乙女ゲームのヒロインなんかになってたまるもんですか。

杏音-an-

前編



 ドンッ


 ゴツッ



「っ……ぃた!!」


「わっ!ぃたた……ぁ、君、大丈夫?」


 私は誰かにぶつかり壁に頭を強打した。

 大丈夫なわけないだろ、この野郎。どこ目つけて歩いてんだ、ほんと。


 そう思い私はぶつかった相手に思いっきり眼飛ばしてやろうと顔を上げた。

 すると、とてつもなく顔面偏差値の高い青年が目の前でしりもちをつきながらも、心配そうにこちらを見つめていた。


「……わ……かっこいぃ……」


 私が思わずそう呟くと、青年は突然だったからなのかカァと顔を赤く染め始めた。あら、やだ。童貞なのかしら。


「えっ、えっと……」


 そう言って青年が少しうろたえていると、後ろから慌てた様子でこちらに走ってきた男が青年へと話し掛けた。


「……っ!やっと見つけた!!でn……ア、アル!だ、大丈夫ですか!?……ん?そちらの女の子は?」


「あぁ、うん。ちょっとね……いたっ……」


「だ、大丈夫ですか!?」


 男は慌ててしりもちをついた青年に駆け寄る。

 私とぶつかった拍子に彼も手首を捻ってしまったようだ。頭、強打した私の方がアレだとは思うんですけどね?


 それにしても……んーなーんか見たことあるような気がするんだけーどな~?この光景も……


 ……あ。


 思い出した。


「……アルフォース、皇太子……」


「「えっ?」」


 ハッ

 私は慌てて両手で口を覆った。

 しまった。すごい小声だったと思うけど、もしかして聞こえちゃった?


 そう。この人、『アルフォース・ヴィ・プロイセン』皇太子殿下である。


 なんでそんな事を知ってるかって?

 今前世の記憶を思い出しちゃったからよ!!


 これは『ドキドキ⭐ラブリー学園』通称『ドキラブ』の乙女ゲームの世界。私が何故か前世でハマってしまって、課金しまくってヤりこんだ乙女ゲームだ。


 そう。そして私はヒロインの女の子。予想通りの展開よ。

 それだけじゃないわ!これはヒロインと皇太子殿下の特別出会いイベント。本編の攻略対象達との出会いは学園に入学してからなんだけど、皇太子殿下とだけは何故か入学前。そして、この出会いで怪我をした殿下を見て、ヒロインの私が魔力を開花させて治癒魔法を使う。それに驚いた殿下達だったけど、これをきっかけに私は魔力を持った特待生として庶民でありながらもゲームの舞台である『センシル学園』へと入学をする羽目になる。

 そこで皇太子を含めたイケメン攻略対象達とウフフ、アハハしながらラブラブな学園生活を送っていく乙女ゲームだった。でも、確か攻略対象の男には必ず婚約者、もと言いライバルの悪役令嬢がいて、物凄くヒロインをイビり倒していた。けど、それを攻略対象の男達がササッと駆けつけてヒロインを助け、胸きゅんしちゃうみたいなコンセプトのゲームだったはず……



 私がそんな事を脳内で高速回転しながら考えていると、恐らく護衛であろうおじさんが私に話し掛けてきた。


「あ、あの、今なんて?」


「……あ~!いや~なんか、あ~んまりにも男前なもんだから王子様みたいだなって⭐なんちゃって⭐」


 私は最後にウィンクをかまして慌てて誤魔化した。く、苦しいか?


 すると、男の方が安堵のため息を漏らして口を開いた。


「な、なんだ~。そ、そうだよね~うんうん。俺の弟なんだけどよく間違えられるんだ~」


 男は声を上ずりながらもそう答えた。

 いや、お前も苦しそうやんけ。まあ、いい。このまま便乗しよう。


「へぇ~そうなんですね~!あら、いやだ。私急いでるんだったわ!それじゃあ、ごきげんよう~」


 私はそう告げてそそくさと退散しようとした。

 本当は魔力開花させて治癒魔法使ってパパっと殿下の傷を治しちゃうとこだけど……


 うるせぇ。知ったことか!

 私は悪役令嬢達にイビられたくもないし、お貴族様のマナーなんて学びたくないし、魔法の勉強なんてまっぴらごめんよ!!

 それに皇太子ルートになんて入ってみなさい!未来の皇后になるべくスパルタ教育される未来しか待ってないじゃない!!ゲームと現実は違うのよ!それに……


 私はそう思いながら逃げようとした。が、突然腕を後らから捕まれた。振り返ると、殿下が捻ったであろう手首とは逆の手で私の腕を掴んでいたのだ。

 おい、お前。なにしてる。空気読めよ。後ろのおじさんもビックリしてるよ。


「あ……わ、ご、ごめん!引き留めちゃって。どうしてだろう」


 いや、知らんがな。はよ、離せ。

 私がそんな事を思いながら眼を飛ばしていると、彼は何を勘違いしたのか、再び頬を赤く染めて腕を掴む手に少しだけ力を込めた。


「その……また会えない、かな……?」


 彼は少し上目遣いでそう訴え掛けてきた。


「君の事が、もっと知りたいんだ」


 彼がそう言うとその後ろでは、おじさんがオロオロと困惑している。


 そうね。こんな言葉じゃ言い表せないくらいのイケメンにこーんな甘い言葉を言われたら……


「無理です」


 私は笑顔で即答した。


「え?」


 殿下はとても間抜けな面をして聞き返した。


「無理でーす」


 なので、私ももう一度笑顔で答えた。


 だいたい、あれは乙女ゲームだったからツッコまないであげていたけど、普通に浮気じゃね?

 アンタ、政略結婚だとしても婚約者いるよね?悪役令嬢の。嫌ならちゃんと婚約破棄の手続きしてから、アタックしてきなさいよ。まあ、断るけど。まぁ~あ?政略結婚なんだから、そう簡単には破棄できないんだろうけど?いや、でも普通に略奪は嫌だわ。まぢで。


「そ、そんな事言わずにっ!!」


 殿下はそう言ってさっきよりも掴んでいた手にグッと力を込めた。


「っ……ぃ……」


 私は掴まれた腕が思ったより痛くて、ぎゅっと目を瞑ってしまった。


「ちょ、アル!!」


「おい」


「っ!?いっ!!た!!」


 何故だか分からないけれど、突然殿下の掴む手が緩んでスルッと私の腕から離れた。

 私は恐る恐る目を開ける。目を開けると、とてつもなく目付きが悪い強面な青年が、殿下の腕を捻り上げていた。


「……リアム?」


「何、油売ってんだよ。ソフィア」


「いっ!!くそっ離せ!!」


「くっ……貴様!!その手を離したまえ!」


「あ?あぁ。ほらよ」


 リアムは面倒くさそうに手を離した。そして直ぐに私の元に駆け寄り殿下に掴まれていた腕をそっと撫でた。

 強面な顔とは対象的に、優しく触れる指に思わず私はドキッとした。


「……赤くなってる」


「え?」


「だから赤くなってるってば……診療所に行こう」


 そう言ってリアムは私の肩をそっと自分の方に抱き寄せて、診療所の方へ向かおうとした。


「ちょ、ちょっと待て!」


「あ?なんだよ。そんなに強く捻り上げてねぇはずだぞ。診療所行くほどでもねぇだろ。男だし。寝れば治る」


 いや、待てリアム。寝れば治るは、やばすぎ。


「そ、そうじゃない!お前……その彼女、ソ、ソフィアさんとはどう言った関係なんだ」


 殿下は少しだけワナワナと震えながら訊ねた。

 ちょっと、勝手に名前で呼ばないでくれませーん?てゆーかーお前に関係ねえし。


「……お前に関係ないだろ」


 リアムは不機嫌そうにそう答えた。


「か、関係ある!彼女には……運命を感じたんだ!」


 ……は?


 いや、待て。皇太子ってこんなキャラだったっけ?私がゲームの世界と違う行動してるからバグった?


 私がそんな事を思っていると、リアムは呆れたようにため息を漏らした。


「付き合ってられん。行こう、ソフィア」


 そう言われ、私も殿下に背を向けた。


「ま、待って!ソ、ソフィアさん!!」


 背を向けられた殿下は後ろからそう叫んだ。私はその声を無視してそのまま歩こうとしたが、リアムはピタリと足を止めた。


「リアム?」


 私がそう訊ねるとリアムはクルッと後ろを振り返り、ズカズカと殿下の元へ足を進めて、殿下の胸ぐらを掴んだ。


「お、おい!貴様!」


 後ろに控えていたおじさんは慌てて、リアムの腕を掴み殿下の身体から離そうとした。が、リアムの下町の仕事で鍛え抜かれた腕はビクともしなかった。リアムはそのまま殿下に顔を近づけて口を開いた。


「気安くソフィアの名前を呼ぶな。糞野郎」


 リアムがよっぽど凶悪な顔で迫ったのか、殿下はすっかり怯えた表情を浮かべていた。

 このままでは不敬でリアムの首が飛びそうなので、私はリアムの背中をポンポンと叩いた。


「リアム、それくらいにしときなさいな。ごめんなさいね?おにぃさん。でも、私もか弱い腕をこんな赤くさせられたし、おあいこよね?」


 私がそう訊ねると、殿下はコクコクコクと物凄いスピードで頷いた。始めからそうしなさいよ、全く。かっこわる。


「……ハァ。まぁ、いいや」


 リアムは再びため息をつきながら、胸ぐらを掴む手を離した。

 そうして呆然とする殿下とおじさんに世を向けて歩き出そうとした。が、私は一言だけ言ってやりたくてクルッと振り返った。


「あ、私達の関係ね?彼は私の婚約者よ?私、もうすぐ人妻になるの」


「……へ?」


「結婚したらふたりでカフェを開くのよ。よかったらおにぃさん達も来てちょうだいね」


 私はそう言ってにっこりと微笑んで前を向き、その場を後にした。




 取り残された皇太子と護衛は呆然とそのふたりの後ろ姿を見送っていた。


「……ねえ」


「はっ、なんでございましょうか。殿下」


「かふぇってなんだい?」


「……さぁ、私には……またお忍びで来てみたら分かるやもしれませんね」


「……あぁ、そうだな」


 皇太子はそう言ってコクンと頷いた。



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