【前編】ウィルバー・ウェイトリーの妹です
腕を振ると、宙が裂けて微塵が晴れる。
上体に力を込めると、下から押し上げられたように身体起き上がる。
剣と共に掲げた左手――いや、俺の全身には黄緑の炎が柱となって
「ば、バカな……アゾット剣だと……」
ユーゴ―は俺の握る巨大な刀剣をそう呼んだ。
「そいつは解釈違いだな。これは俺の妹だ」
この不思議な炎に包まれていると、自分が大きくなった気がした。
今は目の前に居るユーゴ―だって少しも恐ろしくはない。
俺はハロウィの刃先を奴の喉元へと向ける。
「剣が怖いならペンでも出しな。――答え合わせの時間だぜ」
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Gate6
ウィルバー・ウェイトリーの妹です
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「調子に乗るなよ……同じアゾット剣なら俺に勝てると思ったか!」
ユーゴ―は研ぎ澄まされた動きで印を切ると、敷石から瞬く間に巨大な馬上槍を錬成する。
その長大な穂は火花を散らして回転し、雷の剣を握っているかにさえ錯覚させた。
「謳歌聖徒会風紀委員長である俺の剣はありとあらゆる身勝手な独善を断じ正義を刻み込む
そのまま突きかかって来るかと思いきや、彼は槍を振り被って標的目掛けて投擲した。
ショッピングモールで暴徒を鎮圧した時と同じ戦術。
武器を手放して自由になった両手で彼は印を結ぶと、そのまま跳躍して高速で突進してくる。
ハロウィの刃を寝かせて幅を広く取り、確実に槍の穂先を受けるや否や――追いついてきたユーゴ―が槍の持ち手を掴んで支えにし強烈な蹴りを叩き込んでくる。
「ぐあっ――!」
俺たちは後方へと吹き飛ばされたが、今度は体制を崩さずに持ち堪えた。
目の前で再び槍を手に取るユーゴ―は此方を諭さんとする視線を向けている。
「何か勘違いしているようだが……アゾット剣は兵器ではなく武器だ。ただ握ってさえいれば敵を殺せるわけではない。
己の持つアゾット剣の性質に合った戦術を体得しなければ只の鉄塊に過ぎんことを教えてやろう」
「教師気取りか――偉そうに!」
吠える俺に彼は鼻を鳴らすと、再び強烈な一投を放ってくる。
「まずはこの攻撃を攻略しねーと話にならねぇ!」
ユーゴ―の戦法が恐ろしい所以。それは、槍の回避に全力を注がなくてはならないことだ。
受け止めるのは駄目。だからといって上に逃げれば足が地面から離れてしまうと判断した俺は側面への回避を試みるが、彼にとっては獲物が何処へ逃げるかなど大した問題ではない。
目前の脅威は致命傷。それだけは避けなければと全力で行われる俺の回避をユーゴ―は少し後ろから目視で確認し、すぐさまそれを狩るための行動に移ることができる。
俺が槍の傍へ顔を出した時には既にユーゴ―の拳が眼前に迫り、荒々しい鉄拳が俺の頬を打ち抜いた。
「弱いな――まるで楽しめんぞ、ウィルバー・ウェイトリー!」
檄を飛ばしながらもユーゴ―は既に次の剣を錬り出しており、いつでも追撃に移せる準備を整えている。
彼の言う戦術というのはこういうことか。一回一回の行動から敗北へと繋がるリスクを排除し、かつ一連の動きの中で敵に隙を与えない。
どんな敵に対しても安定して行える行動パターンがあるというのは、成程確かに脅威だった。
そしてこれがユーゴ―にとって安定行動であるというのなら、まだ敵は全然本気を出していないということだ。
俺は口に溜まった血を吐くと、鉄臭い息を口から吹き出す。
「仕方ねえ。素直に学んでやるか」
ユーゴ―はアゾット剣に「性質」と「それに合った戦い方」があると言っていた。
今彼が行っている戦法がそれだとしたら、
心当たりは勿論ある。それはショッピングモールで暴徒が放ったプラズマの刃を相殺してみせた時の光景だ。
これは安直な意見だが、敵の錬金術を無効化する能力。それに近いものが備わっているのではないだろうか。
だとすればそれを盾にして突っ込んでいく戦法は理に適っている。
なにしろ自分の正面があらゆる錬金術に対して最も安全な領域となるのだから。
――と、色々な想像を巡らせてみるのもいい。だが、俺にはそんなことより先にやるべきことがある。
「ハロウィ、俺たちに何ができるのかわかるか?」
俺は手の中で綺麗な剣になったハロウィに話しかける。
「あたしもねぇ〜そう思って考えてみたンですけどねぇ〜」
「あ、分かんねえのか……こりゃちょっと想定外だな」
「なンかこう変身したら急に真理を理解するとかそういうの期待してたけど、全然そンなことなかったでち!」
テヘッと舌を出さんばかりなハロウィの態度は可愛いが、現状の俺はただ黄緑色の何かに包まれているだけだ。それ以外に何かが変わった様子はない。
強いて言うならば、
「……おにい、この身体から出てる変な炎ってさ」
「ああ。今俺も同じ仮説を考えてたところだ。妹よ」
錬金術の基本理念は、自分の体内に巡る意志を身体の外に拡張することだ。
俺にはずっとできなかった技術。師匠が俺に施した修行のせいで身体の中へと強く押し込められてしまった俺の意志。
「何をごちゃごちゃと喋っている!」
間合いを取る俺たちに痺れを切らしたユーゴ―が己のアゾット剣を振り被り、全身を砲台と化して銀の弾丸を撃ち放つ。
続いていつも通りに槍の後ろを走って此方の反応を伺うユーゴ―は、そのまま先程まで俺たちがいた場所を
「何ッ……?」
漸く異変に気付いた奴が反射的に振り返った左顔面を――俺の右ストレートが一直線に打ち抜く。
「ごばはぁッ!?」
ユーゴ―はまだ状況を飲み込めていないであろう情けない声を出しながら吹き飛んでいき、大広場の石畳へと叩き付けられる。
「こんなバカな……! 一体どんな小細工を……!」
「小細工じゃねえ。クソ速く動いた――それだけだ」
「速くだと!? 嘘をつくな! 俺の目にはお前の動きなんて映らなかったぞ――」
そこまで言って、ユーゴ―は何かに気付いたのか顔を青くする。
「へえ。お前には何も見えなかったのか」
「ぬぐ……ぐ……! 貴様如きに虚仮にされてたまるか……!」
彼は先程の一撃でずれた眼鏡を直すと、鼻血で赤く染まった口元をにやりと歪ませる。
「俺を出し抜いたつもりだろうが、やはり俺と貴様の実力差は埋まらん。
俺にはリヒトハウゼン准教授よりご教授いただいた国内最高峰の錬天術があるのだからな!」
そう言ってユーゴーは素早く印を結び、両の手を自分の目へと押し当てた。
「
大きく開手して露わになった目元はオレンジ色に発光していた。
「准教授の
再び巨大な槍を錬り上げたユーゴーだが、今度はもうそれを投げることはしなかった。
代わりにその柄から手を離すと、刀身は独りでに宙へと舞い上がっていく。
「ウィルバー・ウェイトリー。貴様、どれだけアゾット剣の使い方を知っている?」
「あ? そんなもん誰からも教わってねえよ。まだ説教し足りねえのか?」
「まあそう言うな。貴様は正式な生徒ではないとは言え、錬金術師としては俺よりも後輩だろう? 少しものを教えてやろうと思ってな」
「変わったヤツだな……それとも余裕か?」
「力を誇示する喜びだ。貴様も強くなれば分かる」
その顔には親切心など一欠片も無く、邪悪な自尊心だけが貼り付いていた。
ユーゴーのアゾット剣は彼の頭上に舞うと、その軌跡で空中に巨大な円、その内に四つの三角形で構成された
「この紋章は『賢者の星』や『悪魔の
「……一々嫌味なヤツだな」
「見るがいい。これが錬金術の到達点――幻想物質『アゾット銀』だ」
その流れが不意に鎌首を上げたかと思うと、そのまま数体の鎧甲冑となって立ち上がったのだ。
「
四つの元素を操りアゾット剣の錬成へと至った術師は幻想物質『銀』を錬成し、
このことからアゾット剣は別名『銀の鍵』とも呼ばれ、錬金術師の登竜門とされるのだよ!」
合計八体。ユーゴ―に付き従う騎士たちはその手を一糸乱れぬタイミングで動かして印を結ぶと、各々がユーゴ―の持つオリジナルと何ら変わらぬ
「……マジかよ」
「理解できてきたか? 自分がどれだけ愚かな戦いを挑んでいたのかを――突撃ィ!!」
ユーゴ―の号令を引き金に執行委員たちが鋼の波と化す。
当のユーゴ―は後方でオレンジに光る眼を光らせており、その姿は正に風紀委員長と呼ぶに相応しいと言えよう。
だが、相手が何人いようと俺たちにできることは一つしかない。
「行くぞハロウィ。この先に俺たちの求めた答えがある!」
「任せて。あたしがそこまでおにいを運んでみせる!」
目の前の群れに対し、俺は只一心に願う。
只々速く――俺の身体を空へと運べと。
その願いに、ハロウィの想いが重なるのを感じた。
「学んどけユーゴ―。理解して得た理屈より理解できない想いの方が強い時もあるってな!」
瞬間、発火した俺たちの身体は刃を振り下ろす兵隊たちの懐へと潜り込む。
俺はその全員と目を合わせると、スローモーションに感じる世界の中でハロウィを腰に構えた。
そして嵐の如く振るわれた刃が一挙手一投足すら許すことなく、鋼の戦士たちを物言わぬ鉄屑へと帰していく。
その全てが完了するまでに三秒もかからなかった。
「これは窮屈な檻の中から自由になるために出てきた俺たち二人の意志――名付けるなら、
ユーゴ―は悪夢にうなされた顔を浮かべ、頭上から呼び戻した槍を手に取る。
「何故だ……貴様のような……貴様のような人間に……!」
俺はそれ以上の問答には付き合わず、彼に向かって刃を振るう。
ユーゴ―は尋常ならざる目の動きで数太刀を受け散らしたが、その視界に俺が数秒と留まることは無かった。
「俺はッ……! 貴様のようなッ――」
最早闇雲に剣を振るわんとしていた彼の下顎に俺の拳が叩き込まれた時、断末魔に変わって小さな声が漏れる。
「貴様のように……なりたかった……」
俺にはその一言がどうにも無視できず、仰向けに倒れるユーゴ―の下へと歩いていく。
「よお、生きてっかよ」
「チッ……さっさと去ればいいものを……」
「そうもいかねえだろ。お前には言わなきゃいけないことが一つあったからな」
不思議そうな顔をするユーゴ―に俺は恥ずかしながらも告げる。
「初めて会った時……助けてくれてありがとな。ビビったせいで言いそびれちまった」
そうだ。俺たちは生まれながらに憎み合ってたわけじゃない。
初めて会った時、俺は目の前のこいつがヒーローみたいに映った。
だから、戦いたくなかったんだ。ルールに背いて生きる自分が悪者のように感じてしまうから。
「俺も強くなりたくなった。あの時のお前みたいに。また強いお前に戻ったら、かっこいい所見せてくれよ」
ユーゴ―はそれ以上何も言わなかった。
俺もそれでいいと思う。今喋っちまったら、どこまでもかっこ悪くなっちまいそうだもんな。
背を向けて立ち去ろうとした刹那、背後から天に向けて盛大な独り言が放たれる。
「健闘を祈る!!」
図書館に向かって歩き出す俺の横でハロウィは元の姿に戻ると、にひっと笑顔を向けてくれる。
「戻ることにしたんだね、おにい」
「お前と同じだよハロウィ。気付いたんだ。俺たちが自由を手に入れるには此処でやらなきゃいけないことがあるってな」
見上げた先には星明り一つ無い暗黒に吸い込まれた図書館の頂上が俺たちへ立ち塞がっている。
「……あ、そうだ。その前にあれが要るんだった」
俺は咄嗟に踵を返すと、まだ倒れているユーゴ―の下へと走っていく。
「おい、ユーゴ―!」
「は……? くどいぞ貴様!」
「いや、悪いんだけどさ、カードキー貸してくんね? アレがないと師匠の所まで行けないんだよ」
「……世話の焼ける奴だな貴様は!」
ユーゴ―は上半身だけを起こすと、懐からカードキーを取り出し手渡してくれた。
彼はカードキーに目を落とすと、苦々し気な表情を浮かべる。
つい先刻図書館の屋上で見た光景を思い出していたのかもしれない。
「貴様、くれぐれもそれを使って下らない真似だけはしてくれるなよ」
俺はせめて少しでもその不安を軽くしてやろうと、真っ直ぐに本当の目的を告げた。
「大丈夫だ。世話になった師匠に御礼参りしてくるだけだからよ!」
ユーゴ―は何故か、これまでにないような不安を顔に貼り付けていた。
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