03
何人もの神官を従えた、白いローブに身を包み立派な髭を蓄えた老人が立っていた。
この国の教会を仕切る大司祭だ。
「五年ぶりか、すっかり立派になったな」
フィンを見てそう答えると大司祭は私へ向いて――記憶にあるよりもシワが増えたその目尻を下げた。
「サラも新しい生活には慣れたか」
「はい」
「戻ってこられて本当によかった。女神の御加護に感謝しないとならないな」
「大司祭と知り合いなのか?!」
「あの女性は何者なんだ」
周囲から大きなどよめきが起きた。
「大司祭はサラ様をご存じなのですか」
ブルーノが尋ねた。
「サラの家族には、昔大いに貢献してもらったからな」
「私たちはその縁で知り合ったのだ」
大司祭の言葉を継ぐようにフィンが言った。
「へえ、そうなんですね」
「戦場で知り合ったって聞いてましたけど」
「そんな訳ないだろう」
眉根を寄せてそう答えると、フィンは大司祭に向かって胸に手を当て頭を下げた。
「大司祭のおかげでこうしてサラと再会することができ、感謝しております」
「なに、私もずっと気になっていたからな。それで、結婚式は王都で挙げるのか?」
大司祭はフィンに尋ねた。
「いえ、まだ未定です」
「二人の式を執り行うのがこの年寄りの最後の楽しみだ。待っているぞ」
「滅相なことを言わないでください」
「はは、ではまた後日」
にこやかな笑顔で大司祭は立ち去っていった。
「大司祭に貢献した……?」
「教会関係者なのか」
「大司祭が結婚を認めたのか」
「上手くいったようだな」
ざわめきの合間から届く声を聞いているとフィンがそっと耳打ちした。
大司祭は前世の私を知っていた一人で、今回の計画に協力してくれている。
彼は先先代の年の離れた王弟、つまりフィンにとっては大叔父にあたる。彼が王子として生まれた時から知っている仲だ。
その、王族でもありフィンとエレンを孫の様に可愛がっている大司祭が私に対し親しい態度を見せ、二人の結婚を望んでいるということは、私が特別な存在であり、フィンとの婚約を教会が認めているということを示す。
その教会の意思に反してまでフィンに娘を嫁がせようとする貴族はまずいないだろうとフィンは考え、大司祭に連絡を取り協力を仰いだのだ。
フィンが作った設定は、私の架空の家族は戦争中、大司祭からある秘密の任務を任されており、私はその任務の関係で教会や王宮に出入りすることがあり、王太子だったフィンと出会った。
任務は遂行したものの家族は死んでしまい私も行方不明に。私を忘れられなかったフィンはずっと探し続けており、教会が異国にいた私を見つけ出して公爵領へ招いたというものだ。
大司祭直々に依頼を受けた任務だから、その具体的な内容を他の者が探ることは不敬となる。
必要以上に私への探索はされないだろうとフィンは言っていた。
やがて女王の到着を告げる声が響いた。
真紅のビロード地に白い毛皮がついたローブを纏い、王冠を被ったエレンは美しく、王としての風格をたたえていた。
(あの幼かったエレンが女王になるなんて……)
何度か会っているとはいえ、やはり正装姿は違う。
「行こうか」
感慨深く玉座へ座るエレンを見つめているとフィンが私を促した。
来場者は身分が高い順に女王へ挨拶をする。
大司祭に続いて実兄であり公爵であるフィンと私が女王の前へ立った。
「公爵になってから建国祭への出席は初めてではないですか? お兄様」
フィンにそう言うと、エレンは目を細めて私を見た。
「サラも久しぶりね、元気そうで良かったわ」
「エレンも。まさかあなたが女王になるなんて思いもよらなかったわ」
「ふふ、私もよ。お兄様をよろしくね」
柔らかな、というよりは威厳を感じさせる笑みをその顔に浮かべてエレンは言った。
エレンとも既に何度か会っているが、王都の外であった時はお忍びできていたため、今回はこの場で会うのが初めてだということになっている。
「エレンは王としての風格があるわね」
挨拶を終えてエレンの前から下がると、私はフィンにそう言った。
王都に到着した日や一昨日会った時はそうは感じなかったけれど、玉座に座り王冠を被ったエレンは女王そのものだ。
「そうだな、即位して十年経っているからな」
「十年……長いわね」
巫女としての十年はあっという間だったけれど、今の人生の十年は長い。
思えばエレンが即位したのは十六歳の時。
この歳では十六歳は成人年齢とはいえ、まだ子供でもある年頃だ。
そんな女の子が父親の死後、王となり国を治めてきたのだ。
(それは、ストレスで不妊にもなるわよね……)
向こうの世界でのストレス解消法をエレンにも試してもらおう。そう思った。
国王への挨拶が終われば、後は歓談の時間だ。
あちこちで会話が交わされているが、やはり皆私たちを意識しているのが分かる。
それでも声をかけてこないのは、『死神』と呼ばれていたフィンがまだ恐ろしいのと、周囲に騎士たちが取り囲んでいるからだろう。
「アーチボルド様」
喉が乾いたなと思っていると、女性の声が聞こえた。
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