④-5
〝白い雨が降ると
というのは、昔から水害の多い木蘇地域で言い伝えられてきた警句だ。崖崩れや土石流は集中的な豪雨によって突発的、局地的、そして同時多発的に発生するため多くの人命を奪ってきた激甚災害である。特に土石流は「蛇抜け」とも「山津波」とも呼ばれ、木蘇谷に住まう人々から恐れられている。その激しい水害を引き起こす怪物が、水界の主と呼ばれる大蛇の物の怪――大黒蛟だ。
「来たね」
天里の声が聞こえて、潔乃はハッと顔を上げた。目を覚ますとそこは中社月陰の間で、潔乃は床に倒れていた。上半身を起こし慌ててスマートフォンで時間を確認する。彦一の部屋を訪れてから、ほんの数分しか経っていなかった。本当に瞬間的に移動してきたのだ。
横で膝を付いてこちらの様子を窺っていた彦一が、手を差し出した。その手を取って立ち上がる。月陰の間には天里、孝二郎、春枝、大橋、みこまの五人が集まっていた。彦一はすかさず天里へ視線を移し問い掛けた。
「
「今打ち込んでいる。鷹回りの大門杉、
「分かった」
「承知です!」
「大橋殿は
「やっと本業が回ってきた感じだなあ。残党狩りなら任せてください」
「孝二郎と春枝は避難所の運営に回れ。伊澄さんもその手伝いを頼む。外の騒ぎを見れば分かるが、もう消防団や機動隊が動いている」
天里が各々に手際よく指示を出す。緊張感がありつつも皆の表情からは不必要な焦りは感じられない。なんて頼もしいんだろう。潔乃は震える手に力を込めて押さえ付けた。役に立ちたい。立たなくちゃ。無理矢理ついてきたんだからお荷物になんてなれない。
全員が立ち上がりそれぞれの持ち場に向かおうとしている時、彦一がこちらを見つめて口を開いた。どこか思い詰めたような、苦し気な表情だった。
「蛟がここを襲うようなことがあったら……」
「あら彦一さん、私をお忘れですか?」
突然両肩に手が掛かった。潔乃の背後から顔を覗かせ、春枝が彦一に向かって薄く微笑んだ。
「私は竈鬼。守るだけなら大の得意ですよ」
「……春枝、孝二郎。伊澄さんを頼む」
名前を呼ばれた二人が気持ちの良い返事をする。潔乃は振り向いて立ち去ろうとする彦一の背中に声を投げた。
「彦一君っ、気を付けて!」
「伊澄さんも」
最後にじっと目を合わせて、お互いの無事を祈った。三連休最終日、正午を回った時刻。天里率いる尊神講社構成員による、大黒蛟討伐作戦が始まった。
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