07

「サラちゃん! 会いたかったわ!」

光が消えると同時に、衝撃とともに何かが首元へと抱きついてきた。


「……お母様……?」

「もう! あなたどこに行ってたの?!」

「苦しい……離してください」

ぎゅうぎゅうと締め付けてくる腕をなんとか振り解く。

「ひどいわサラちゃん。久しぶりの親子の再会なのに冷たいわ」

うらめしげな紫色の瞳が私を見た。

長い銀色の髪を持った、私とよく似た顔立ちで、私よりも幼く見える女性――前世の私を産んだ『月の女神』そのひとだ。


巫女は女神に選ばれた人間がなるとされているが、真実は違う。

女神が選ぶのは、巫女を産むために必要な『父親となる人間』だ。

巫女は女神と、人間の間にできた子供であり、そのため普通の人間よりも強い魔力と長い寿命を持つのだ。


「お母様……このような場所に現れるのは」

「大丈夫よ、ちゃんと結界を張ったから誰にも見られないわ。ほらちゃんと顔を見せて」

手を伸ばすと女神は私の頬を両手で包み込んだ。

「不思議ねえ、身体は別人なのに顔は同じなのね」

「……お母様の仕業ではないのですか」

「私は知らないわ」

女神は首を振った。

「びっくりしたわ、突然あなたの魂の気配を感じたんだもの」

「そうだったのですか」

「もう。あなたが死んだ時、魂を向こうに連れていくつもりだったのに。その前に奪われたのよ」

「奪われた?」

「きっとアダムの仕業ね」

「……お父様?」

私の父アダム・エドワーズは、この王国で歴代一の魔術師と言われるほど強大な魔力を持っていた。


「もしかして、お父様はまだ生きているのですか?」

父と最後に会ったのは、確か先々代、いやその前の国王の時代だから……百年近く前になるだろうか。その頃すでに百五十歳を超えていたはずだ。

彼は純粋な人間だけれど魔力の高さ故か何か魔法を使っているのか、私と同じように歳をとっても外見が若いままだった。

「多分ね。全く、どこにいるんだか」

「お母様でも分からないのですか」

「私から隠れるのが上手いのよ」

「ではどうしてお父様が私の魂を奪ったと?」

「だってあの人だけだもの、そんなことができるのは」

女神は頬を膨らませた。

「サラちゃん、もしあの人と会うことがあったら私に教えてちょうだい」

「教えるって……どうやって? 今の私は魔力がありません」

巫女だった時は、魔力を使って女神に話しかけることができたけれど。


「ああ、そうね。不便ねえ」

はあと女神はため息をついた。

「ねえサラちゃん、巫女に復帰しない?」

「え?」

「新しい巫女の父親に相応しい魔力を持った人間がいなくて。巫女が不在で困ってるのよ」

「でも、私は魔力がないので、巫女にはなれません」

「魔力があれば巫女に戻る?」

「……それは」

脳裏にフィンの顔が浮かぶ。

もしも私が巫女になったら、王宮に戻らなければならなくなる。そうしたら……。


「まあ、返事はすぐじゃなくていいわ。せっかくの自由を楽しむのもいいわね」

笑みを口元に浮かべると、女神は私の頬を手で包んだ。

「誰か来るみたいだから帰るわね。また会えて良かったわ」

その身体が光を帯びると、溶けるように女神の姿はかき消えた。


(……相変わらず慌ただしいひとね)

再会を実感する間もなく去ってしまった後を見つめていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

「私だ」

ドアを開けるとフィンが立っていた。

私と視線を合わせると、頬を緩めて嬉しそうな笑みを浮かべた。


「入ってもいいか?」

「ええ」

部屋に入るとフィンは室内を見渡した。

「足りないものはないか」

「ええ、十分すぎるくらいよ」

私専用の部屋の準備が終わるまでは客間を使うことになった。

公爵家の客間だ、設えは申し分ない。

それに午後、早速ハンナが呼んだ仕立て屋がやってきて、当分の間の着替えと靴を用意してくれたのだ。

さらに一緒に宝飾商も来て、仕立て屋と相談しながらアクセサリーもいくつか置いていった。

化粧品も届いたし、身の回りの品には困らない。


「良かった」

フィンはソファに腰を下ろすと、私を手招き自分の膝の上に座らせた。

「またサラに会えるなんて、本当に夢のようだ」

私の存在を確認するように、ぎゅっと手を握り締める。

「神父からの手紙を読んで君だと直感したけれど……この目で見るまでは不安だった」

「フィン……」

「君が死んだ時、一瞬光に包まれたのだが。あの時君の魂が異世界とやらに行ったのだろうな」

「光に?」

「ああ。エレンが言うには、君の魔力が一点に集まり、光が消えるとともにその魔力も消えたそうだ」


「……そうだったの……」

私が死んだ時、女神は私を向こう――神々の世界に連れていくつもりだったと言った。

女神の子供たちは半分人間であるため向こうの世界では生きられないが、その魂は精霊のような存在となって神々と同じ時間を過ごすことができると昔聞いたことがある。

おそらく、そのつもりで女神は私の魂を連れていこうとしたのだろう。

(じゃあその光はお母様か……それとも、私を転生させたかもしれないお父様の仕業なのかしら)


「サラ? どうした」

考え込んでいるとフィンに声をかけられた。

「いえ……誰が私を異世界に生まれ変わらせて、またこの世界へ連れてきたんだろうと思って」

「女神ではないのか?」

「……多分違うわ」

たった今その女神と会ったばかりだとフィンに言うのは躊躇われた。

それを言ったら、女神にまた巫女にならないかと言われたことも伝えないとならなくなってしまうだろうから。


「サラ」

フィンは私の手をもう一度強く握った。

「誰かの仕業ということは――また君がどこかへ行く可能性もあるのか?」

「……ないとは言えないわ」


「それはダメだ」

フィンは私の身体を抱きしめた。

「再び君を失うことなどできない」

「フィン……」

「絶対に、君は手放さない。何があってもだ」

自身に言い聞かせるように強い口調でフィンは言った。

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