エレクトリック・シープ・スキン ~ 明日葉晶子の勝負服
ととむん・まむぬーん
第1話 男の娘探偵は記憶力が勝負
「クソッ、チョロチョロとすばっしっこいガギどもだ。よし、お前らは向こうに回れ、こうなったら挟み撃ちだ」
金髪ウィッグにフレンチメイド姿のミエルと学校帰りで制服姿の
「ハァ、ハァ、ピンチ、ピンチ。マジでピ――ンチ!」
角を曲がるたびにウィッグのツインテールがミエルの頬を撫でるように揺れる。そのたびにウィッグを気にして頭に手を当てるミエルの仕草に呆れながら晶子は目いっぱいの不満を漏らす。
「あんたのピンチはいつもっしょ。てか、なんで連絡係のあたしまで逃げてるし」
「し、しょうがないじゃないか。指示されたパスワードが間違ってるなんて想定外だよ。それに……あ、まずい、晶子、そこを曲がるよ」
「なんなのよこの街って。まるで迷路だし!」
二人はバーと小料理屋のわずかな隙間に入り込む。人が二人、ようやっとすれ違えるほどの狭い路地を一気に駆け抜けて目の前の
――*――
「ミエルちゃん、今回もよろしくお願いね」
新宿の中心街から少し外れたここ一丁目に残る古ぼけた小さなビル、その最上階に看板すら出さずに構えるオフィスで高校三年生の
ミエル、それは大悟が仕事で名乗る二つ名だった。フランス語でハチミツを意味するその名でこなす彼のミッションはよろず調査業、それも決まって女装をしての潜入だった。
そんな彼のことを今ではオフィスの一員となった晶子は「変態女装男子」と呼んでは事あるごとにイジってはいたが、二人は同じ高校の先輩と後輩、学校での晶子はミエルを「大悟先輩」と呼んでこの仕事のことは隠し通していた。
今回のミエルに与えられたミッションもまたガールズバーへの潜入だった。そこは小料理屋をリノベーションして開店したカウンター席だけの小さな店、八人も入ればいっぱいになってしまうその店はドラッグ売買の温床となっているのみならず、近頃では女性バーテンダーのお持ち帰りまでさせているとの噂だった。
「ウチにとっては全然旨味のない仕事なんだけどね、これもまあ、義理ってやつなのよ。ミエルちゃんには見習いバーテンダーとして潜り込んでもらう手筈を整えてあるわ。あとはうまいことやって尻尾のひとつも掴んできて頂戴な」
四谷荒木町、江戸の時代には滝のある大池を囲む景勝地として栄えたその街はやがて芸者が行き交う花街となった。しかし第二次大戦時の空襲で壊滅、戦後は小さな店が軒を連ねる飲食店街へと変貌していく。そして現在、バブル期の再開発を生き延びたその街並みには入り組んだ裏路地や石段が未だに残り、昭和の風情を残す通好みの店と
そこに突如として現れたのが
そう、彼らは「連盟」を名乗る半グレ集団の下部組織を構成するメンバーだった。元々は歌舞伎町を中心に活動していた彼らは徐々に周辺地域にまで根を張りつつあった。このままでは街が連中に乗っ取られてしまう、それを危惧した組合は彼らの悪事を暴いて警察に委ねる手に打って出たのだった。
「それでね、組合長さんもまあ、あの街を長年束ねてるだけあってなかなかの海千山千、お抱えの用心棒を使ってメンバーの一人を締め上げたらしいの。そうしたら店のパソコンに顧客やら取引実績やらが登録されてるって言うじゃない」
ママからの説明を聞いていたミエルがそこでようやっと口を開いた。
「わかりました。ボクは隙を見てデータを取ってくれば……って、でもセキュリティとかあるんじゃないですか? 例えばパスワードとか」
「ふふ、いい質問ね。もちろんそっちもぬかりはないわ」
ママはミエルの前に小さな紙片を出して見せた。そこにはアルファベットの小文字が三文字と六桁の数字が書かれていた。
「今すぐ頭に叩き込みなさい。覚えたらすぐに燃やしなさい」
ママはライターと灰皿をテーブルに並べて言った。ミエルはほんの数秒それを眺めるとすぐさまライターを手にした。
「ちょっと待つし。ミエル、あんた、もう覚えたの?」
「うん、こういうのはね、パッと見で映像として覚え込む方が印象に残るんだ。暗記じゃダメなんだよ。それに……」
「受験生は記憶力が勝負、でしょ。もう何度も聞いたし、耳タコだし」
いっしょになって覗き込んでいた晶子を尻目にミエルは紙片に火を着ける。そして完全に燃えたことを確認すると湯呑に残った冷めたお茶でその火を消した。
(注釈)
前作「メイド・イン・ドラッグ ~ 男の娘探偵ミエルの潜入大作戦!」もお楽しみください。
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