04

そこに立っていたのは、大きく膨らませたスカートに、上半身には数えきれないほどの小さな宝石を散りばめた豪華なドレスを着た女性だった。

イヤリングやネックレスにもルビーらしき大粒の赤い石を使っている。

幼そうに見えるが二十歳を過ぎたくらいだろう。ダークブロンドの髪にも宝石を散らした、可愛らしい女性だ。


「ご無沙汰しております。またお会いできて嬉しいですわ」

「誰だ」

初めて聞く、ひどく冷たい声に女性がびくりと肩を震わせ、私は思わずフィンを見た。


氷のような冷たい眼差しでフィンは女性を睨みつけるように見ていた。

「……イザベラ・アーベラインですわ。……以前よくお茶の席でお会いいたしました……」

「お茶? ああ」

フィンは不快そうに眉をひそめた。

「昔はとっかえひっかえ色々な相手と引き合わされていたからな、いちいち覚えていない」

(辛辣……!)

イザベラと名乗った女性は顔を引き攣らせた。


アーベライン家は侯爵位で、私が巫女だった時はこの国の筆頭貴族だった。

その家の令嬢は、確かフィンの婚約者候補だったと思う。

フィンには幼い頃から婚約者候補のご令嬢たちと、よくお茶会という名のお見合いをさせられていた。

お茶会の後は私の元へ来て、うるさかっただの香水が臭いだの、よく文句を言っていて……あの頃のことを思い出したのだろうか。フィンの顔にはあからさまに不快な色が浮かんでいた。


「わ、私、お会いできるのを心待ちにしておりましたの」

「そうか、では気が済んだだろう」

そう答えるとフィンは私を見た。その瞳にはすっかり不快の色は消えている。

「行こうかサラ」

「ええ……」

キッとイザベラが私を睨みつけた。

(見た目に反して気の強い子ね)

この状況でフィンに声をかけられるくらいなのだ、肝が据わっているのだろう。

「なんだその目は」

それくらいじゃないと侯爵令嬢なんてやってられないのかしらと思っていると、また冷たい声が聞こえた。


「……え」

「何故サラを睨む」

再び氷のような瞳に戻ってフィンはイザベラに向いた。

「に、睨んでなど……」

「ほう、嘘まで重ねるか」

「……わ……私は……」

「フィン」

震え出したイザベラを見兼ねて私はフィンの腕を引いた。


「それくらいでいちいち突っかからないで」

「しかし」

「そもそも、こんな大勢の前で女性を責めるのは失礼でしょう」

ただでさえ私たちは注目を集めているのだ。

フィンに公の場で責められるのは、女性にとって大きな痛手となるはずだ。


「こちらの方はただ挨拶をされただけなのに、それをあなたが過剰に反応するから……」

その言葉の裏に下心があるのは透けて見えるけれど。表面上は普通の挨拶だ。

構えずに社交辞令で返しておけばいいのに……って、昔もそんなことをフィンに言ったような気がする。

「ごめんなさいね」

私はイザベラに向いた。

「この子、昔から社交が下手で」


「この子……」

隣からショックを受けたようなフィンの呟きが聞こえるけれど。今のフィンは子供のころと変わらないんだもの。

「ククッ。聞いていた通りですね」

振り返るとブルーノが笑いをこらえるように、その口角を上げていた。

「閣下を諌められるのはサラ様だけだと」

「……どなたに聞いたのですか?」

「陛下です」

「エレンがそんなことを?」

「はい。サラ様がお戻りになられて、陛下もとても安心しておいででした」

「まあ」


「公爵! 陛下がお呼びです」

侍従が近づいてきた。

「噂をすればですね」

「サラ」

差し出された腕に手を絡めると、そのままフィンは歩き出そうとした。

「失礼します」

無視された状態のイザベラに声を掛けると、私はフィンと共にその場を離れた。



「早速接触して来たな」

ブルーノが小声で言った。

「アーベライン侯爵は」

「離れたところから窺っている」

「侯爵の指示か?」

「さあ。あの令嬢は以前からお前との婚約を望んでいたからな」


今回、フィンに接触してくる可能性が一番高いのがアーベライン侯爵なのだそうだ。

保守的な思想の侯爵は最初から『女王』に難色を示していたという。

娘をフィンに嫁がせて王妃にしたいと言う思惑もあるのだろうと。

(さっきの子は父親に言われただけじゃなくて、自分の意思でフィンを狙ってるようだったけど)

私を睨んだあの目は、恋敵を見る目のように思えた。

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