カット
月日は流れた。
映画は完成していった。だが同時に東郷の体の中に寄生する病は徐々に蝕んでいった。授業をし、映画を撮るの繰り返し。残り少ない余命をこんな楽しいことに使えるなんてと、東郷の気持ちは昂っていた。最終カットを撮り終える頃には東郷の体は限界だった。入退院を繰り返していた。
「佐々木、お願いがある」
病床に背中を預けながら病室にいた佐々木に話しかけた。小守たちも東郷の方に振り返った。
「死ぬまで撮ってくれ」
佐々木が息を呑む。
「わかってる。嫌だったら撮らなくてもいい。ただ、最後の最後まで出ていたいんだ。いや、そうだな。出たがりすぎるな」
「わかりました。撮ります」
佐々木は二つ返事で答えたがそれがどれほど重く、どれほど現実というものの残酷なのかを体現しているのかは一番理解していた。その夜、東郷は自宅で倒れ救急搬送された。東郷の家族でそこで東郷が大病を患っていることを知った。
東郷はベッドの上に横たわっていた。鼻にはチューブがつながり、心拍数を機械でモニタリングされている状態だった。佐々木たちがきた時にはもう虫の息だった。
「先生」
子守が言った。目には涙が浮かんでいた。松川がカメラを持ち東郷や皆の様子を撮っていた。
「みんな、最後まで一緒に撮ることができなくてごめんな。俺たちは先生と生徒の関係だ。だが映画を撮っているときは一つの仲間のようなそんな気分でいれた。もっと早く映画をとればよかった。いつも頭のなかで空想してたんだ。〈LIFE!〉に出てくるウォルター・ミティみたいにな。世界も旅しとけばよかった。そうか、俺は生きてるんだ、今。よく人は死に直面したとき生を感じるというが本当みたいだな。あぁ、憂鬱だ。理由はない。もしかしたら自分の映画がアカデミー賞を取るだろうか。あぁもう少し映画を見ておけばばよかった。ちゃんと撮ってるか?」
「はい、先生」
松川が鼻を啜る。
「鼻を啜ったら、音が入るだろ?」
東郷が言った。少し笑いが生まれた。
「お前ら、最後まで生きろ。自殺とかは考えるな。人はどうせ死ぬ。死にたくないことで死ぬ。死なないことなんてない。もしかしたら明日死ぬかもしれない。だからせめてその時まで生きろ。どうせ死ぬなら、このクソみたいに美しく残酷な世界で生きてみろ。別に急ぐ必要はない。時が来たらその運命を受け入れればいい話だ。死はつきまとう。佐々木、映画を撮るのを勧めてくれてありがとうな」
東郷の目からも水分がこぼれる。
「雨漏りしてきやがった」
外は快晴だった。
「絶対成功させます」
佐々木が言った。全てはあのDVDのレンタル屋で始まった。あの日、借りたのは確か、〈ものすごくうるさくて、ありえないほど近い〉、〈博士の異常な愛情〉、〈孤独なふりした世界で〉だっただろうか。そんなの今はどうでもいいような気がしていた。
「いいか、死を忘れることなかれ。メメント・モリ」
「、、、カット、、、」
膝から崩れ落ち掠れた声で佐々木が言った。
体育館の天井から垂れ下がる簡易的なスクリーンにエンドロールが流れた。周りからは啜り泣く声が聞こえる。映画は成功したのか、そんな考えが佐々木の頭をよぎった。佐々木含め、あの場にいた生徒は東郷の葬式には行かなかった。それよりやらなければならないことがあったからだ。エンドロールにはそれぞれの名前が映し出されていく、そして最後に明朝体のフォントで文字が映し出された。
〈誰かが死ななきゃ感動できないから〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます