08
建国祭二日目は王宮晩餐会が開かれる。
国王が貴族や軍人、官僚など国の功労者を招き、その労をねぎらい国の繁栄を祝うのだ。
「サラ嬢のことは以前公爵から聞いたことがあります」
私の隣に座った騎士団長が、いかつい身体からは想像できなかった柔らかな笑顔で言った。
彼はフィンの剣の師匠でもある。副団長だった戦争時は王都を守っていたため、戦場には出ていなかったそうだ。
「戦争が終わった後、次は令嬢たちによる王太子争奪戦が始まりますねと言ったら、自分は既に心に決めた相手がいて彼女以外とは決して結婚しないと」
「……まあ、そんなことを?」
「亡くなられた前陛下も仕方ないという顔でした。……生きておられればさぞ喜んだでしょう」
「……私もお会いしたかったです」
先代の国王も生まれた時からの、フィンやエレンよりも長い付き合いだった。
その彼がもういないというのは残念だ。
「それにしても、本当にお綺麗な方ですね」
しんみりしてしまった空気を払うように明るい声でそう言うと、団長は隣の夫人を見た。
「なあ」
「ええ」
穏やかそうな夫人は頷いた。
「昨日のドレスも素敵でしたが、今日のドレスも美しいですわ」
「ありがとうございます」
「今日もコルセットはつけていませんの?」
「ええ、今まで身につけたことがなくて慣れていないので……。使わなくてもいいように仕立ててもらいました」
私はフィンのパートナー、つまりおまけなので今日は落ち着いた印象を与える紺色のドレスを用意した。
この国のドレスはコルセットを使いウエストを細く見せ、さらにスカートにはパニエという枠を中に仕込み大きく膨らませるが、私のドレスはコルセットを使っていない。慣れない場所で苦しいのは辛いからだ。
その代わり、ウエストはなるべく細く作ったし、太らないよう旅の間や王都に到着してからも毎日のトレーニングは欠かしていない。
スカート部分もパニエは使わず、フリルやドレープのつけ方でボリュームを出した。
パニエを使った方が綺麗な形が作れるが、座るのが大変なのだ。
今日のメインは食事だから数時間座ることになるし、食事のマナーを守るのも大変なのでそこまで気をつかえないと、この形にしたのだ。
「そうなのですね。そのデザインは公爵領の仕立て屋が考えたのかしら」
「いや、サラが自分で考えた」
横からフィンが口を挟んだ。
「彼女は自身をよく見せる術を知っているからな」
「まあ、素晴らしいですわ」
夫人が感嘆の声を上げた。
「さすが元将軍が望んだ方ですね」
騎士団長も感心したように言った。
(自分で考えたわけではないけれど……)
向こうの世界にあったデザインを、こちらの世界でも違和感がないようアレンジしただけだ。
「……ありがとうございます」
けれどそのことを説明するわけにもいかないので私は曖昧に微笑んでおいた。
食事の後は移動して歓談の時間だ。
晩餐会の席で国王と話せなかった人たちと国王が言葉を交わすのが目的で、それが終われば後は好きに帰っていいのだという。
「公爵」
私たちはもう何度も会っているし身内だから残る必要はない。帰ろうとしていると声をかけられた。
「――アーベライン侯爵か」
「ご無沙汰しております」
五十代くらいの髭を生やした男性が立っていた。
昨日フィンに声をかけてきたイザベラの父親だ。
「昨日はご挨拶できず申し訳ございませんでした」
昨日の夜会ではフィンに声をかけたがっている貴族たちが多くいたが、私たちはさっさとバルコニーへ移動してしまい、ほとんどそこへいたため話しかける隙がなかったのだ。
「ああ、侯爵に言っておくことがあった」
フィンが言った。
「何でございましょう」
「昨夜、お前の娘が私の婚約者を誹謗していたそうだな」
「娘がでございますか? そのようなことを言う娘では……」
「私の元部下たちが直に聞いている」
フィンは侯爵へと歩み寄った。
「サラへの誹謗は公爵家への侮辱と受け止める」
「――それは申し訳ございませんでした」
侯爵は頭を下げた。
「娘はずっと公爵に憧れておりまして。おそらくご婚約者の方が羨ましかったのではないかと……」
「ほう。嫉妬した相手を侮辱するとは、お前の娘は随分と性悪なのだな」
「そのようなことは……」
「娘に伝えておけ。私を怒らせたのだ、二度と話しかけてくるなと」
「……は」
「王太子時代であったら不敬罪で処分していたところだ」
そう言い捨てるとフィンは私を促して歩き始めた。
「……あそこまで言わなくても」
陰口くらいで。
「牽制だ。ああいうのは早めに釘を打っておかないと調子に乗るからな」
フィンは私を見た。
「もしも侯爵が私の擁立を望んでいるならば、私に嫌われた娘を近づけさせないにするだろうし、擁立自体慎重になるだろう。それでもまだ来るようならその時は容赦しない」
「厳しいのね」
まるで戦争の作戦のようだわ。
「厳しい男は嫌いか」
フィンは立ち止まった。
私を見るその瞳には、少し不安そうな色が浮かんでいる。
「いいえ。私を守ってくれているのでしょう」
確かにその対応は厳しいというか、過剰だけれど。
私を思う気持ちからくるものだから、仕方ないというか……フィンらしいと思う。
「あなたは昔から私を守ろうとしてくれたものね」
特に晩年、段々身体が動かなくなってきてからは、戦場から戻ると真っ先に私の元を訪れ、身体を気遣いずっと側にいてくれた。
前世で最後に見たのもフィンの顔で――指一本動かすこともできなくなったその手を握りしめていた、彼の手の感触は今も覚えている。
「サラを守るのが私の役目だからな」
あの時と同じように手を握りしめて、フィンは歩き出した。
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