11

建国祭の期間は雨が降らない。これは何百年も続く事実だ。

女神の加護によるもので、本来ならば気候の操作は『できるけれどやらないこと』なのだけれど、『お祭りの時くらいお天気を気にせず楽しみたいわよね』ということらしい。

なので今日も快晴だ。


「ルナ?!」

教会へ向かう馬車のところへ向かうと、何故かその側にルナが立っていた。

「どうしてここにいるの?」

彼女は王都の外にある屋敷に置いてきたはずなのに。

近づくとルナは嬉しそうに身体を擦り寄せてきた。


「それが……馬車の用意をしていたら、いつの間にかこの馬が現れておりまして」

御者が困ったように言った。

「一人で王都の中を通ってここまできたの?」

今は祭りの最中で人も多いだろうに。

「一緒に行く気なんだろう」

隣でフィンがため息をついた。

「まあ仕方ない。ダメだといっても聞かないだろう」

そう言ってフィンは御者を見た。

「この馬は勝手についてくるから気にしなくていい」

「はあ……公爵様がそう仰るなら」


「ルナ、今日はパレードもあるのだからいい子にしているのよ」

私はルナの首を撫でながら言った。

大聖堂での儀式の行き帰りに国王の馬車を見ようと大勢の市民が集まってくるため、いつしか帰りはパレードとして行事の一つになったのだ。

市民にとっては国王をその目で見られる貴重な機会だ。



「サラ?」

後ろからエレンの声が聞こえた。

「その馬……」

「私の馬よ。ルナっていうの」

「……神獣?」

「ええ」

さすがエレン、見ただけで分かるのね。


「神獣って初めて見たわ。魔力がとても強いし……女神の魔力と似ているのね」

エレンが側へ近づいてもルナは大人しかった。

「……触っても平気かしら」

「そっとね。ルナ、大人しくしているのよ」

エレンが首筋を撫でる間、ルナはじっとして動かなかった。

「艶々で気持ちいいわ」

「いい子ね、ルナ」

初めての人間には警戒心が強いのに。

(エレンは国王だからか……それとも、女性だから?)

もしかしたらルナは男性が苦手なのかもしれない。ふと思った。


今日は建国祭四日目。大聖堂で儀式が行われる。

王侯貴族だけでなく庶民も参加できる一番大規模な儀式だ。


「わあ……綺麗ね」

馬車のカーテンの隙間から外を覗いてみる。

建ち並ぶ家々や屋台など、あちこちが花で飾りつけられている。

一週間ほど前に王宮に向かった時はなかったのに。

「女神への感謝の気持ちを花で表すんだ」

フィンが言った。

「素敵ね。……私が生きていた頃もあったのかしら」

「いや、戦後から始まった」

「そうだったの」

そうね、こんな大掛かりな飾り、国が安定して豊かにならなければ出来ないものね。

私は戦争が終わってすぐに死んでしまったから……その後のことを知らないけれど。

「平和になって良かったわ」

「――ああ」

花の溢れる美しい街並みを眺めているうちに、馬車は大聖堂へと到着した。



大聖堂での儀式は、女神、そして歴代の国王を讃え、国を支える国民たちに祝福を贈るものだ。

(凄い……)

正面に大きな女神像を配した主祭壇を見上げる。

何本も立ち並んだ高い柱の間から、ステンドグラスを通した光が差し込んでくる光景はとても美しい。

集まった人々の熱気を吸い込みそうなほど厳かな雰囲気の中、歌や大司祭による祝詞の後、国王のエレンが女神に花を捧げて儀式は終わった。


儀式のあとはパレードだ。

エレンは幌のない馬車に乗り換え、王宮へと向かう。

馬車に乗り込んだエレンが口の中で何か唱えると、エレン、そして馬車が光に包まれた。

防御魔法だ。

無防備な馬車を護るためのもので、普通は教会や王宮の魔術師が行うが、エレン自身が優秀な魔術師であるため自分で行うのだという。

(エレンの魔力……感じたかったな)

彼女の魔力は優しくて心地良い。

それをもう感じることができないと改めて思い出して少し寂しくなった。


エレンの馬車はその前後を騎馬隊に囲まれて出発した。

私たちはその後から普通の馬車でついていく。

教会を出ると沿道から賑やかな歓声が聞こえてきた。

「窓を開けてもいい?」

雰囲気を感じたくてフィンに尋ねる。

「少しだけだ」

「ありがとう」

そっと窓を開けると、わあっと大きな声が身体が振動するくらい響いてきた。

「すごいわね。エレンの姿が見えるといいのだけれど」

ここからだと騎馬隊に遮られてよく見えない。

残念に思い、窓を閉めようかと手をかけると目の前を銀色に光るものが横切った。

「……ルナ?!」

間違いない、今の銀色の毛並みはルナだ。

(あの子何して……)

その時、前方から光と激しい音が響いた。


「サラ!」

フィンが私の肩を抱き、窓から遠ざけると同時に馬車が激しく揺れながら止まった。

外からは悲鳴のような怒号のような声が聞こえる。


「何が起きた」

フィンは席の下から剣を取り出すと前方の御者に声をかけた。

「は……女王の馬車が……襲撃を受けたようで……」

「エレン?!」

「襲撃だと」

「ですが……あれは銀色の……翼の生えた馬?」


「翼の生えた馬?」

「大きな翼が馬車を守って……」

わああ、と歓声が聞こえた。

そして外には……光と共にたくさんの花びらが舞っているのが見える。


「神の馬だ!」

「女神だ!」

「女神が女王をお守りに……!」

神の馬って……まさか、ルナ?

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