 水は撒かないんですか?」
さっそく種を植えようとしたところでシルヴィアから待ったが掛かった。
「水って種を植えた後なんじゃ?」
「植えた後だと種が流されてしまうことがあるんです」
なるほど。
たしかに理に適っている。
やっぱり行き当たりばったりでやるよりも、経験のある人に聞いた方がいいな。
シルヴィアのアドバイス通り、水を撒いてから種を植えることにする。
女神が作った魔法道具の中に水やり用のものがあるのでそれを使っての作業だ。
水の加減は分からないので、シルヴィアに頼む。
俺は水を撒いたところへ種を植えていく。
それにしてもこの魔法道具、わざわざジョウロの形にする必要はあるのだろうか?
「ハヤトさんはどうしてここに住んでいるんですか?」
「バカに連れて来られて、何となく成り行きでここに住んでる」
「えっと、バカって言うのはヴィーさんのことですか?」
「いや、シルヴィアは……そうか、寝てたか」
女神がエイルを助けた時、シルヴィアも魔法の連続行使で意識が朦朧としていたんだっけ?
まあ、素直に「女神に連れて来られた」なんて言っても変人扱いか。
いや、シルヴィアはシスターっぽいし、異端者扱いか?
「ヴィーとは違うヤツだ」
「大変じゃありませんでしたか?」
「最初は大変だったな。この森、魔物が虫みたいに集ってくるし」
「あははは……」
どうやらシルヴィアにも心当たりがあったらしい。
探索中も何度か、野営をしていたときに魔物に襲われたそうだ。
「……」
「……」
シルヴィアが黙ってしまった。
この年頃の娘さんとの会話は難しいな。
彼女は見たところ、10代の半ばくらい。
親戚にこの年頃の娘さんがいるが、そんなに会っていないからどう接していいか分からない。
「ハヤトさんは……」
「何だ?」
「……いえ、何でもありません」
「相談事なら話してみろ。それだけでも軽くなる」
俺に内心を当てられたシルヴィアは驚いた様子だった。
まあ、俺も大人だからな。
それくらい、察することができる。
少し考える様子を見せたシルヴィアだったが、意を決して言葉を紡ぐ。
「ハヤトさんは運命を信じますか?」
「……」
さて、どう返したものだろう?
夢のある答えか。
それとも、酷く現実的な答えか。
「これは俺の考えなんだが――」
「はい」
「運命はあると思う」
まあ、俺の考えはひねくれたものだけど。
運命。
それは神が与えた試練とか、絶対的な力の作用だとか言われる場合も多い。
だけど俺は、運命は選択の先にある結果のことだと思う。
例えば今日、野菜の種を蒔かなかったとする。
すると当然だが、野菜が実ることはない。
これも一種の運命だ。
『種を蒔かない』という選択をした結果が『野菜が実らない』という運命。
究極的には人の生き死にも運命だろう。
たまたま森に行ったら魔物に遭遇するのだって運命だ。
その時、森に行くという選択をとったから魔物に食い殺される。
逆に森に行かなければ、その人は生きられる。
もっとも、森に行って食い殺されたのなら、ソイツは注意が足りなかったってだけの話かもしれないが。
「結局のことろ、運命を変えるのは難しいよな」
「そうですか……」
「まあ、変えられない事も無いが」
「えっ?」
「さっきの話だと、森に行ったヤツが魔物より強けりゃいい話だろ」
運命は選択の連続だ。
森に行って魔物に襲われてもソイツが日頃から鍛えてて、襲ってきた魔物を返り討ちにできるだけの実力があれば死ぬことはない。
俗的な答えだが、力、金、権力のどれかさえあれば、運命なんて変えられる場合がほとんどだ。
って偉そうなこと言うが、俺も失敗してるからなぁ。
俺が死んだのだって、学生時代に努力という選択肢を取らなかった結果だし。
三流、四流の下請けに入ったつもりがブラック企業でサービス残業三昧。
「まあ、深く考えなくても、人間なるようになる」
「そうですか?」
「ああ。それと、二つアドバイスがある」
「はい」
「一つは俺みたいなしょうもない大人にならないこと。もう一つは人に優しくすることだ」
「人に優しく、ですか?」
情けは人のためならず。
誰かに差し伸べた手は、巡り巡って自分に差し伸べられる手になる。
もっとも、世の中に優しい人間なんてほんの一握りしかいない。
大抵は我が身可愛さに他人を食い物にできる偽善者ばかりだ。
多分、俺もそうだ。
だからこそ、人には分け隔て無く優しくしておけ。
ほんの一握りの人間が恩を感じるように。
「そしたらソイツが、今度はシルヴィアが困ってるときに助けてくれるからな」
「何だが、親切が凄い悪いことのように思えてきました」
複雑そうに顔をしかめるシルヴィア。
その顔が面白くて、少し笑ってしまう。
「どうだ? 悩みは解決しそうか?」
「分かりません」
「そうか――」
「ただ」
「……」
「ハヤトさんが優しい人だと言うことは分かりました」
少しは気持ちも晴れたのだろう。
シルヴィアは俺に満面の笑みを向けてくれた。
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